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20.侍女のルーシー
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見た目は侍女になった。
でもこのまま出ていけば怪しまれる可能性もある。
現に部屋付近には見張りが居る事もあるし、もし話しかけられたら誤魔化しきれないだろう。
前髪で顔を隠すが心許ない。
ふとさ迷わせていた目がベッドに止まる。
「掃除だったら大丈夫かしら」
綺麗に整えられているベッドに近付いてシーツを剥ぎ取る。
せっかくやってもらったのにという気持ちもあるが、背に腹は代えられない。
そのまま大きなシーツを抱えて扉を静かに開けて廊下に出た。
そして侍女達の行動を思い出して誰も居ない室内に頭を下げて、いかにも中に誰か居るような雰囲気を出す。
「そろそろ交代だ」
「ああ」
今日は見張りが居たようだ。
でも私のことを少し見ただけで話しかけられる事はなかった。
そのまま洗濯物を運ぶ侍女の如くその場から離れる事に成功した。
しかし問題はここからだった。
王宮の中は迷路の如く廊下が分岐していて自分が今どこに居るかも分からない。
知っているのは自分の居た部屋と図書室だけ。
そんな私が抜け出そうとするのは無謀だったのだと気づきたくはなかった。
「う~…どこから外に出られるのかしら」
抱えてきたシーツを抱き締めて周りを見渡す。
迷子という言葉を直ぐに打ち消そうと頭を振るが、これは間違いなく迷子なのだ。
「あれ?こんな所でどうしたの?」
キョロキョロしていたのが目立ったのか背後からとても軽い声が掛けられた。
周りに人の気配がしないから間違いなく私に掛けられている。
「見たことないね。ん?シーツ持ってるってことは洗い場探してるの?新人さん?」
「は、はい…」
声は男性にしては少し高めで柔らかい……いや軽い?
そんな声の主が前に回り込んできた。
肩に着くダークブラウンの髪がサラサラと揺れる。
前髪も長めで時折覗く目はとても綺麗な青だ。
隠れているが整った顔立ちなのが分かる。
きっと女性には苦労しなさそうな感じが伝わってくる。
「案内してあげるよ」
「…ありがとうございます」
「敬語止めない?」
なんだろう。
物凄く既視感がある。
そんな整った顔の男を見上げる。
結構な身長でたぶんカインと同じくらい、いやもっとあるかもしれない。
そして着ているのは従者の服。
それも下働きをしている者が着ている服だ。
既視感はあるけど全く同じとも言えなくて頭の中が混乱する。
「俺はシャイン。君は?」
「私は……ル……ルーシー」
「ルーシーかぁ可愛い名前だね君にピッタリだ!」
にへら~と笑うシャインは軟派なのにそれを感じさせない可愛らしさを醸し出す。
「新人さんならここの事分からないでしょう?案内してあげるから休みの日にでも一緒にご飯食べに行こう?」
「え…」
軟派だ。
声に出さなかったのを褒めてほしい。
いやらしい笑みではなく爽やかな笑みを浮かべながら先を歩いて行ってしまう。
まだ了承してもいないのに。
でもここで彼を見失うとまた迷子になってしまう。
王城から出たら会うこともないとシャインの後に続いた。
何回も曲がってやっと辿り着いた。
井戸の側で洗濯をしている侍女達はシャインが現れただけで黄色い声を出し、頬を染めて集まってきた。
思った通りのモテっぷりだ。
「やぁマリー今日の髪型はいつもと違うね」
「シャインには分かっちゃうのね~」
「あれカレンは化粧変えた?凄い美人さんになってる」
「新しいやり方を教わったの~」
「ソフィの髪留めとても良く似合ってるよ」
「新しく買ったの~」
何か凄くいたたまれない。
シャインには申し訳ないがここから出て行くのが目標の私は侍女達がシャインに夢中なのをいい事に裏口を探した。
そして木に隠れた所に見える木の扉を見付けた。
シーツを洗濯籠へと突っ込んで扉の方へと近付こうとした。
「キャー!殿下が何でこんな所に!?」
シャインに夢中だった侍女の一人がまたもや興奮した声で叫んでいた。
その声だけでも驚くのに殿下という言葉に体が動かなくなった。
金縛りにあったように。
「皆さんお仕事ありがとうございます」
ギギギと聞こえそうな程自分の首が固まって動かないのを無理矢理動かして振り返る。
カインだ。
いつもの爽やかな笑みを振り撒いてさっきまでシャインに詰め寄っていた侍女達を骨抜きにしている。
気付いていない。
顔を上げずに地面を見つめて畏まった風を装う。
「王太子殿下がなぜこのような場所へ?」
洗濯場に居る侍女達の大半は下級貴族。
王族とは話す事が憚られるが、もしここで見初められればお手付きか良くて側室にまで這い上がる事が出来る。
売り込むチャンスで不敬とか考えてられないのだろう。
ガンガン近付いて質問まで飛んでいく。
「大事な猫が逃げてしまいまして。探しに来ました」
カインは猫なんて飼っていたのかしら?
