Sub専門風俗店「キャバレー・ヴォルテール」

アル中お燗

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☆13.鍵の肌触り

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 Aは昼過ぎになってから目を覚ました。毛布がじっとりと湿っている。天気の都合を見て干さなくてはいけない。寝床のコンディションが悪いと、惨めな生活が余計に惨めになる。

 この時間帯なら、みんな昼食を済ませているだろう。運が良ければ賄いが残っているかもしれない。
 のそりと起き上がると、Aはバーカウンターの奥にあるキッチンへ足を向けた。
 少人数で回している店には不似合いな、聳え立つ業務用の冷蔵庫を開けると、気の利くシェフがAの分を残しておいてくれている。ついでにテーブルワインの残りも用意されていた。
 トマト煮込みの片手鍋を火にかけがてら、さっそく、ワインを開ける。

「はぁ、」

 レスターから命じられたレビューをどうしようか。グラスの半ばまで一気に流し込んでAは頭を悩ませる。
 自作自演をやるのだから、当然、褒めなければいけない。面と向かって言うのじゃなくても、身内を手放しで大絶賛するのはどうにも尻が落ち着かない。一夜の相手に、あることないこと囁くのならともかく。

 軽く食事を済ませて、店の様子を見に行く。

「クレハドールが弾くのか。すごいな」
「リクエストがあるなら弾きますよ。Je te veuxお好きですか?」

 反対したはずのピアノがいつの間にか設置されている。きっと雑用を引き受けるのだから、これくらいは好きにやらせろと我が儘を言ったのだろう。
 クレハドールとNを横目に見ながら、Aは若い男の恐いもの知らずに驚嘆する。昨日、ヴィクトルの豹変ぶりを体感したばかりだから余計にだ。

 事務所に行こうとすると、二階に上がる踊り場の暗がりから、見知らぬ中年男が半身を隠したまま、無言で手招きしている。ちょっとしたホラーだ。

 セラフィムの生体家具だった。
 今日は服を着ていたし、マスクも付けていなかったので、一瞬分からなかった。
 案の定、中年男はセラフィムのプレイルームのドアを開け、Aが入るのを待っている。

「……セラフィム?」

 一歩足を踏み入れてから、Aは回れ右をしたくなった。しかけた。

 だが、待ち構えていた大柄な男に羽交い絞めにされ、哀れにもセラフィムの前に連行されてしまった。

 いつもはフリルがいっぱいの人形のような服装なのに、今日は何故かナース服を着ている。おまけに白のガーター。車椅子の上で高々と脚を組んでいるせいで、下着が見えそうになっている。
 脇の銀色のワゴンがなお恐い。TVで見た手術のシーン、医者が道具を置いているやつだ。

「お前、昨日、射精した?」

 だし抜けにセラフィムが聞いた。

「はあ?!」
「今日から一週間、この僕が射精管理してあげる。感涙に咽び泣いてもいいぞ」
「いいぞじゃねえんだわ! てか、スタンガンのこともまだ謝ってもらってないからな!
 っうお?!」

 セラフィムは煩げに右手を払って、Aを呼びに来た中年男に合図した。彼は羽交い絞めにされたままのAの前に膝を付くと、スウェットのズボンと一緒に下着を落とした。
 いつの間に敷いたのか吸水シートの上に二人掛かりで運ばれ、大の字に張り付けにされた。気が付くと上も脱がされている。

 セラフィムは車椅子から立ち上がって、Aに足枷を嵌めて開脚棒と繋げた。太ももにもベルトを巻き付け、これもやはり手枷と繋げる。
 赤ん坊がお締めを変える時の恰好だ。

「ふざけるなよ! 解け!」

 Aは羞恥心で死にそうだった。職場の人間と殆ど初対面の男ふたりに下半身を晒しているのだ。無理にでも吠えて虚勢を張らなくては、あまりにもやるせない。抗議や威嚇というより、自分を励ますために吠えているようなものだ。

