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日記
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しおりを挟む七月二十四日(土)曇りのち雨
五分ほど、外の空気を吸ってきた。どんよりとした空模様で、肌に湿り気を感じた。
一雨来そうだ。
日記の区切りについて、気にするのはやめた。深夜を跨いだら次の日に書くというのは俺の性に合わないようだと覚った。
やろうとしても、できそうもない。熱中してしまうと時間を忘れる。いつの間にか、日を跨ぐ。半端に話を切るのも忍びないので、このままの書き方でいく。好恵も自由で良いと言っていた。
イツ子さんが起きたので、相手をする。また後で書く。
イツ子さんが出ていった。
雨が降りそうだと言うと、「いけない」と言って、ワンピースを着てすぐに母屋の方へ小走りに駆けていった。ここに傘があれば、まだいたかもしれないが、生憎ない。
俺はイツ子さんにいて欲しかった訳ではないので、別に構わないのだが、いなくなると、本当はいて欲しかったのではないかと思って困る。
美しい女という生き物は、そこはかとなく妖しい怖ろしさを持っている。有していると書いたほうが良かったかもしれないが、馬鹿がどれだけ気にしても仕方ないので続ける。
イツ子さんは帰ったが、まだここにいる。そんな風に思うのだ。
万年床に寝そべって目を閉じてみたが、ふわり、とイツ子さんの香りがする。すぐ側で、俺を見ているような気になる。だが、実際にはいない。ただ残り香があるだけ。
目を開けているうちは、さして気にならないのだが、どうした訳だか視覚を断つと、嗅覚が敏感に働いて脳を刺激する。想像力を掻き立てる。
香水、なのだろう。俺の女も、そういう香りがする。花の匂いなのか何なのか知らないが、妖しさが増す。汗と体の臭いが混ざっているのが分かる。
血の匂いもする。女だけの匂いだ。ここにいる、と感じさせる。その存在感が、俺を惑わす。
一緒にいるときより、いなくなった後の方が、いる気がする。そして怖ろしくなる。女は、自分を置いていく。或いは、連れて帰らせる。そういう風に思う。
イツ子さんは、パン助だったと言っていた。ということは、それ以前は、慰安婦をしていたということかもしれない。
隠しても隠し切れないような妖艶さがあるのは、その所為なのかもしれない。もしか、俺の女もそうなのかもしれないと思った。
雨が降ってきたようだ。ぽつぽつと音が聞こえたが、これは酷い。急に強くなった。
土砂降りだ。
飯も食わないで、日記に時間を費やしている。午前十時半。
ここのところ、書かずにいられなくなってきた。どう書くか頭を悩ませている間、嫌なことを考えなくて済むからかもしれない。
結構、書いたので、薬を一錠飲んで、最初から読み返してみることにする。
薬で冴えた頭で最初からじっくりと読み返してみて思ったが、俺の日記に登場している連中は俺も含めて大概おかしい。
邪推かもしれないが、人殺しの友人。
お化けになった薬物中毒の薬局のおばさん。
マゾヒストの女。
長男の俺に何の話もせずに、急に家を改築した家族。
正妻が亡くなった日に、パン助の装いで現れる爺さんの妾。
その妾と俺とが男女の関係を持っていることを知るお袋と妹。
書いたことをすべて覚えていられる訳ではないし、書いている最中は感情が伴っているからまともな判断ができないのだろうが、こう、改めて一つの記録として客観視すると、これはかなり退廃的だ。人生、これで大丈夫なのか心配になってくる。
このご時勢、健全に生きている連中が果たしてどれだけいるのかは、甚だ疑問だが、これは酷いように思う。滅茶苦茶だ。
ただ、すべてが真実だと決まった訳ではない。そこに救いがある。
友人のことに関しては、俺の邪推かどうか本人に問い質して確認しよう。
怖ろしいが、だからといって一方的なのはいけない。その後どうするかは、事実を確認してからだ。
イツ子さんとは、不義を終わりにして、爺さんと親父に隠し通せば良いし、女の悪癖は病院に行けば治るかもしれない。治らなくても、俺が嫁にもらって面倒を見れば良い。
家族とは話をしよう。薬もやめよう。酒もいらない。煙草は、やめられないかもしれないが本数を減らすくらいはしよう。できれば、やめれば良い。まだ、大丈夫だ。
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