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piece5 悠里の戦い

甘いメッセージ

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そのとき、机の端に置いていたスマートフォンが震えた。
悠里は、ハッとして、画面に目をやる。

「ゴウさん……」

メッセージの通知だ。
それを見た瞬間、心を蝕んでいたものが霧散し、悠里は我に返った。


――私、何をしてるんだろう。

ずるずると、カンナの意図に引き摺り込まれていた。
彼女の思う壺になるところだった。


悠里は、バタンッと勢いよくフォトブックを閉じ、結局は鞄の奥に、元通りしまい込んだ。
部屋に1人でいるときに、取り出さなければ良かった。

――もう絶対、中は見ない。
悠里は固く、そう誓った。

涙を拭き、はあっと弱気を吐き出す。
それから大切にスマートフォンを手に取り、メッセージを開いた。


内容は、部活が終わったよというだけの、他愛のないもの。
けれど、悠里を気遣う剛士の優しさが伝わってくる。
悠里の顔が、ほころんだ。

「ゴウさん、お疲れさま!」
悠里は、甘く高鳴る胸を抱きしめながら、返信する。
彼は帰りの電車の中、寸暇を惜しんで連絡をくれたようだ。

『悠里はもう家か?』
「うん!お風呂入って、自分の部屋にいるよ」
メッセージのやり取りだけでも、剛士の温もりを、すぐ近くに感じることができる。

「昨日は楽しかったね」
『うん、あっという間だった』
「私も」

少しだけ迷った後、悠里は付け加える。
「もっと一緒にいたかった」
すぐに剛士からも返事が来た。
『俺も』

悠里は、ころんとベッドに転がり、1人で笑ってしまう。

「ゴウさんと手を繋ぎたいな」
剛士の長い指の感覚を、手に刻みつけたい。
そんな気持ちで、悠里はメッセージを送る。

やはりすぐに、返事が返ってきた。
『俺も』

たった2文字。
それだけで、剛士は悠里のなかに暖かい手の感覚を、鮮明に呼び覚ましてくれる。


今の今まで、カンナの影に怯えて、疲れ果てていたはずなのに。
剛士からのメッセージひとつで、こんなにも心が浮き立つ。
元気を、力を与えてくれる。


悠里は、日常のメッセージに切り替えた。
「勇誠も、今週の金曜日が卒業式だよね」
『うん。卒業式の後、バスケ部は3年を送る会をやるんだ』
「そうなんだね! じゃあ、準備で大変?」
『そうだな。今週の部活は、練習っていうより、準備メインかも』


――ゴウさん、バスケ部の部長だし、送る会が終わるまで、大変だろうな……

やはり、カンナのことを相談しなくて正解だったと思う。
「忙しいと思うけど、無理しないでね」
『さんきゅ。送る会さえ終われば、もう春休み同然。早く遊びたい』

日頃、バスケ部のために心血を注いでいる剛士から零れた、可愛らしいぼやき。
思わず悠里は笑ってしまう。


「いっぱい遊ぼうね」
『うん。悠里とデートする』

悠里の頬が赤く色づき、パタパタとベッドを転がり回る。
ややあって、剛士からのメッセージが追加された。
『赤くなった?』

真っ赤な頬のまま、クスクスと悠里は画面を見つめて笑う。
「からかっちゃダメ」
『からかってないよ』

まるで顔を合わせて話しているかのように、軽快にやり取りが続く。

『デートしたいのも、いま悠里の顔が見たいのも本当』

剛士の切れ長の瞳と、大きな手の感覚が、くっきりと蘇る。
いつになく、甘い言葉の並ぶメッセージに、悠里の胸は心地よく弾んだ。


「早くゴウさんに会いたいな」
『うん。悠里と会うためにも、やるべきこと、ちゃんとやらないとな』
「うん!私もがんばろうっと」

『無理すんなよ?』
「ゴウさんこそ」
互いを気遣うメッセージのやり取りの後、剛士が言葉を追加した。

『何かあったら、いつでも連絡しろよ』


ああ、やっぱり心配されている。
嬉しさと申し訳なさが、悠里の中で、ないまぜになる。

きっと剛士は、悠里が何かを隠していると、勘づいている。

それでも、彼は無理に問いただしたりしない。
何気ない調子で連絡をしたり、優しい言葉を掛けて、悠里を見守ってくれる。

そして、悠里がその気になればいつでも剛士を頼れるように。
そっと、寄り添ってくれているのだ。


「ありがとう。ゴウさんは優しいね」
『悠里だからだよ』

危うく「大好き」と送りそうになる。
すんでのところで踏みとどまり、悠里はもう一度、思いを込めて「ありがとう」と送った。

剛士は、自宅の最寄駅に着いたらしい。
『また連絡する』
「うん、気をつけて帰ってね」
おやすみの挨拶を送り合い、メッセージのやり取りを終了した。


ベッドの上で、左右にコロコロ転がりながら、悠里はスマートフォンを胸に抱きしめた。
電話で声を聴けるのもいいけれど、メッセージのやり取りもいい。

彼の跡が残るから。


きっと自分は、何度も今夜のメッセージを読み返すだろうなと、悠里は小さく笑む。
読み返すたびに、自分はきっと元気になれる。

「……ありがとう、ゴウさん」
――私、がんばれるよ。

剛士の甘い余韻に浸りながら、悠里は目を閉じ、優しい眠りについた。


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