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第5話

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 互いを押しのけ押し倒して逃げ惑う喧騒の中。自分をボスの右腕と公言してはばからないダン・ブレナンは、冷静に一計を案じていた。右腕の座を争うトーマス・ペックに声をかけ、必要な人員を確保すべく駆ける。サンタを避けて壁沿いに。
 そして相手から届かない出入口のそばで、壁を背に。二人は銃を向けた、それぞれに連れ出した酒場女の頭へ。

「正義の味方さんよ。そこまでだ、銃と……あー、死体を捨てろ」
 酒場女らはそれぞれに銃を向けた男の顔を見る。二人の男は黙って小さくうなずいた。この女らは団の情婦、仲間の一員だ。撃つ気はない。

 サンタクロースは振り向き、動きを止めた。武器と死体を下ろし、しかし捨てる様子はない。
 ダンは強く銃を押しつける。女は涙を流して叫んだ。
「いやっ、助けて、助けて!」

 サンタクロースはうつむき、すっかり短くなった細巻を揺らす。
「なるほどな……こいつぁ弱った」

 死体を離した。その手で細巻をつまみ、煙を吐く。もう片方の手は人差指を、銃の引き金を囲む用心金トリガーガードへ突っ込む。そのまま弄ぶようにくるくると回した。
 ダンは言う。
「聞いてんのか、とっとと捨てろ!」

 サンタはなおも細巻を吹かす。
「カッカすんなよ……慌てる乞食はもらいが少ねえ。っつか何だ、困ったことんなったが。世の中、困ったときの何とやら、だよなぁ」

 サンタクロースが細巻を捨てた、そのとき。ダンは妙な音を聞いた。板を折るような乾いた音と、逆に湿った音。何かが突き刺さるような。

「……あ?」
 見れば。横にいたトーマスの腹から、細長い刃物が突き出ていた。酒場の外から壁を破って突き刺されたらしかった。騎兵刀サーベルに似た曲刀だったが、それは血に濡れながら妖しく輝き、のたうつ蛇のような、あるいは流れ落ちる水のような刃紋を見せていた。

 そう思う間に。今度は爆ぜる音と共に、ダンの背中に熱いものが食い込む。銃弾。これも外から、壁を貫通して撃たれたようだった。

 女たちが悲鳴を上げ、背を押さえながらダンは倒れ込む。刀を抜かれたトーマスはもたれかかるように、壁に血を塗りつけながら崩れ落ちた。
 焼けつく痛みの中で見た。スウィングドアを押し開けて現れた男たちを。揃いの赤い衣を着た、二人のサンタクロースを。

 一人は大きな布袋をかつぎ、血の滴る刀を提げていた。三十よりは若い、痩せぎすの男。東洋人か、赤い帽子の下からは黒髪と浅黒い肌がのぞいている。頬のこけた顔にえらだけが高く張っており、目は刃物のように鋭かった。

 もう一人は布袋を足元に置き、両手に拳銃を持っていた。眠たげに目尻の垂れた、二十歳になるかどうかの白人。まるで飾り立てるように、何重にも銃帯を着けていた。上衣の肩から胸を交差させて腰へ二つ。肩から両脇に回して二つ。ズボンの上、腰に交差させて二つ。それぞれの上にずらりと予備の弾丸が収められ、空になっている腰のもの以外はホルスターへ拳銃が吊るされていた。

 銃を持つサンタが老いた眼帯のサンタに言う。
「遅ェスよ、クリスの旦那。オレらぁとっくに配達終わったぜ?」
 もう一人のサンタがトーマス・ペックに刀を突き刺し、銃のサンタがダンの方を見ようともせず、そちらへ向けた引き金を引く。女の悲鳴を聞いた気がして、ダン・ブレナンはそこで死んだ。



