闇ギルドの影は目的を果たすために戦い続ける

夜納木ナヤ

文字の大きさ
上 下
13 / 26
再会~敵か味方か~

幼馴染な彼女

しおりを挟む
 俺は学校に戻ると、怪我の検査の名目で、保健室へと向かった。
 他の生徒は授業を受けていて誰もおらず、養護教諭と二人だけの時間を過ごすことになった。

 甘い展開が待っていて…なんてそんなことは当然なくて、俺達の間にあるのは仕事の話だけだ。

「早乙女エリカという人物に心当たりはないか?」

 俺の問いかけに、真崎は眉を潜めた。
 闇ギルドの者が派遣されているならば、彼女が知らないはずはない。

 この島は海に囲まれ、隔離されている。真崎の力なくしては外と連絡を取ることは難しい。
 年に一度、年度の終わりにのみ出ることが許されるが、それではギルドに活動の報告をすることが出来ない。そんな状況下でわざわざ潜入してくるメリットはないだろう。

「聞いていないね。もしかしたら報告なしに来ている可能性はあるけれど…。殺した後の処理も大変でしょうし」

 真崎も俺と同意見だったようで、眉を顰めるばかりだ。

 真崎は介護教諭の立場を生かし、死人が出たときには最初に触れることが出来る。彼女のさじ加減ひとつで、証拠を隠滅することも可能なのだ。
 とは言え、あまり無茶をすれば怪しまれることは間違いないので、力を借りないに越したことはない。

「それもそうだな。また何か分かれば教えてくれ」

 外に出ようと立ち上がったその瞬間…目の前で扉が開いた。

「嘘だろ…」

 そこにいたのはエリカだった。

 あり得ない、気配を全く感じなかった。
 廊下には窓や壁が無数にある。その影を全く踏まずにここまでやってくるなんて不可能だ。

「どうしてそんなに驚いているのかな?」

 エリカは優しく微笑むと、青い2つの目を見開いた。
 不快だ。こいつに見つめられると、妙な拒絶反応が出る。

「不思議だなあ。私の目は人の感情を読み取れるんだけどぉ、カケルだけは全く見えないんだよねぇ。感情がないのか…何かで隠されているのか」

 ゆっくりと近づいてくると、俺の肩に手を当て、下から覗き込んでくる。
 その手は徐々に下に降りてきて、胸元で止まった。

「女の子に触られたら、心臓の鼓動は早くなるはずだけど…すごいね。平常通りだ。それとも男好きだったりする?」
「いいや、俺は男より女のほうが好きだぞ。レイモンドが男好きだと思って、寝る時に枕元に剣を置いたぐらいだ」

 エリカまだ満足していないようで、腕や腹。いろいろなところに触れてくる。

「ごほん。ここは確かに保健室だが、そういうことは別の場所でやってほしいな」

 真崎が注意すると、ようやく俺から離れた。そして、全く気にした様子もなく答えた。

「これは失礼しました、先生」
「それはいいのだが、何をしにここに?」
「保健室に行ったクラスメイトが戻ってこないので、心配して見に来ました」

 エリカは室内を見渡すと、俺に背を向けた。
 まただ。彼女の背中でポニーテールが揺れる度に、既視感に包まれる。

「それでお二人はどんな話をしていたんですか?」

 ベッドに座ると、居心地が悪いのか体を上下させている。
 つまらなさそうな横顔を、紅く染まり始めた夕日が照らす。
 これにも既視感がある。まさか俺は、こいつを知っている…?

 ふと下を向いて気が付いた。
 夕日は影を照らし出す…のだが、床に映し出されているのはベッドだけだ。座っているはずのエリカはいない。

「大したことじゃない。体におかしなところがないか聞いていただけさ」
「その様子だと、問題なしと」
「そうだな」

 真崎は何事もなかったかのように頷いた。
 エリカはベッドの感触に飽きたのか、今度は指先で髪をくるくるしだした。
 その動きはやはり、床には映し出されない。

「凄いですよね。あれだけの怪我をしたのに、こんなに早く治ってしまうなんて」
「全くだ。若さの賜物だね」
「あくまでもシラを切ると」
「なんのことだろうか」
「ふふふふ…あはははは」
 
 エリカは立ち上がると、高笑いを始めた。
 瞳孔は開き、他人の視線など気にせず口を大きく開ける。

「さっき、私が入ってきた時に驚いていたね。それはなぜ?ねえ答えてよ、カケル」
「大事な話をした後だから、聞かれたくなかったんだよ」
「体は無事なんでしょ?」
「だとしても心は別だ。なにせ目の前で死なれたんだからな」
「いいねえ…いいねえ…ねえカケル、気が付いている。その言い方って、他人事みたいだよ?」

 気づくと、エリカの顔が真ん前にあった。
 まただ。こいつの動きは全く分からない。

「いいねえいいねえ…『なんで?』って顔してる。その顔好きだなあ…嬉しすぎて教えてあげちゃう!私ね、影がないの」

 エリカは俺から離れると、その場で一回転した。
 動きの前兆も、目の前で動いている事実も俺には伝わってこない。
 
 俺の視界ー影の世界に、彼女は存在していないのだ。

「何かの病気か?私で良ければ診察するが…」

 心配したように声をかける真崎を、エリカは一蹴する。

「大丈夫。理由は分かっている。私ね、目の前でたくさんの人が死んだことがあるんだ。ずっとずっと昔、小さい時に。その時にね、男の子が助けてくれたの。それにしても凄かったなあ…その子は大けがをしていたんだけどね、目の前で治っていったの。他の子の影を吸いながら」
「君は何を言って…」
「真崎、もういい。エリカ、お前は何者だ。いや、どこの派閥の者だ」

 エリカは立ち止まると、獲物を見つけた獣の如く、嬉しそうに笑った。

「紅蓮よ。黄泉の影使いカケル」
「やはり、俺のことを知っていたのか」
「ひどいわね。その言い方じゃあ、私だけが一方的に知っているみたいじゃない」

 差し込む夕日の量が増えていて、ベッドや机の影が長くなる。

 真っ赤な日差しに黄色の髪。
 そして、手を上げると、彼女は言う。

「また明日…なんちゃって」
「まさかお前は、エリス!?」
 
 真っ赤な二つの目に、無邪気な笑顔を浮かべた少女は、俺の知っている姿そのままだった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

処理中です...