全然知らなかったし気配も感じなかった。
教会で飼っていたのを連れてきて逃げた?
疑問が次々と頭に浮かんでくる。
猫を探しに来たのならさっさとどこかに行ってほしい。
今の私はカインの顔を見たくて、見てほしくて仕方がないのだから。
「猫…ですか?こちらでは見掛けませんでしたが、どんな猫ですか?一緒にお探し致します~」
シャインはもう良いのですか?
そんな言葉を掛けたくなる程侍女達の変わりようは凄かった。
「そうですね…毛並みはとても良くてハニーブラウンで目はとても大きくて綺麗なエメラルドなんです。でも思い込みが激しい上に行動派でお転婆な所が困るのにそこがまた可愛いんですよ」
「ハニーブラウン…私探して来ますね!」
「あ、私も行ってきます!」
次々と侍女が走り去って行く。
止めて、私を残さないで!
「見付けましたよ、私の猫さん」
地面を見つめていた視界に手入れされた靴が入り込む。
耳に馴染むカインの声。
離れるって決めたのに遠くから王女との結婚を祝福しようと決めたのに。
この声だけで腰が抜けそうになる。
「さぁ戻りましょうか、シルヴィア」
「きゃあっ」
私が下を向いたまま反応しないからか体を簡単に抱き上げられて荷物を持つように肩に担がれた。
「貴方も来てください」
さっきまでの甘やかな声とは違う尖った声で一言呟くとスタスタと歩いて行く。
あ~…私の脱出計画は頓挫したのだった。
でもこのまま出ていけば怪しまれる可能性もある。
現に部屋付近には見張りが居る事もあるし、もし話しかけられたら誤魔化しきれないだろう。
前髪で顔を隠すが心許ない。
ふとさ迷わせていた目がベッドに止まる。
「掃除だったら大丈夫かしら」
綺麗に整えられているベッドに近付いてシーツを剥ぎ取る。
せっかくやってもらったのにという気持ちもあるが、背に腹は代えられない。
そのまま大きなシーツを抱えて扉を静かに開けて廊下に出た。
そして侍女達の行動を思い出して誰も居ない室内に頭を下げて、いかにも中に誰か居るような雰囲気を出す。
「そろそろ交代だ」
「ああ」
今日は見張りが居たようだ。
でも私のことを少し見ただけで話しかけられる事はなかった。
そのまま洗濯物を運ぶ侍女の如くその場から離れる事に成功した。
しかし問題はここからだった。
王宮の中は迷路の如く廊下が分岐していて自分が今どこに居るかも分からない。
知っているのは自分の居た部屋と図書室だけ。
そんな私が抜け出そうとするのは無謀だったのだと気づきたくはなかった。
「う~…どこから外に出られるのかしら」
抱えてきたシーツを抱き締めて周りを見渡す。
迷子という言葉を直ぐに打ち消そうと頭を振るが、これは間違いなく迷子なのだ。
「あれ?こんな所でどうしたの?」
キョロキョロしていたのが目立ったのか背後からとても軽い声が掛けられた。
周りに人の気配がしないから間違いなく私に掛けられている。
「見たことないね。ん?シーツ持ってるってことは洗い場探してるの?新人さん?」
「は、はい…」
声は男性にしては少し高めで柔らかい……いや軽い?
