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19.存在意義はありますか

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「シルヴィアにここの薔薇を見せたくて呼んだんだ」
背後の女性の話は触れずにカインは周囲に咲いている色とりどりの薔薇を見回した。
紹介するために呼んだのでは?
いや、もうすでに側に居るのは当たり前の関係なのか。
私は説明をしてもらえるような人ではないのかもしれない。
触れない方が良いのかと私が薔薇を見回すと、カインの背後から女性が顔を出した。
ここまで存在を出されたら触れないのが逆に失礼に当たるのではないか。
自分が混乱してくるのを止められなかった。
「えっと…」
真っ直ぐ挑む様に見てくる女性の目は私を観察して分析しているように感じる。
薔薇どころではない。
「リーディア、君がシルヴィアの顔が見てみたいと言っていたから同席を許可したんだ。見たなら部屋に戻ってくれないか」
「それはないわカインラルフ。私はシルヴィアさんとお話がしたいと言って同席したのよ」
「会話を許可した覚えなんかない」
「心が狭い男ね。そんな男は嫌われるわよ」
「君のせいでシルヴィアと一緒に居られなかったんだ」
「戦友にそれを言っちゃうなんて…本当にフラれたらいいわ」
「君こそ見向きされないままでいればいい」
「そうしたら私達の婚約が成立するわね」
「君の状況が収束する前に私達は結婚してますね」
「側室という立場も残されているわ」
「私は正室以外は娶らないと公言するよ」
「子供が出来なければそんな公言も水の泡」
「子供が出来れば問題はない」
「下品な人は即刻フラレる事を望みます」
ぽんぽん言葉が飛び交い、とても仲の良い雰囲気が伺える。
私の存在は居ないものとしているかのように仲睦まじく羨ましい。
二人を見ていた視線が徐々に下がり、顔ごと下を向いてしまう。
淑女としては失格だなと考えながら現実逃避をするしかない。
帰っても良いのかしら?
そんな疑問も口に出せないままボケーッと立っているだけ。
そんな間も二人の言い合いは続いている。
「失礼致します。カインラルフ様、リーディア様、陛下がお呼びでございます」
天の助けなのか、黒服に身を包んだ高齢の男性が気配もなく薔薇園に現れてカイン達に告げて頭を深く下げる。
私は蚊帳の外だが、王太子殿下と隣国の王女の許しもなくここを辞する事は許されない。
二人が早く立ち去ってくれるのも待つのみ。
「まだシルヴィアと話をしていません」
「またの機会にお願い致します」
「そう言って私をまた縛るつもりですか」
「……」
「今度は絶対にあなた方の良いようにはされません。私はもう傀儡ではないのですから」
いつも聞いているカインの声とは思えない程冷たく尖った言葉に私まで体が強張ってしまう。
「シルヴィア、また時間を作りますのでその時に会いに行きます」
「はい」
顔を上げられないまま小さく返事をすると、ふわりと優しく頭を撫でられた。
涙が出そうになる。
優しいその手で他の誰も触らないで!
暖かな眼差しを向けないで!
そう大声で叫びたくなって唇を強く噛み締める。
口の中で血の味が広がるだけだった。
その後薔薇園からどうやって部屋に帰ってきたか分からない。
それでも私の側にはアンルーシーが控えていて、心配そうにチラチラ視線を投げてくる。
それに気付いていながら反応すら返してあげられないのは心苦しい。
それでも今の私は人形のようにただ部屋で椅子に座ったままテーブルに置かれたお茶を見つめるしか出来なかった。
体に力が入らない。
頭が働かない。
でもはっきりしているのは私はいつまでもここに居るべきではないという事。
側に居るアンルーシーにも別室に居る家族にも迷惑を掛けずに全てを終わらせるのはどうしたらいいのか。
動かない頭をどうにか動かそうと視線をさ迷わせる。
「シルヴィア様、マイオン様にお会いしに行きませんか?」
「……お兄様に?」
「はい。あの方と居ると何故か元気になると思いませんか?気分転換を兼ねて家族団欒するのも宜しいかと思います」
「アンンルーシーはお兄様のそういう所が好きなのね」
「え!?いえっそのっ」
顔だけではなく首の方まで真っ赤にしているアンルーシーは年上なのに可愛らしい。
何の役にも立てない私をここまで心配してくれるのも嬉しいけど、心苦しい。
そして何もしない自分に腹が立ってくる。
立ち止まってウジウジ悩んでいるのは私じゃない。
まだ胸の中は整理しきれてないけれど、このままでもいけない。
「お兄様の所に行くのも良いけど、私はアンルーシーのそれが気になるわ」
自然に笑みが出てくるのを感じる。
どこかで引っ掻けたのかアンルーシーの侍女服の袖が少しだけ破れていた。
その部分を軽く触りアンルーシーが確認して青ざめるのを見てしまった。
「お見苦しい所を!申し訳ありません!」
「そんな事はないわ。ねぇ、もし良かったら私に直させてもらえない?」
「お嬢様にそんなことさせる訳には参りません!」
思った通りのアンルーシーの反応にまた笑みが溢れてしまう。
真面目な彼女が主にさせる訳がない。
それは分かっているけど、こちらも引くわけにはいかない。
「アンルーシーも知っている通り私はとても時間があるのよ。本を読むのも飽きてしまったし、少し他の事がやりたいなと思っていたの。それに貴女にもお礼とお詫びがしたかったから……迷惑?」
こんな言い方は卑怯だと分かっている。
お礼とお詫びと迷惑。
この言葉を使ったらいくら堅物のアンルーシーでも優しい彼女は頷かずにはいられないのも知っていた。
「それなら…お願い致します」
渋々でも頷いてくれたアンルーシーは着替える為に一度部屋から退室して、新しい侍女服に着替えてきた。
手には繕い物の侍女服。
それを申し訳なさそうに手渡してくる。
「そろそろ昼食の時間でしょ?繕っている間に行ってきていいわよ。見られていたら緊張しちゃうから」
「分かりました。ではよろしくお願い致します」
今度はすんなり頷いて部屋から出て行く。
自分にも演技力があったのだなと少しだけいい気になってしまう。
そして足音が遠ざかったのを確認して着ていたドレスを脱ぎ、結っていた髪も全部解く。
体格が似ているアンルーシーの侍女服に袖を通し髪を前髪だけ残してキツく結び直してひっつめ頭にする。
靴もヒールから踵の低く黒っぽい靴へと履き替え、全てが整った。
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