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第一章
王太子Side
しおりを挟むオリビアが領地に出発してから8日ほど経った。
ゼフからの知らせには驚くべき事がつらつらと書かれていて、何度領地に飛んで行こうと思ったかしれない。ゼフとのやり取りは主に伝書鳩を使ったものだが、王家の鳩は優秀で一時間足らずで正確に届く。
その日の出来事が淡々と書かれていたのだが、まず1日目に少女を拾ったというのだ。少女は5歳だと言う。物乞いをして殴られた少女を助けたと書いてあったところまで読んで、オリビアはとても優しい女性なのだと誇らしい気持ちになった。
しかし、問題はその後だ。その少女を領地まで連れて行く事になったと。素性の知れない者を連れて行くというだけでも心配だと言うのに物乞いを…………物乞いの中には仕事でやっている者もいる。
オリビアはそういった事とは無縁に育ったゆえに分からないのだろうな…………同情心や優しさは彼らをつけ入れさせる入口になる。そういう者を従わせるのは、優しさよりも力だ。財力や権力、肉体的な力、魔力……そういった力で支配しなければ、優しさを利用されて終わる。
善良な心を食い物にしている連中もいるのだ。
確かに本当に救いが必要な者もいるだろう。果たしてその少女がそうであったのか…………ゼフの手紙には特に害はなさそうだと、後に書いてあったから良かったものの。ゼフも同じような出自であるから、自分と重ねている部分もあるのだろうな。それにしても…………
「オリビアが全く寂しそうにしている内容が書かれていない」
私はつい口から不満が漏れてしまう。私と離れて領地にこもっている間、私のいる王都に帰りたいという素振りは全く感じられない。あんなにずっとそばにいたのに…………領地生活を満喫している様子が私をモヤモヤさせていた。
「王太子殿下、気持ち悪い事を言っていないで手を動かして下さいね」
そう言って私に山になった書類を持ってきたのは、私の側近である辺境伯令息のニコライ・ウィッドヴェンスキーだ。彼は心技体揃った非常に有能な人物で、私の幼馴染でもある。ちなみに彼が生徒会の副会長だ。
辺境伯というだけあってニコライの家は強大な軍を持ち、我が国の国境を守っている。辺境伯は国にとってとても重要な地位であり、味方にしておくに越したことはないと、幼い頃からニコライとは交流を深めるように父上に言われていた。
言われなくともニコライとはウマが合い、こうして今に至るまで私の側近としてそばにいてくれているのだが…………幼い頃から私のオリビアに対する拗れた気持ちを知っているのもあり、このような冷めた目で意見してくるのだ。
「私にはオリビア様が不憫でなりません」
「…………不憫とは?」
突然ニコライがそんな事を言ってくるので、相変わらず鼻にかけるような言い方に不愉快を隠さず聞いてみる。
「あのように健気に殿下の為、お妃教育に励み(態度が劣悪な)殿下のそばにいてくださったのに…………」
「付け足しはいらん」ニコライはいつもひと言多い。
「失礼。やっと殿下から解放されたと思ったら、今度は執着されてしまうなんて……ゼフが殿下の護衛とは夢にも思っていないでしょう。私はオリビア様にはここを離れて幸せになってもらいたいと思っているのですが、ね」
ここを離れて幸せに…………オリビアが王都から去り、私以外の男性と結婚し幸せに……なる……………………………………
「殿下、机が壊れますので落ち着いて下さい」
私は気付いたら机に拳を叩きつけてしまっていた。ニコライは呆れた顔で私に提案してくる。
「まったく…………そんなに大切なら会いに行けばいいんじゃないですか?その為に仕事を前倒しで進めていたんですけど」
「………………………………」
素っ頓狂な顔でニコライを見つめてしまった…………やはりそうだったか。通りで、仕事量が鬼のような量だなとは思っていた。なかなか終わらないからオリビアに会いに行けない焦燥感が募っていたのだが、ニコライはそのつもりで仕事を進めてくれていたのだな。
持つべきものは良い友というわけだ。
「すまない、恩に着る」
「王太子殿下がそんな簡単に謝るもんじゃないですよ。」
鼻持ちならない言い方だが、ニコライにそう言われてスッと気持ちが軽くなった。
「……そうだな、助かった。」
こういうところに何度も救われた。私にとって彼の代わりはいないだろう。オリビアとは違った意味で唯一無二の存在だ。
「さっそく用意して向かうとしよう」
「それはそうと、先ほど届いたゼフからの知らせで、オリビア様がお熱を出して寝込んでいるとの事です。急いだ方が良さそうですね~」
ニコライが何の気なしに重要な事を言ってくる。
「……な…………それを早く言え!すぐに向かう!!」
私はその辺の上着を羽織り、バタンッと扉を開き飛び出して行った。早馬で飛ばせば1日半ほどで着くだろう…………待っていてくれ、オリビア――――
バタバタと足音が遠ざかり、一人取り残されたニコライは「やれやれ」と散らばっている書類を拾っていた。
「オリビア様は微熱で少しだるい程度でゆっくりお過ごしのようですけど、あのくらい言わなければまごついていたでしょうし……世話の焼ける王太子殿下だ」
笑いながら独り言ちて、殿下の後始末に追われるニコライだった。
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