Sub専門風俗店「キャバレー・ヴォルテール」

アル中お燗

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6.レスター・G・ミンゲル

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 Aは従業員控え室ではなく、店の奥まったところにある事務所に足を向けた。今夜の飾り窓の係はレスターだからだ。
 昨日、Eから無茶ぶりされたクリニックの件はすでに伝えてある。その返事を聞く前に店が立て込んできてしまい、どうすべきかまでは聞くことが出来なかった。

 レスターはいつものように、自分が持ち込んだノートパソコンでなにやら作業をしていた。経理はいつも彼がひとりで処理してくれている。
 この辺りがAを名ばかり経営者たらしめているのだが、難しいことは全て彼に投げっ放しだ。
 以前は一等区に住む貴族の資産管理をしていたという話なので、任せておけば問題ないだろうという甘えもある。

「昨日のことなんだけど」

 Aは事務所に入るなり、事務用デスクの引き出しからスコッチの瓶を取り出した。グラスを持ってくるのが面倒で、そのまま口を付ける。

「どう思う?」
「提案を受けるしかありません。
 Nと揃って出ていかれるよりは余程いい」

 レスターはキーボードを叩く手を止めないまま答えた。
 彼が口を開くたび、舌のピアスがチラチラと光る。
 診療所の医者のように軽薄そうなナリをしているのならともかく、レスターの外見はいかにもデキるビジネスマンという感じなので、どうしても舌ピアスがミスマッチだ。
 ただのファッションでないことは肌で感じている。

 レスターが眼鏡の中央を長い人差し指で押し上げた。窓の向こうに立つ売春宿の猥雑なライトがレンズに映り込む。男でありながら、ここまで売春街が似合わない人間もそういないだろう。
 そういう厳格で潔癖そうな雰囲気を纏わせている。

「でも、クリニックって言われてもイメージ湧かない」

 Aは廃棄寸前の事務椅子をギシギシ鳴らせながら椅子を回転させ、またスコッチを口に含んだ。
 事務所は狭く、しかも壁際には書類をしまっておくための棚を置いているので余計に圧迫感がある。ここに来る人間は限られているので、やはりボロの事務用デスクがふたつ向かい合わせに並べてあるばかりだ。

 二階にあるプレイルームにはそれぞれガスコンロがあるのに、事務所にはそれすらないのでコーヒーも淹れられない。
 レスターも他の従業員に引けを取らないDomなのに、この格差について不満はないのだろうか。

「ではサロンならどうです? 会員制の高級サロン。
 あなたの性格上、そちらの方が向いていると思いますよ」
「……はァ、」

 Aは腑抜けた声を出した。やはりピンと来ない。
 レスターはパソコンの向こうから、ちらっとAを見た。彼は極端に色白なせいで、白ネズミのように赤い目をしている。

「お茶会ならイメージできます?」
「出来るけど、」

 自分の性格がお茶会に向いているかは謎だ。Aは酒瓶を手の中で弄びながら思ったが、これ以上、何か言うと引っ叩かれそうなので、話を長引かせるのを止めた。

「ヴォルテールの方はどうすんの?」
「もちろんやります。
 サロンは月に二回も開けば充分でしょう」
「……水晶の夕餉を囲む会と、カクテルパーティみたいなもんか」

 Aが呟くと、キーの打鍵音が止まった。

「どうしてあなたが水晶の会をご存じなんです?」

 いつにも増して威圧的な詰問と共に、レスターが立ち上がる。
 縦に長い影に入り、Aは慌てて両手を振った。彼は細身ではあるが、それでもAよりずっと上背がある。

「いい抑制剤を探してたとき、名前を聞いただけだよ」
「それなら良いですが」

 まだ疑り深い眼で、不承不承というふうにレスターが座り直す。
 Aはほっと安堵の息をついた。

 レッドライト地区ではドーナツを買うのと同じ感覚で薬物が売買されている。そのせいで他所の住人とは、モラルという深い溝があるのだ。レスターもその類なのだろう。
 Aは酒一辺倒で、薬物に手を出したことはない。モラル云々ではなく、ビビりなのでバッドトリップが怖いだけだ。

「で、二等区の土地は買えそうなの?」
「その辺りは私に考えがあります」
「まじか。じゃあ任せた」

 壁の時計を見ると、そろそろ開店の準備をしなければいけない頃合いだった。兎にも角にも金を稼がなくては話にならない。レスターにも飾り窓に立って貰わなくては。
 その時、スマホが鳴った。もちろんレスターのものだ。