そんな声の主が前に回り込んできた。
肩に着くダークブラウンの髪がサラサラと揺れる。
前髪も長めで時折覗く目はとても綺麗な青だ。
隠れているが整った顔立ちなのが分かる。
きっと女性には苦労しなさそうな感じが伝わってくる。
「案内してあげるよ」
「…ありがとうございます」
「敬語止めない?」
なんだろう。
物凄く既視感がある。
そんな整った顔の男を見上げる。
結構な身長でたぶんカインと同じくらい、いやもっとあるかもしれない。
そして着ているのは従者の服。
それも下働きをしている者が着ている服だ。
既視感はあるけど全く同じとも言えなくて頭の中が混乱する。
「俺はシャイン。君は?」
「私は……ル……ルーシー」
「ルーシーかぁ可愛い名前だね君にピッタリだ!」
にへら~と笑うシャインは軟派なのにそれを感じさせない可愛らしさを醸し出す。
「新人さんならここの事分からないでしょう?案内してあげるから休みの日にでも一緒にご飯食べに行こう?」
「え…」
軟派だ。
声に出さなかったのを褒めてほしい。
いやらしい笑みではなく爽やかな笑みを浮かべながら先を歩いて行ってしまう。
まだ了承してもいないのに。
でもここで彼を見失うとまた迷子になってしまう。
王城から出たら会うこともないとシャインの後に続いた。
何回も曲がってやっと辿り着いた。
井戸の側で洗濯をしている侍女達はシャインが現れただけで黄色い声を出し、頬を染めて集まってきた。
思った通りのモテっぷりだ。
「やぁマリー今日の髪型はいつもと違うね」
「シャインには分かっちゃうのね~」
「あれカレンは化粧変えた?凄い美人さんになってる」
「新しいやり方を教わったの~」
「ソフィの髪留めとても良く似合ってるよ」
「新しく買ったの~」
何か凄くいたたまれない。
シャインには申し訳ないがここから出て行くのが目標の私は侍女達がシャインに夢中なのをいい事に裏口を探した。
そして木に隠れた所に見える木の扉を見付けた。
シーツを洗濯籠へと突っ込んで扉の方へと近付こうとした。
「キャー!殿下が何でこんな所に!?」
シャインに夢中だった侍女の一人がまたもや興奮した声で叫んでいた。
その声だけでも驚くのに殿下という言葉に体が動かなくなった。
金縛りにあったように。
「皆さんお仕事ありがとうございます」
ギギギと聞こえそうな程自分の首が固まって動かないのを無理矢理動かして振り返る。
カインだ。
いつもの爽やかな笑みを振り撒いてさっきまでシャインに詰め寄っていた侍女達を骨抜きにしている。
気付いていない。
顔を上げずに地面を見つめて畏まった風を装う。
「王太子殿下がなぜこのような場所へ?」
洗濯場に居る侍女達の大半は下級貴族。
王族とは話す事が憚られるが、もしここで見初められればお手付きか良くて側室にまで這い上がる事が出来る。
売り込むチャンスで不敬とか考えてられないのだろう。
ガンガン近付いて質問まで飛んでいく。
「大事な猫が逃げてしまいまして。探しに来ました」
カインは猫なんて飼っていたのかしら?
全然知らなかったし気配も感じなかった。
教会で飼っていたのを連れてきて逃げた?
疑問が次々と頭に浮かんでくる。
猫を探しに来たのならさっさとどこかに行ってほしい。
今の私はカインの顔を見たくて、見てほしくて仕方がないのだから。
「猫…ですか?こちらでは見掛けませんでしたが、どんな猫ですか?一緒にお探し致します~」
シャインはもう良いのですか?
そんな言葉を掛けたくなる程侍女達の変わりようは凄かった。
「そうですね…毛並みはとても良くてハニーブラウンで目はとても大きくて綺麗なエメラルドなんです。でも思い込みが激しい上に行動派でお転婆な所が困るのにそこがまた可愛いんですよ」
「ハニーブラウン…私探して来ますね!」
「あ、私も行ってきます!」
次々と侍女が走り去って行く。
止めて、私を残さないで!
「見付けましたよ、私の猫さん」
地面を見つめていた視界に手入れされた靴が入り込む。
耳に馴染むカインの声。
離れるって決めたのに遠くから王女との結婚を祝福しようと決めたのに。
この声だけで腰が抜けそうになる。
「さぁ戻りましょうか、シルヴィア」
「きゃあっ」
私が下を向いたまま反応しないからか体を簡単に抱き上げられて荷物を持つように肩に担がれた。
「貴方も来てください」
さっきまでの甘やかな声とは違う尖った声で一言呟くとスタスタと歩いて行く。
あ~…私の脱出計画は頓挫したのだった。
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