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第二章

調査報告の時間

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 「ヴェットーリ司教という名前には聞き覚えはありませんが……なぜ司教が我が公爵家の領地に…………」
 「…………………………」


 殿下は押し黙ってしまった。それほどにまずい話が出たのかしら……ますます聞くのが怖くなる。


 「オリビアは司祭が勝手に税の徴収をしている話は知っているよね?」

 「はい……ここに来た時に市場に出て、領民と少し話をしました。パン屋の女性でしたが、教会が税を徴収していて年々重くなっていると。しかしお父様が教会への支援金を増やしたので領民は教会に税を納めなくていいとしたはずなのです。もちろん帳簿には毎年同じ額が教会には支払われていました。足りないわけはなくて……そのような事を領主に何の話もなく進めているというのはどういう事か、教会に行って司祭に聞こうかと思いましたが、まだ私の姿を見せない方が教会を泳がせる意味でもいいのではと思い、そのままに……」

 「……うん、その方がいいだろうな。オリビアが領地に来ている事は知っているようだ。しかし姿は見られていないから、動きやすい。すぐにそこまで判断出来るとは、素晴らしいな」


 殿下はそう言って微笑みながら私の頭をよしよししてくる…………中身はそんな年じゃないんですが……


 「司祭と司教はその話もしていた。そしていつかは分からないが、ここの教会はその司教が務める事になるという話も出て来た」

 「……え………………司教が?そんな話が本当に進んでいるのですか?お父様はその事を知って……」


 何かがおかしい。お父様は領地に行くと言った時にそんな話は全くしていなかったわ。ここに来てどんどん事態が動いているのにお父様が動く気配がないなんて……何か動けない理由があるのかしら…………


 「恐らく公爵にはその話は来ていないだろうな。もし公爵に話が来ていたら、まず許可は出さないだろうし、何らかの動きがあるはずだ」


 「ではこの話も教会が勝手に進めているのですか?!そんな事がまかり通るなんて…………」


 どうしてここまで強気に出られるのだろう。もしこんな事が明るみになれば公爵家を敵に回すという事になる。それでも何とかなるというくらいの後ろ盾があるという事?


 「…………もしくは王都から動けない理由が公爵にあるのかもしれない。その辺は、今の時点では確かめながら動く時間はなさそうなんだ」

 「なぜ時間がなさそうなのですか?」


 私が素朴な疑問を口にすると、ゼフが説明してくれた。


 「明日、港に寄港する船に子供を乗せていくという話をしていたんです。そこに司教も立ち会うような話をしていました。」

 「明日?それは随分急ね…………それに司教までもが人身売買に加担していたのね……残念だわ。聖職者でありながら、人を救う立場の者が人を売ってお金を得ているだなんて。そんな人が領地にでも来たらどうなるかは、想像しただけでも恐ろしい……今司教が領地にまで来ている、この機会を逃すのは惜しいわね……」

 「はい、現場を押さえれば領地の教会にやって来る事を阻止出来ます」


 それは、確かに…………捕まえるなら、とにかく現行犯逮捕じゃないとって事よね。そうでなければ、また犯人扱いしたって騒がれてしまいかねない。今回は人身売買だから、特に現場で押さえる事が重要だわ。

 
 「夕食の前に公爵には人身売買以外の税の徴収などは報告を飛ばしておいた。私からの書状があれば、さすがに教会側も慌てるだろうな……司祭に対して動かざるを得なくなる。ただ人身売買については証拠がない段階だ。いくら公爵と言えども教会に掛け合う事は危険だからね……教会が司祭に対して動く前にここで行われている人身売買を解決する事に集中したい。これを解決出来れば、教会にとっては大ダメージだ……きっと事態も動いていくはず」

 「………………そうですわね、それが最善かと思いますわ。お父様へ連絡してくださって感謝いたします……ヴィルからの書状があれば、お父様も動きやすいと思いますわ。その間にここで、その二人の罪を暴いてしまいましょう」


 夕食に遅れたのもお父様に連絡してくれていたからなのね……司教はお忍びで来ているのだろうし、お父様が掛け合えるのも領地での司祭の動きだけ…………人身売買はこちらで解決しなくては、真相がまた闇に葬られ……止めさせる事は困難になる。

 
 「司教という立場には司祭以上に権力が与えられている。今まで司祭だったから公にせず、こちらに分からないように税の徴収をしていたのだろうが、司教が来れば大々的に徴収し始めるだろう。公爵はそれを許さないだろうが……」

 「もしお父様に王都を離れられない理由があって…………いざこざを収める為に領地に下がらなければならない事態になると、王都の方の派閥の力関係が崩れてしまう恐れが…………まさかそこが狙い?」


 お父様は陛下の腹心だし、最大の王族派の人間が王都から領地に下がったとなれば、貴族派が勢いを増していってしまう。

 そっか、ただの恋愛小説かと思って読んでいたけど、その裏ではこうした権力争いが起きていたのね…………私腹を肥やす貴族派が力を増していけば貧富の差は今以上に開き、民は飢え、国力が下がっていく。内側から弱ってしまった国は、他国に侵略されやすい国になってしまうわ。


 「…………そこを狙われている感じもするな。力関係が崩れると、政治の腐敗を招く。今は微妙な力関係で国が保たれているんだ。その為に私と君の……結婚…………はとても大事な意味を持つのだが……」

 
 結婚という言葉に照れている殿下がいるようだけど、全力でスルーしましょう……確かにそう言われればそうなのだけど、その後聖女が召喚されて他国に侵略されずに済むのよね。でも殿下は聖女がやって来るだなんて知らないから、自身の手で最善を尽くしたいと思うのも無理はないかもしれない。

 それにお父様の力が弱まれば公爵家自体も危なくなるものね。殿下が言うように何かが公爵家の力を弱めようと動いているような、不気味な力を感じるわ……小説では私が色々やらかして処刑され、お家取り潰しの結末だった。まさか小説通りに公爵家が潰れるように補正されようとしているの?

 さすがに考え過ぎ?…………ともかく自分に出来る事をやらなければ。

 そしてオルビスやテレサたち、子供たちが住みやすい領地にしてあげたい。


 「……私の結婚はともかく、そのような輩に我が領地を好きにさせるのはいけませんわね」


 私が笑顔でそう言うと、殿下がとても残念そうな顔をしていた。私は見なかったフリをして殿下に笑顔を向け続けたのだった。

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