御大尽与力と稲荷神使

克全

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第一章

蛇の弥五郎11

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 南町奉行の根岸肥前守鎮衛は疲れ切っていた。
 元々町奉行は激務なのだ。
 町奉行は奉行所内に住み、午前八時頃に江戸城に登城し、老中など重職者に事案の報告をしたり、逆に指示を受けたりする。
 午後二時ごろに奉行所に戻り、奉行所の執務を行う。

 司法・立法・行政・警察・消防・物価対策などの幅広い業市政務を担当していおり、罪人を裁くだけでなく、親孝行など人々の手本になる者には、善行を江戸庶民に勧める観点から、表彰までしなければならない。

 北町奉行所と月番制であるため、非番の一ヶ月は逮捕する事はない。
 だが非番中は、月番の時に逮捕した盗賊の取り調べをしなければいけない。
 七右衛門が有能過ぎるので、月番中はひっきりなしに入牢の申し渡しが必要なのだ。

 入牢の申し渡しは、奉行自らが行わなければいけない決まりがあり、入牢の申し渡しに昼夜の区別などないので、深夜でも起きて行わなければならない。
 重罪の者を除く判決の言い渡しも、奉行自らが行わなければならない。
 大火の時には、町奉行自ら町火消しを陣頭指揮することもある。

 町奉行所での裁判は、形式的に初審と判決言い渡しのみ町奉行が担当する。
 実務は吟味方与力らが行い、裁判は幕府の法典である「公事方御定書」など従って行われるため、奉行の一存で刑罰は決められず、奉行は決裁をするだけの状態であった。

 刑事裁判では、町奉行所などの各司法機関は、独断で出せる刑の範囲が定められていた。
 遠島と死罪の判決は、町奉行所の専決権を超えていて、老中に仕置伺を出して許可をもらわなければいけなかった。
 老中は評定所で町奉行・寺社奉行・勘定奉行の三奉行に審議させ、評定所の評議を参考に老中が刑を決めて将軍が容認し、老中から町奉行所へ通達して初めて、遠島と死罪の判決を申し渡すのだ。

 町奉行としての仕事だけでなく、上記のように幕政にも関与していて、寺社奉行・勘定奉行と共に、評定所の構成員となっている。
 評定所は幕府の最高裁判所であり、将軍の直臣である大名・旗本・御家人の裁判や、町奉行所と寺社奉行所と言った、原告と被告を管轄する機関が異なる裁判や、老中からの諮問を受けた刑事裁判などを審議する司法機関だ。

 町奉行に休日などなく、余りの激務に在職中に過労死する町奉行も珍しくない。
 根岸肥前守鎮衛は上手く手を抜き、身体を労わった。
 特に七右衛門が手先にすべく御慈悲を求める盗賊に関しては、老中に丸投げして責任を回避した。
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