 セラフィムはそれをまったく無視して、ワゴンに置いてある物を探っている。

壁を向いててCorner

 ハッと男たちが背を見せる。従順な中にも、首尾よくAを捕らえたことを褒めてもらうつもりでいたのに、という不満が隠し切れない。
 セラフィムはそれを許さなかった。眦を吊り上げる。

「不満があるの? スツール、答えてSay
「イ、エス、……ノー、ノーッ!」

 スツールと呼ばれた中年男は、悲鳴を上げながら膝から崩れ落ちた。震えている。Glareのせいだ。

「Good!」

 セラフィムは鋭く言い渡すと、ピンヒールで彼の背をにじり踏む。ア、とヒールの下から恍惚の声が漏れた。もうひとりの方には「お前は終わってから」と声を掛ける。

 Subへの対応を終えたセラフィムが、改めてAに向き直った。手にはローションボトルを持っている。細脚の間からモロにシルクの下着が見えていた。しかし、野生の虎と遭遇したようなこのシチュエーションで嬉しいとは、到底思えない。
 セラフィムは立ったまま、Aの身体にローションをぶちまけた。これから楽しませてやろうなんていう気遣いが一切ない、雑な仕事だ。

「ッ」

 冷たさに肌があわ立つ。股間を重点的に、粘度を持つ液体が滑っていく感触が気持ち悪い。
 Aは身じろぎしようとしたが、反射的に身体が動きを止めた。
 スタンガンの強烈な痛みを、理性より先に身体が学習してしまったのだ。

「せいぜい可愛い声を上げろよな」

 例の銀色のワゴンを引き寄せると、セラフィムは薄手のゴム手袋を嵌めた。パチン、と音がする。独特のゴム臭がする白い両手が伸びてきて、萎えたAのペニスを掴んだ。

「うっ、」

 思わず咽喉がなる。ようやく朝勃ちが収まったばかりなので、悔しいが反応してしまう。
 強く掴まれたのは最初だけだった。両手の指の腹だけを使って、くすぐるようにやんわりと上下させる。女のように細い指にローションが絡まり、堪らず息を飲む。

 くちゅっ、にちゅっ。

 わざと音を発てながら、ゆっくりと手のひらのへこみで先端を撫でたかと思えば、あるかないかの爪の先で括れの辺りをカリカリと引っ掻く。
 強引に擦り上げて終わらせればいいものを、まどろっこしい。文句を言いたいが、口を開けば熱の籠った息が漏れてしまう。

「一週間も出せなくなるんだ。いっぱい出しとかなきゃ損なんじゃない?」

 批難の視線を受けておきながら、セラフィムは鼻歌でも歌い出しそうだ。Aのペニスを放し、脚の付け根を揉む。
 下半身からジワジワと性感が広がっていく感じだ。このままでは完全に勃たされてしまう。

「く、」

 堅く結んだ口から呻きが漏れる。

 こんなに一方的なことがあるだろうか。Aだって人並みに恋人がいたことも、風俗に行ったこともある。相手は全員Aと同じテンションでベッドに入った。演技だったとしてもだ。
 なのにセラフィムは、下着は見えてるにせよ、一枚も脱いでいない。おまけに家畜の種付け作業でも行うかのようだ。Aだけが観客付きで、射精の、みっともないところを晒す。そんなのはあんまりではないか。

 ちっとも対等ではない。
 対等ではない性行為がこんなに惨めなのを、初めてAは痛感した。店でDomやSubを見て、分かっていたつもりだった。なのに、欠片も分かっていなかった。
 与えられる快感より、瞬間的に恐怖が上回った。

「ま、待って、自分で、自分でしてくるからっ、」

 射精管理が目的ならトイレで抜いて、その後で貞操帯を付けてもなんの問題もないはずだ。
 Aは半ば泣き出しそうになりながら、妥協案を出す。

「ンー」

 セラフィムはいたいけな頬に指を当てて考える素振りを見せたが、やはりというか当然というか、

「ヤ・ダ」

 と悪魔の微笑みを見せた。



「ゃだぁっ、……っ、も、……か、せ……っ!」

 羞恥心はとっくにセラフィムの技巧に屈服してしまい、Aは身も世もなく喘いだ。
 Aの下腹部で肉色の筒が上下する。セラフィムが用意したオナホールだ。それはAのペニスを深々と飲み込み、引き抜くときにはねっとりと襞が絡みついてくる。ぐぷっと鈍い音を立ててオナホが肉を打つたびに、Aは善がり狂い、拘束具が甲高い音を発てる。

