上 下
39 / 82
日記

28

しおりを挟む
 
 
 七月二十四日(土)曇りのち雨

 五分ほど、外の空気を吸ってきた。どんよりとした空模様で、肌に湿り気を感じた。

 一雨来そうだ。

 日記の区切りについて、気にするのはやめた。深夜を跨いだら次の日に書くというのは俺の性に合わないようだと覚った。

 やろうとしても、できそうもない。熱中してしまうと時間を忘れる。いつの間にか、日を跨ぐ。半端に話を切るのも忍びないので、このままの書き方でいく。好恵も自由で良いと言っていた。

 イツ子さんが起きたので、相手をする。また後で書く。

 イツ子さんが出ていった。

 雨が降りそうだと言うと、「いけない」と言って、ワンピースを着てすぐに母屋の方へ小走りに駆けていった。ここに傘があれば、まだいたかもしれないが、生憎ない。

 俺はイツ子さんにいて欲しかった訳ではないので、別に構わないのだが、いなくなると、本当はいて欲しかったのではないかと思って困る。

 美しい女という生き物は、そこはかとなく妖しい怖ろしさを持っている。有していると書いたほうが良かったかもしれないが、馬鹿がどれだけ気にしても仕方ないので続ける。

 イツ子さんは帰ったが、まだここにいる。そんな風に思うのだ。

 万年床に寝そべって目を閉じてみたが、ふわり、とイツ子さんの香りがする。すぐ側で、俺を見ているような気になる。だが、実際にはいない。ただ残り香があるだけ。

 目を開けているうちは、さして気にならないのだが、どうした訳だか視覚を断つと、嗅覚が敏感に働いて脳を刺激する。想像力を掻き立てる。

 香水、なのだろう。俺の女も、そういう香りがする。花の匂いなのか何なのか知らないが、妖しさが増す。汗と体の臭いが混ざっているのが分かる。

 血の匂いもする。女だけの匂いだ。ここにいる、と感じさせる。その存在感が、俺を惑わす。

 一緒にいるときより、いなくなった後の方が、いる気がする。そして怖ろしくなる。女は、自分を置いていく。或いは、連れて帰らせる。そういう風に思う。

 イツ子さんは、パン助だったと言っていた。ということは、それ以前は、慰安婦をしていたということかもしれない。

 隠しても隠し切れないような妖艶さがあるのは、その所為なのかもしれない。もしか、俺の女もそうなのかもしれないと思った。

 雨が降ってきたようだ。ぽつぽつと音が聞こえたが、これは酷い。急に強くなった。

 土砂降りだ。

 飯も食わないで、日記に時間を費やしている。午前十時半。

 ここのところ、書かずにいられなくなってきた。どう書くか頭を悩ませている間、嫌なことを考えなくて済むからかもしれない。

 結構、書いたので、薬を一錠飲んで、最初から読み返してみることにする。
 

 薬で冴えた頭で最初からじっくりと読み返してみて思ったが、俺の日記に登場している連中は俺も含めて大概おかしい。

 邪推かもしれないが、人殺しの友人。

 お化けになった薬物中毒の薬局のおばさん。

 マゾヒストの女。

 長男の俺に何の話もせずに、急に家を改築した家族。

 正妻が亡くなった日に、パン助の装いで現れる爺さんの妾。

 その妾と俺とが男女の関係を持っていることを知るお袋と妹。

 書いたことをすべて覚えていられる訳ではないし、書いている最中は感情が伴っているからまともな判断ができないのだろうが、こう、改めて一つの記録として客観視すると、これはかなり退廃的だ。人生、これで大丈夫なのか心配になってくる。

 このご時勢、健全に生きている連中が果たしてどれだけいるのかは、甚だ疑問だが、これは酷いように思う。滅茶苦茶だ。

 ただ、すべてが真実だと決まった訳ではない。そこに救いがある。

 友人のことに関しては、俺の邪推かどうか本人に問い質して確認しよう。

 怖ろしいが、だからといって一方的なのはいけない。その後どうするかは、事実を確認してからだ。

 イツ子さんとは、不義を終わりにして、爺さんと親父に隠し通せば良いし、女の悪癖は病院に行けば治るかもしれない。治らなくても、俺が嫁にもらって面倒を見れば良い。

 家族とは話をしよう。薬もやめよう。酒もいらない。煙草は、やめられないかもしれないが本数を減らすくらいはしよう。できれば、やめれば良い。まだ、大丈夫だ。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三限目の国語

理科準備室
BL
昭和の4年生の男の子の「ぼく」は学校で授業中にうんこしたくなります。学校の授業中にこれまで入学以来これまで無事に家までガマンできたのですが、今回ばかりはまだ4限目の国語の授業で、給食もあるのでもう家までガマンできそうもなく、「ぼく」は授業をこっそり抜け出して初めての学校のトイレでうんこすることを決意します。でも初めての学校でのうんこは不安がいっぱい・・・それを一つ一つ乗り越えていてうんこするまでの姿を描いていきます。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

サハツキ ―死への案内人―

まっど↑きみはる
ホラー
 人生を諦めた男『松雪総多(マツユキ ソウタ)』はある日夢を見る。  死への案内人を名乗る女『サハツキ』は松雪と同じく死を望む者5人を殺す事を条件に、痛みも苦しみもなく松雪を死なせると約束をする。  苦悩と葛藤の末に松雪が出した答えは……。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ゆるゾン

二コ・タケナカ
ホラー
ゆるっと時々ゾンビな女子高生達による日常ものです。 (騙されるなッ!この小説、とんだ猫かぶりだぞ!)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

学校の脇の図書館

理科準備室
BL
図書係で本の好きな男の子の「ぼく」が授業中、学級文庫の本を貸し出している最中にうんこがしたくなります。でも学校でうんこするとからかわれるのが怖くて必死に我慢します。それで何とか終わりの会までは我慢できましたが、もう家までは我慢できそうもありません。そこで思いついたのは学校脇にある市立図書館でうんこすることでした。でも、学校と違って市立図書館には中高生のおにいさん・おねえさんやおじいさんなどいろいろな人が・・・・。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

処理中です...