「はい、お待ちしておりました」

 心なしか彼の白い頬がうっすらと赤らんでいる。
 おそらく初めて見る表情だった。物珍しさから、結果的にAは聞き耳を立てることになってしまった。

 レスターの右手の人差し指が唇に触れ、薄い肉の感触を確かめていたかと思ったら、指は唇を割って中へと差し込まれた。それから、リング状の舌ピアスの輪郭をなぞる。
 彼の意識はスマホに向こうに集中しており、Aのことはすっぱりと遮断してしまったかのようだった。

 やがてレスターは重ねて礼を伝え、通話を終えた。
 熱の籠った吐息を漏らす彼の表情は、喜びに明るくなっている。これも初めて見るものだった。普段のレスターは鉄面皮そのものなので、余計に見入ってしまう。

先生共同経営者からでした」

 レスターは恥じらうでもなく、むしろ得意げにそう伝えると、事務所の灰色のロッカーからコートを取り出した。

「なあ。さっきのサロンさ、共同経営者は顔出してくれるの」

 飾り窓に向かうつもりなのだ、とAも了解したので隣のロッカーから肘の擦り切れたコートを羽織る。印刷したばかりのショップカードを配ってしまいたいからだ。

「どうでしょうね」

 Aは唇を尖らせる。完全に脈のない言い方だった。
 ヴァレンタインを明日に控えたメインストリートは、賑わっていた。華やかな賑わいとはまた種類が違う。ねちっこくて脂っぽくてドロドロしている。

 朝から晩まで他人の粘膜を世話してやる仕事をしてきたので、Aはまだ若いくせにセックスから遠ざかり、早期引退も時間の問題というところにきている。こういう盛り上がりを見ると、余計に性欲が減退してしまう。

「レスター、もっと店に出たら?
 せっかく顔が良いんだしさ」

 指先が抜けた手袋に息を吐きかけつつ、Aは彼を見上げる。今日は一段と冷える。飾り窓でセクシーなポーズを取る下着姿の女たちも大変だ。

「私はロールプレイの中でもディシプリンが得意なんですが、三等区とは相性が悪いんですよ。これは一時間や二時間では意味がありません。
 大体あなた、事務仕事なにも出来ないじゃないですか」

 痛いところを突かれ、Aは敢えてそれを丸ごと無視した。

「ディシプリンって何?」
「日常生活の中で躾や懲罰を行います。どんな人間でも二十四時間緊張し続けていれば必ずボロがでる。
 Aは躾のし甲斐がありそうですね」

 意味ありげな光を宿した赤い視線を寄越されて、Aはしょっぱく微笑んだ。犬だったら腹を見せていただろう。

 飾り窓に着くと、すでにシングルソファが中央に置かれていた。座面のクッションはたっぷりとした厚みで、肘掛けは外側に跳ねるように弧を描いている。背凭れには、見ただけで手作業と分かる透かし彫りが入っていて、なんとも格調高い。

 おや、という顔をするAにレスターは「気に入りのを取り寄せたんですよ」と何気なく言った。それはなんとなく、Aの、椅子に対する無頓着さを嗜めるような色をしていた。
 確かにヴォルテールのDomたちは、自分の椅子に拘りがあるようだが、わざわざ取り寄せるほどのことだろうか。まるで王様が自分の玉座を選別するかのようだ。

 レスターがその椅子に座ると、一枚の肖像画のようにしっくりと馴染んだ。頬杖をつき、もう片方の腕はゆったりと肘掛けに寛がせて手には乗馬用の鞭を持っている。
 足元に大型犬を侍らせていれば、貴族的なその雰囲気は共同経営者にそっくりになる。

 やはり見てくれがいいと、観光客の食いつきも違う。
 横目に見ながら通り過ぎていくも、後から戻ってくることを予測させる者。その場に立ちすくんでしまう者。いずれも二十代から三十代だ。ある程度、自分の好みが分かってきた年頃とも言える。
 ただ、明らかにSubと分かる気弱そうな者から、防寒の分厚い服を着ていても体格の良さが窺える者まで、タイプに幅がある。共通している点としては、財布が分厚そうということだろうか。

 低賃金労働者はわざわざ金を払わなくても、欲しくもない罰が支給されるので当然だろう。
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