「セラ、フィムッ」

 何度も射精感を高められては、オナホを引き抜かれてインターバルを置かれる。人の心が読めるのではないか、という絶妙のタイミングだ。
 シリコンの強烈な快感とは種類が違う、白い手にやわい刺激を施される。とても射精まで届かない。
 このイくにイけない、もどかしいループを何度繰り返しただろう。寸止めを繰り返されてのたうち回っては、また熱を与えられる。

「イきたい、……イいきたいっ」

 Aは洟を垂らしながら懇願した。
 もはやスツールたちのことなど眼中になかった。射精のことしか考えられない。今度こそは、と射精を取り上げられないように慈悲を乞うだけだ。
 セラフィムの手に押し付けるように腰が動いてしまう。その度にペニスの先端から先走りが迸って、Aの腹に降り落ちた。体中が、精液以外の液体でドロドロになっている。

「そうだな。そろそろ開店の準備しなきゃだし」

 Aの口から間抜けな声が出た。
 永遠に続くと思っていた地獄に、唐突に出口が現れたようなものだ。
 セラフィムはオナホを、ペニス先端に付くかどうかという高さに掲げ持った。

「腰動かしてイきなよ」

 Aは飢えた動物のように、それに飛びつこうとする。

「好きな子のアソコと思って」

 全身が硬直する。
 何故かシュゼーの顔が浮かぶ。

 一緒にコーヒーを飲んで、ブリーチで荒れた金髪が朝日に透けるのを見た。痛々しげな無数のピアスも。

 ただでさえ煮えたぎっていた脳が、カッと熱を増した。

「ふざっ、」
「じゃないと、イかしてあーげない」

 くぱくぱと息づいている尿道を、セラフィムの指が抉った。あくまでも浅く、イけない際(きわ)を狙っている。

「んぐうぅっ!」

 Aはたまらず咽喉を跳ね上げる。食いしばった口の端から、唾液が零れた。腰が動きそうになる。めちゃくちゃに振って、打ち付けて、射精のもたらす快感を噛み締めたい。

「クソッ、なんで、なんでっ、っくぅ、……うっ、ああ……!」

 新しい涙が溢れてきた。
 Aの意思とは関係なく動こうとする腰を抑えたくて、両手を動かすが、枷を嵌められているそこは音を鳴らすだけだ。
 金属音が一層、Aに無力を知らしめる。
 Aの尊厳だけならまだ我慢できる。だが、シュゼーまで汚す権利がセラフィムにあってたまるか。

「ぐっ、う、ぅ」

 快感を逃がそうとAは必死で首を振った。汗だくの肌に髪が貼りつく。動かすまいと思っていても、赤黒いペニスが芯を持ったまま、ゆらゆらと間抜けに揺れている。
 何もかもが中途半端だ。

「っっ!」

 突然の衝撃に息が詰まった。
 セラフィムがAの腹に乗り上げたのだ。太ももを包む白いストッキングと、ナース服の捲れた部分から下着が丸見えになっている。

「……良いなあ。そういうの憧れる」

 彼はAのペニスを人差し指と中指の股で擦り上げると脚の付け根に誘導して、きゅっと挟んだ。そのまま女のように身体を前後に動かす。素股されているのだ。
 ペニスが下着の繊細なレースで擦れ、Aは再び呻かされた。

「誰でイくのか、見ときなよ」

 セラフィムの頬は蒸気していた。ローションとAの先走りで汚れたゴム手袋に舌を這わせて、口の中で味わう。つぅ、と上唇と下唇に銀糸が張り、真ん中でふつりと途切れる。
 彼も興奮していた。
 Aと同じベッドにいる。
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