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18.悪夢の正夢

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動かない足を必死で前に出し、図書室から借りている部屋へと戻る。
この部屋も私なんかが居てはいけない部屋なのだと改めて気付かされた。
やっと慣れてきたこの部屋が急に知らない場所のように感じて落ち着かなくなり、いつも座るソファーではなく部屋の隅に置かれた椅子に身を縮めるように腰を降ろす。
視線をさ迷わせながら考えるのはこれからどうしたら良いのかということ。
きっと家族にも迷惑を掛けているのだろう。
それを言わずに居てくれる家族の優しさに涙がでそうになる。
「でもルーファス様の事は何も知らないし…」
容疑を晴らすにもこの件について知っている事なんて本当に少ない。
私の知っている事はカインも知っている。
ルーファス様に会ったのは一回。
後はミュルヘとの接触しか私には出来なかった。
それもカインの足を引っ張る事しか出来なかったみたいだ。
「まさかあの事が私の関与に繋げられてしまった?」
推理が得意ではない私が考えただけで答えが見つかるはずもない。
犯人扱いの原因でさえ思い浮かばないのに汚名を晴らすことなど夢のまた夢。
何もせずに静かに自ら監禁されるのが良いのではないか。
そんな考えをぼーっと思い浮かべていると入室を求めるアンルーシーの声が聞こえた。
「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」
「…どうぞ」
声が強張ってしまうのを抑えようと両手を握りしめる。
扉が静かに開き、入ってきたアンルーシーがソファ、ベッドと順番に目で追ってから部屋の隅の椅子に座る私を見付けて目を見開く。
「なぜそのような所に?大丈夫ですか?」
心配そうに近付いてきたアンルーシーは私の両手に目を止めて膝を付いて優しく手を包み込んでくれた。
「何かありましたか?」
アンルーシーの質問に何一つ答えられない私の喉は張り付いたように声が出てこない。
何を言ったら良いのかが分からない。
「王太子殿下がお呼びになっておりますが…お断りいたしますか?」
「それはダメ!」
やっと出てきた声は思いの外大きくて、アンルーシーの表情が驚きに変わる。
挙動不審の私にすぐ笑みを返してくれるアンルーシーは立ち上がって私の肩に手を乗せる。
「では支度を致しましょう」
どんなことにも対応出来るアンルーシーは憧れ。
あの図書館で聞いた侍女達の話もアンルーシーならどんな対処をするのか気になった。
それでも何も口に出来ない私の支度を迅速に進めていく。
今までアンルーシーを羨む事は何度もあったし、尊敬もして、目標にして頑張った事もあった。
でも、今回初めて考えてしまった。
頑張れない。
私が死んで居なくなってしまえば丸く収まるのではないか。
ルーファス様との婚約が進められた時にでも全てを終わらしていれば家族にもカインにも迷惑をかけなかったのではないか。
私が居なくても兄といずれ結婚するアンルーシーが居れば家族もきっと寂しくない。
そんな暗い思考が頭に浮かんで縫い付けられてしまったかのように忘れることが出来なくなってしまった。
『シルヴィアは皆に迷惑をかける要らない娘』
と。
そんな事を考えている間に王太子殿下が用意してくれたという青いドレスを身に纏われ、アンルーシーと女性騎士に連れられて庭の方へと降りていく。
ここに来てからしているお化粧はアンルーシーがやってくれていて、今までのそばかすメイクとは雲泥の差。
とても綺麗にしてくれている。
噂話をする貴族に会うわけでもないし、歩き回れるわけでもないからそばかすメイクが必要ない。
そして何よりカインが今までの化粧をするなら素っぴんで居てくれと言ってきたらしい。
部屋から出ないとはいえメイクもせずに一日中過ごすなんて出来るはずもない。
そしてアンルーシーがキラキラした笑顔でメイク担当を名乗り出てくれたのでお願いする事にした。
「あそこのバラアーチの向こう側がバラ園になります。あちらで殿下がお待ちです」
「アンルーシーは来ないの?」
「はい、私はここでお待ちしております」
アンルーシーが静かに頭を下げて見送ってくれるけど足が前に進まない。
侍女達の事も思い出してしまう。
「アンダーソン子爵家ご令嬢のシルヴィア嬢がお越しになりました」
バラアーチの内側に立っていたらしい女性騎士が声を張り上げる。
来たことを告げられるともう立ち止まっていられない。
恨めしく思いながらも足を引きずるように前に出すとやっと進めた。
「シルヴィア!」
満面の笑みを浮かべて小走りで寄ってくるカインは今日もキラキラしい。
そして当たり前だけど貴族の子息達が着るよりも上等な生地の服を身に纏っていて煌めきが増していた。
眩しいよ。
「カイン…っラルフ様、」
二人の時には今まで通りと約束したのに私の口から出た言葉と態度は王家に仕える貴族のそれだった。
ゆっくり優雅に淑女の礼をして頭を下げる。
それは二人ではないという状況のせい。
カインの後ろから小柄な女性が付いてきているのが見えた。
身形からして貴族か王族か。
噂から推測するとこの方が隣国の王女様なのかもしれない。
「本日はお招き頂き有難う御座います」
「シルヴィアには部屋と図書館以外にはここしか呼べる場所がなくて。本当に不便をかけてるな」
「勿体なきお言葉にございます」
頭を下げたまま話すとカインの表情が分からないから不安になる。
私は本当にここに居て良いのか。
その女性は誰なのか。
カインとの関係は…
考え出すと止まらない。
「顔を上げて話してほしい」
「はい」
顔を上げて背筋を伸ばすとカインの優しい笑みが視界に入る。
それと同時に凄い既視感に襲われた。
カインのすぐ後ろに寄り添う様に立っている小柄の女性。
扇子を開いていて顔があまり良く見えないけど白く透き通った肌に光に照らされると金にも銀にも見える髪。
可愛らしく品があるピンクのドレスは小柄な女性に良く似合っている。
カインの背からチラチラと見せる目は燃えるように赤い。
そういえば隣国の王家の方々は赤い瞳の持ち主だと聞いたことがあった。
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