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日記
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しおりを挟む「好恵ちゃんは元気にしていますか」
そう訊いて、返事が来るより先に俺は首を傾げた。
長男の俺が通夜に出ていないのに、好恵が出ているのはおかしくないかと思った。
イツ子さんは、「元気にしていますよ」と、当たり前のように言ったが、もうそんなことはどうでも良いことで、俺は腑に落ちないことをそのままイツ子さんに伝えた。
するとイツ子さんは、
「好恵さんは私たちのことを知っていらっしゃるので」
と面白くもなさそうに言った。俺は愕然とした。
「知っているって、何をです」
細かな震えを覚られぬように、努力しつつ訊いたら、
「良一郎さんは、好恵さんを子ども扱いし過ぎです。女なんですから、分かりますよ。亡くなったハツヱさんだって昌枝さんだって、あの家の女は皆気づいてますよ。知らないのは男だけです。好恵さんは、私たちに気を遣ってここに来るのを遠慮なさったんですよ」
と、イツ子さんは馬鹿にしたような微笑みを顔に浮かべて言った。
言葉も出なかった。しばらく放心した。壁にもたれて無為な時間を過ごした。何か話し掛けられていたが、まったく記憶にない。ずっと上の空だった。適当に相槌を打っているうちに、すっかり相手にされなくなった。
イツ子さんは俺の万年床で寝てしまった。ワンピースとやらが汚れるからだろう、ズロースと乳バンドだけになっている。
据え膳食わぬは何とやらだが、俺のような軟弱物にはとても手を出す気が起きず、こうして一人起きて、蝋燭の明かりを頼りに日記をつけている。
イツ子さんは、明日の葬儀にも出ないので、今日はここに泊まった。
今、たった今、足音が聞こえた。あの足音だ。
咄嗟に蝋燭の火を吹き消したので、日記をつけるのを中断せざるを得なかった。足音が消えたので、こうして書くのを再開したが、今の時刻は、なんと午前三時。俺は日記を書くのに夢中で、こんな時間まで起きてしまっていた訳だ。
ぐっすり寝ていれば、怖ろしい思いをせずに済んだのに。熱中しすぎるからこんな羽目になる。まったく、自分に呆れ果てた。
足音が聞こえたのは、五分ほどだった。今回は火を消してすぐに、カーテンを少しばかり開けて、恐怖の正体を探った。
婆さんが首を吊っているのを見たり、俺とイツ子さんの関係を家族の女が皆知っているという話を聞いたりしたので、頭がおかしくなっていたのかもしれない。
何を見ても大丈夫だろう、出て来い、と思った。
だが、そう思うと、今度は何も起こらない。怖ろしいのが急に、どん、と見えてくれれば良いのに、出ない。来るぞ、次こそ来るぞ。と一人で緊張感を高めて固唾を呑んだり、家鳴りに心臓を縮み上がらせたりして馬鹿みたいだった。
足音が近づいて、止まって、遠ざかって、戻ってきて、またぴたりと止まってと、そんな具合に音だけが五分ほど続いて去っていった。
もしか、窓の前を通ったかもしれないが、暗いのもあって、俺にはよく見えなかった。
ただ、何となく、薬局のおばさんが四つん這いになって瞬く間に通り過ぎて行ったような気もして寒気がしたが、まさか、そんな訳がない。
あれは、俺の恐怖心が作り出した幻覚だ。薬もやっているし、そういうものが見えたとしても不思議はないだろう。
何にせよ、もどかしくてしょうがなかった。
どんなことも、そう思い通りにはいかないということか。
ちょっと書いただけだが、もう午前四時を回った。
喉が渇いたので、水をコップに一杯飲んだ。
一眠りしたいところだが、俺の万年床国家は、イツ子国軍によって占領されているので、彼女がまず起きるという占領政策を行わない限りは、叶わないこととして諦めた。
起こすという選択肢はない。戦争はいけない。譲り合うのも暑苦しくて駄目だ。朝から変なことになっても弱る。窓を開けるのは蚊が入る。
ふざけて色々と書いたが、婆さんのこともイツ子さんから聞いたことも、頭から離れる気配がない。眠れば少しは楽になれるのだろうか。
空が白んでから随分と経つ。四時半少し前。外の空気を吸ってくる。
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