 クリスと呼ばれたサンタクロースは口笛を吹く。
悪いなグラシャス。助かるぜ、仕事の早ぇ同僚がいると」
 刀のサンタはにこりともせず、袋を足元に捨てる。武器の血を払うとズボンで拭った。腰の鞘には納めず、手に提げたままにする。
 銃のサンタは同じく、外から拾い上げた袋を足元に置く。笑って言った。
「なあに、いいってことスよ。貸しってだけ覚えててもらえりゃあ」
「言ってくれるぜ、小僧キッド
 笑いながら、クリスは放り出していた自分の袋を取る。中から新たな散弾銃ショットガン海軍刀カトラスを引っ張り出した。そしておもむろに、撃つ。人質だった女の頭を。
 下あごから上を無くして崩れ落ちる、一人の女の手には。三人へ向けられた小型の拳銃があった。

クリスは銃口の煙を吹く。ウインクのつもりか死体に向けて、眼帯に覆われていない目をつむってみせた。
「化粧が台無しだな、美人ボニータさんよ」

 口を大きく開けたまま、もう一人の女がへたり込む。こちらは武器を手にしておらず、傷もない。
 銃を持ったまま、キッドと呼ばれたサンタがひざまずく。手を取って女を立たせた。
「失礼、レディ。貴女のご友人にちょっとした粗相が、ね。もちろん貴女に限ってはそんなこともありませんでしょうけど、ま、ちょいと外で待っててもらえますかね」

 にやけて腰に手を回すキッドから奪うように、刀のサンタが女の肩を取った。無表情のまま外へ押していく。入念に、女の尻を片手でもみながら。

 クリスが楽しげに鼻を鳴らす。
「相変わらずだな、スラッシャー。さあて兄弟アミーゴ
 細巻をくわえた。広間と二階で固まったまま身構える、煉獄団の男たちを見渡す。
「客席も温まった、これからが本番よ。聖母サンタマリアもご清聴あれ、サンタ楽隊マリアッチの大協奏だ!」

 クリスの散弾銃が合図だった。キッドの二丁拳銃が火を吹き、男たちがてんでに銃を撃ち、隙間を縫ってスラッシャーが駆ける。銃口を向けられるより早く距離を詰め、振り上げた刀が手首を斬り飛ばし、返す刃が首を刎ねる。身をひねっては別の相手の腹を裂き、流れるように胸を突く。横から敵が銃を向けるが、筒先から素早く身を引く。その敵の手をキッドが撃ち抜き、クリスの投げた酒瓶が顔面を砕いた。

 クリスとキッドは弾丸を惜しみはしなかった。全弾撃っては再装填もせず銃を捨て、銃帯から新たな武器を出す。それもなくなれば、かついできた袋から次々に銃を取り出す。今や二人の足元には立ち込める煙の中、空の銃が山と積まれていた。それは奇妙なことに、もはや袋自体の大きさを越えているようにさえ見えた。

 煙が完全に視界をふさぐ中、敵も味方も無駄弾をばらまく。その中を絶えず赤い影が駆け、血に濡れた刃を振るい続けた。

 クリスは鼻の穴を広げ、機嫌良さげに硝煙の匂いを嗅ぐ。口笛を吹き、叫んだ。
「スラッシャー、いっぺん下がれ! キッド! あれの出番だ、奏でてやりな!」
了解オーライ!」

 キッドが袋から引きずり出したものは。どのような手品か、明らかに袋に入りようのない体積をしていた。頑丈な三脚に据えられた、円く束になった銃身を備えた回転式機関銃ガトリングガン

 クリスは叫ぶ。
カモンバモ! ギターソロギタリィスタァカモンバモ!」

 白い歯を見せ、キッドが側面のクランクを回す。銃身の束はそれに合わせて回転しながら、轟音と共に弾丸を連続で吐き出した。
 雲のように濃い煙の中、男たちの悲鳴と、肉に食い込む湿った音が絶え間なく奏でられる。近くの壁に床に柱に、見る間に黒く弾痕が穿たれる。その中で一際高くクリスとキッドの笑い声が響き、スラッシャーはにたにたと笑っていた。
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