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piece5 悠里の戦い
重いフォトブック
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聖マリアンヌ女学院の卒業式は毎年、3月第1週目の金曜日と決まっている。
確か、剛士たちの通う勇誠学園も同じ日程だ。
つまり今週の金曜日までしか、3年生であるカンナは学校に来ない。
問題なく進学が決まっているのなら、普通は、登校すらしない日もあるはずだ。
この1週間、逃げきる。
結局のところ、それが一番の対策だと思えた。
カンナが卒業してしまえば、学内で顔を合わせることはなくなる。
嫌がらせも、自然に収まっていくだろう。
そうすれば、もう剛士とエリカの話し合いを邪魔する心配もない。
これまで通り、自分は剛士を信じて、ゆっくりと関係を深めていける――
『春休み、みんなでお花見とかできるかな』
『あと……デートも、しような』
少し照れ混じりに囁いてくれた、剛士の優しい笑顔を思い返す。
そう。もう少しだけ、がんばれば。
きっと楽しい春休みが待っている。
――大丈夫。
逃げ切れる。
悠里は、手のひらに握りしめていたメモ書きを、そっと屑籠に隠し入れた。
いつ、カンナが目の前に現れるとも知れない。
今日は1日、気持ちを張り詰めていた。
夜、自室に戻った悠里は、重い気持ちで鞄を開ける。
入れっぱなしのフォトブックの背表紙が、ちらりと見えた。
やはり、鞄に入れたままにしておくのは辛い。
あまりにも、重い……
悠里は、そろそろとフォトブックを取り出した。
「あっ……」
できるだけ触りたくないと思って、指先だけで持とうとしたのが災いした。
バサリッ、と乾いた音を立てて、フォトブックが床に落ちてしまう。
はあっと溜め息をつき、悠里は仕方なく、それを拾い上げた。
指先で、表紙をなぞる。
――見たく、ない。
そのはずなのに、悠里の手は、そろりそろりと、表紙を捲ってしまっていた。
そこにいるのは、悠里の知らない剛士。
エリカと笑う、幸せそうな剛士。
悠里のいない、剛士――
悠里は無理やりに、クスリと笑う。
「ゴウさんの笑顔、可愛いなあ……」
今よりも、少し幼い剛士の笑い方。
明るくて、楽しそうで、無邪気で。
「……幸せそうだなあ」
今の剛士と、どちらが幸せそうに、笑っているだろうか。
比べるものではない。
馬鹿なことを考えている。
わかっていながらも、悠里は暗い思考を止められなかった。
鈍痛を感じる胸を押さえて、ページを捲っていく。
最後の写真が、1番綺麗で、1番、苦しい。
エリカと寄り添い、指を絡めて、穏やかに笑う剛士。
ずっとずっと、この幸せが続きますように。
写真のなかの2人が、そう願っているのが、わかる。
カンナの言う通り。
とても、お似合いの2人だ――
無意識に、強く唇を噛み締めていた。
ヒリヒリと、下唇が痛む。
――私、何してるんだろう……
カンナには、惑わされない。
自分の目で見た、エリカの優しい笑顔を。
何より、真っ直ぐに自分を見つめてくれる、剛士を信じる。
そう誓ったばかりではないか。
悠里は、固く目を閉じる。
しっかりしなきゃ、と自分の心に、鞭を打つ。
いまの剛士が自分にくれる笑顔を、言葉を、必死に思い描こうとする。
しかしそんなふうに悠里が、もがけばもがくほど。
幸せに笑う、エリカと剛士の像が、鮮明に心に浮かんだ。
しっかりと絡められた2人の指に、焦点が定まってしまった。
剛士の長い指に、柔らかく手を包み込まれる感覚。
悠里も、それを知っている。
『離したくない。
傍にいたい。
ずっと、一緒にいよう?』
剛士が指先で、伝えてくれる。
甘くて、優しい繋ぎ方だ。
悠里は冷えた自分の指を、ぎゅっと握り込む。
剛士の大きな手が、他の人を包み込んでいる。
思いを伝えている。
それがたとえ、過去の写真であったとしても。
見たくなかった……
「嫌……」
