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第五章
レジェク殿下と思いがけない襲撃
しおりを挟むゆっくりと星空を眺めていたのだけど、なかなかヴィルが来ない。
何かあったのかしら?そう思って中庭のベンチに座りながらホールの入口の方をジッと見ていると、私に向かってレジェク殿下が歩いて来るのが見える。
あの人とは今は関わりたくないわ……咄嗟に目を逸らしたけれど、相手にはすぐに私だとバレて声をかけられてしまった。
「おや、こんなところにお一人ですか、オリビア嬢。あなたの王子様はどこへ行ったのやら……」
嫌な言い方。私の王子さまって…………否定しても面倒くさいけど、そのまま会話を続けても私の王子様って惚気てるみたいだし困った言い方ね。
「あなたに教える必要がありますか?ついでに私がここで寛いでいる理由も言う必要はないですわね」
扇を広げてニッコリ笑ってそう伝えると、歪んだ笑い方をしてきたので、少し身の危険を感じてしまう。さすがドルレアン国の王族と言うべきかしら……
「そのような余裕をどこまで持っていられるか…………試してみるのも悪くないかもしれません」
無言でどんどん近づいてくる…………どうするべき?立ち上がってもこの衣装では逃げ切れるとも思えない。大きな声を上げても不敬になるわ…………
色々考えている内にあっという間に私との距離を詰めたレジェク殿下は、私を真上から見下ろし、私の扇を払い退けてそのまま手首を摑まれた。
さすがに男の人の力には敵わない…………腕が全く動かない。
「このハミルトン王国の王宮でこのような事、許される事ではありませんわ。すぐにこの手を離し……」
「うるさい口だ…………」
冷たい表情で呟いたかと思うと、徐々に顔が近づいてくる――――
これは口を塞がれるパターン?!
この世界に来てファーストキスをこんな極悪な人相の人に奪われるなんて、冗談じゃない…………イザベルの家で教えてもらっていた護身術で……!
私は掴まれていた自身の手首を外側に捻った……すると相手の手首が緩んだのでそのまま掴んで、両手でレジェク殿下の背中までぐるんと捻る…………勢いに任せて両手でやってみたけど上手くいったわ!
「な、何をする…………っ!」
「か弱い女性に手をあげておきながら、何をするとは……っおかしな話ですわね。あなたのせいで手首が真っ赤ですわ。陛下に泣きつこうかしら」
「おのれ…………こちらが大人しくしていれば……」
どちらにしてもこの体勢は長くはもたない。早く誰かを呼びにいかなければ…………そう思って顔だけで後ろを向いた時――――中央庭園の鬱蒼と茂る壁際の木々たちの中から、誰かが飛び出してきた――――
「っ危ない!!」
私は咄嗟にレジェク殿下に体当たりするように一緒に避ける。茂みから飛び出してきた人物は、私たちがかわした為に目標物を失って転がっていた。
「っぐ…………おのれ……っ!」
「あ、あなた達は…………ヤコブ司祭とヴェットーリ司教?!」
「お前を殺す絶好の機会だったのに…………ヤコブ!お前のせいだぞ!」
ヴェットーリ司教は相変わらず人のせいにして、その場を逃れようとしていた。ヤコブ司祭は「ひぃっすみません!」とすっかり怯えている。ヤコブ司祭に人殺しが出来るとは思えないわね……
私は床に座っている状態でもレジェク殿下を後ろに守りながら、2人を興奮させないように冷静に問いかけた。
「こんな事までして……せっかく恩赦されたのにどうして命を大事に出来ないの?」
「うるさい…………お前と殿下のせいで私の教会での地位はなくなった……どうせ終わったも同然なら一緒に道連れにしてやる!」
ヴェットーリ司教は持っていたナイフのような刃物を私に振りかざして切りかかってきた――――さすがにこの体勢からは避けられずにぎゅうっと目を瞑ると――――
「オリビア!!」
「………………っうわぁ!」
ヴィルの声が聞こえたかと思うとヴェットーリ司教の悲鳴が聞こえてくる…………そっと目を開くとヴィルがヴェットーリ司教の攻撃を剣先で切りつけて交わし、私はレジェク殿下の背中に守られていた。
な、何事?
「衛兵!この者を捕らえろ!」
ヴィルがすぐに衛兵を呼びつけて2人を捕まえ、ヤコブ司祭とヴェットーリ司教は縄で縛られてしまう。騒ぎを聞きつけた者たちが沢山集まり、後ろから陛下と王妃殿下もやってきた。
「何事だ?」
「この2人がオリビアを害そうと襲ってきたので、彼女を守る為に剣を抜きました」
「ヤコブ司祭とヴェットーリ司教ではないか…………恩赦されたのにまたこのような事件を起こすとは、愚かな……」
王妃殿下が扇を広げ、皮肉たっぷりにそう告げると、2人は王妃殿下の足元に跪く。
「妃殿下!あなた様は大司教様のお味方だったはず!どうか教会の為にお力をお貸しくださいぃ!」
ヴェットーリ司教はまだ王妃殿下が教会の味方だと思っているのね。当の本人は冷たい目で見降ろしている。
「………………私がいつ教会の味方と宣言した?思い込むのは勝手だが、私の力をどう使うかは私が決める。お前たちは自分のした事の罪をしっかり償え」
「……そ、んな…………大司教様が悲しむと思わないのですか………………」
「フェオドラードは私がそういう人間だと、よく分かっているだろう……心配する事はない。2人を連れて行くのだ」
王妃殿下が扇をパチンッと閉じたのを合図に、2人は衛兵に連れて行かれた。やっぱり彼女は教会に心酔していたわけではなかったのね。
「あ、あの……レジェク殿下、ありがとうございます」
私を背にするように襲撃者から守ってくれたレジェク殿下にひとまずお礼を伝える。まさかあんな風にもみ合っていた相手が、教会の者から守ってくれているとは思わなかった。
「ふん…………女を痛めつけて守られているだけというのは、さすがに私の矜持が許さなかっただけです」
見た目ほど悪い人ではないのかな?確かに手首はズキズキと痛い……赤いわね。
「オリビア!」
ヴィルが駆け寄って私を立たせてくれる。そしてレジェク殿下から隠すように背中に追いやられてしまった。
「レジェク殿下、オリビアを守ってくださり感謝致します」
「…………どこかの誰かが遅いので私が動いたまでですよ。どこかで寝ていたのですか?」
「そんなわけではない、という事だけ伝えておきます」
な、なんだか仁義なき戦いが起きているような…………「まぁまぁ」とヴィルを宥めてみた。
「オ、オリビア、この手はどうしたんだ?!」
「あぁこれは…………」
しまった、ヴィルに見られてしまった…………そこにレジェク殿下がやってきて、私の赤くなった腕を取り、そこにキスをしていく。
「これは、私の印ですよ」
「レジェク!」
ヴィルが相当怒って追いかけていきそうな勢いだったのを全く気にする素振りもなく、レジェク殿下は手を振って颯爽と去っていってしまった。
私は怒り心頭のヴィルを止めるのに大変で、次第に自分が来るのが遅くなった事を悔やんでしょんぼりと落ち込み始めるので、宥めたり慰めたりと変に疲れたのだった。
そこへお父様もやってきてひとしきり私の心配をした後、現場の実況見分やらが始まり、せっかくのパーティーがもはやパーティーではなくなってしまった感じがする。
現場にいた私も色々と聞かれ、さすがに疲れてしまったので、その日はそそくさと我が家に帰る事にしたのだった。
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