自分の知る、いまの剛士が、うまく像を結ばない。
ゆらゆらと、涙に滲んでいく。
「嫌だよ……」
悠里は、きつく目を閉じた。
確か、剛士たちの通う勇誠学園も同じ日程だ。
つまり今週の金曜日までしか、3年生であるカンナは学校に来ない。
問題なく進学が決まっているのなら、普通は、登校すらしない日もあるはずだ。
この1週間、逃げきる。
結局のところ、それが一番の対策だと思えた。
カンナが卒業してしまえば、学内で顔を合わせることはなくなる。
嫌がらせも、自然に収まっていくだろう。
そうすれば、もう剛士とエリカの話し合いを邪魔する心配もない。
これまで通り、自分は剛士を信じて、ゆっくりと関係を深めていける――
『春休み、みんなでお花見とかできるかな』
『あと……デートも、しような』
少し照れ混じりに囁いてくれた、剛士の優しい笑顔を思い返す。
そう。もう少しだけ、がんばれば。
きっと楽しい春休みが待っている。
――大丈夫。
逃げ切れる。
悠里は、手のひらに握りしめていたメモ書きを、そっと屑籠に隠し入れた。
いつ、カンナが目の前に現れるとも知れない。
今日は1日、気持ちを張り詰めていた。
夜、自室に戻った悠里は、重い気持ちで鞄を開ける。
入れっぱなしのフォトブックの背表紙が、ちらりと見えた。
やはり、鞄に入れたままにしておくのは辛い。
あまりにも、重い……
悠里は、そろそろとフォトブックを取り出した。
「あっ……」
できるだけ触りたくないと思って、指先だけで持とうとしたのが災いした。
バサリッ、と乾いた音を立てて、フォトブックが床に落ちてしまう。
はあっと溜め息をつき、悠里は仕方なく、それを拾い上げた。
指先で、表紙をなぞる。
――見たく、ない。
そのはずなのに、悠里の手は、そろりそろりと、表紙を捲ってしまっていた。
そこにいるのは、悠里の知らない剛士。
エリカと笑う、幸せそうな剛士。
悠里のいない、剛士――
悠里は無理やりに、クスリと笑う。
「ゴウさんの笑顔、可愛いなあ……」
今よりも、少し幼い剛士の笑い方。
明るくて、楽しそうで、無邪気で。
「……幸せそうだなあ」
今の剛士と、どちらが幸せそうに、笑っているだろうか。
比べるものではない。
馬鹿なことを考えている。
わかっていながらも、悠里は暗い思考を止められなかった。
鈍痛を感じる胸を押さえて、ページを捲っていく。
最後の写真が、1番綺麗で、1番、苦しい。
エリカと寄り添い、指を絡めて、穏やかに笑う剛士。
ずっとずっと、この幸せが続きますように。
写真のなかの2人が、そう願っているのが、わかる。
カンナの言う通り。
とても、お似合いの2人だ――
無意識に、強く唇を噛み締めていた。
ヒリヒリと、下唇が痛む。
――私、何してるんだろう……
カンナには、惑わされない。
自分の目で見た、エリカの優しい笑顔を。
何より、真っ直ぐに自分を見つめてくれる、剛士を信じる。
そう誓ったばかりではないか。
悠里は、固く目を閉じる。
しっかりしなきゃ、と自分の心に、鞭を打つ。
いまの剛士が自分にくれる笑顔を、言葉を、必死に思い描こうとする。
しかしそんなふうに悠里が、もがけばもがくほど。
幸せに笑う、エリカと剛士の像が、鮮明に心に浮かんだ。
しっかりと絡められた2人の指に、焦点が定まってしまった。
剛士の長い指に、柔らかく手を包み込まれる感覚。
悠里も、それを知っている。
『離したくない。
傍にいたい。
ずっと、一緒にいよう?』
剛士が指先で、伝えてくれる。
甘くて、優しい繋ぎ方だ。
悠里は冷えた自分の指を、ぎゅっと握り込む。
剛士の大きな手が、他の人を包み込んでいる。
思いを伝えている。
それがたとえ、過去の写真であったとしても。
見たくなかった……
「嫌……」
自分の知る、いまの剛士が、うまく像を結ばない。
ゆらゆらと、涙に滲んでいく。
「嫌だよ……」
悠里は、きつく目を閉じた。
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