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第4章

2話 降雪と積雪の良し悪し

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 昼頃から降り始めた雪は、夕方に差しかかる頃には吹雪一歩手前の大降りとなり、明け方近くまで全く降り止まなかった。
 その結果――

「……うわあ……。物凄く積もりましたね……。見て下さい旦那様、玄関先に積もってる雪の高さ、私の腰近くまでありますよ……」

「そうだな……。この近辺でここまで雪が降り積もるのは珍しい事だ」

 玄関先で肩を並べ、周囲を埋め尽くす勢いでこんもりと積もった雪を見ながら、ニアージュとアドラシオンは嘆息混じりで話し合う。

 邸の敷地の中、屋根がない場所は一面の白に覆い尽くされ、目の前には、真っ白な雪の壁が出来上がっていた。その高さは先にニアージュが述べた通り、ニアージュの腰の高さ――おおよそ50センチに迫るほどだ。

「昨晩のうちにある程度、屋根の雪を下ろしておいてもらって本当によかった。邸のみなには大変な苦労を掛けてしまったが……」

「そうですね。使用人達のみならず、侍女や料理人達まで駆り出して、お邸総出の大仕事になってしまいましたからね。
 けど、侍女達も料理人達も、自分の本来の仕事ではないのに、文句も言わずによく働いてくれて……。もう感謝しかありません」

「ああ、全くだ。雪は積もると重量が出る。下手をすると、邸の一部が雪の重みで潰れていた可能性も大いにあった。そうならずに済んだのは、みなの献身的な働きがあったればこそだ。
 とは言え……俺がみなに対してできる事は、あまりないからな。せめて特別賞与でも出すとしようか」

「私もそれがいいと思います。労働には、それに見合った対価があってしかるべきですから。後は……みんなの食事のグレードを上げてみる、というのはどうでしょう?」

「成程、それはいいな。肉類を貯蔵している倉庫の中に、ステーキ用に購入した牛肉があったはずだ。あれでビーフシチューを作って、夕食時に振る舞うよう言っておこう」

「いいですね、それ! ステーキを邸の人達全員に振舞うには肉が足りないでしょうけど、シチューにすれば、みんなに余す所なく、たっぷり行き渡ります。
 それに、こんな風に寒い日には、やっぱりシチューが一番のご馳走です。そこに米粉パンやフライドポテトがつけば、より腹持ちがよくなって最強かと! 後は――」

「分かっているさ。雪かきのついでに、ワインを雪に埋めて冷やすんだろう?」

「はい! ――あ、でも、それは明日に回しましょうか……。きっとみんな、昨日の雪かきや雪下ろしで、疲れているでしょうし」

「……。確かに……。邸の者達に、連日肉体労働を強いる訳にはいかないな……。今日1日は、みなの仕事は邸の中だけに限定し、ゆっくり身体を休める時間を作れるようにしておこう」

「ええ。……そろそろお邸の中に戻りましょう。なんだか冷えてきました」

「ああ、すまない。気が付かずにこんな所で長々と。侍女に頼んで、食事の前に身体が温まる茶を出してもらおう」

 アドラシオンは、小さく身体を震わせるニアージュの背に手を回しつつ、玄関のドアを押し開ける。
 雪は止んだが、未だ空は厚い鉛色の雲に覆われており、太陽の姿を見る事は叶いそうにない。
 ニアージュもアドラシオンも、再び雪が降り出さない事を天に祈るばかりだった。



 それから2時間ほど後。
 使用人専用の食堂では、数名の侍女達がやや遅めの朝食を取っていた。
 しかし、それはいつもの事だ。

 侍女や使用人は、いつ何時においても主人を立て、食事や就寝などの支度も、主人を最優先とするのが常識である。彼女達の、食事などの時間が遅くなりがちなのはやむを得ない事であり、ある意味当然の事だと言えた。

 なお、夜明けと共に仕事を始める料理人や使用人、それに近い時刻に仕事をこなす、早番組と呼ばれる侍女は、例外的に主人より早く食事を取る事が許されているが、起き抜け直後から即座に、思うさま多量の食事を取れる剛の者は少ない。
 特に、力仕事がほとんどない侍女達は、その傾向が顕著だ。

 よって、ナッツや干し果など、およそ軽食とも呼べないものを摘む程度で腹の虫を一時的になだめ、朝早くの仕事に就く彼女らは、この時間帯に改めて食堂へ顔を出し、しっかりした食事を取る。

 ちなみに、ニアージュ専属の侍女の1人であり、ニアージュの朝の支度などを率先してこなす立場にあるアナもまた、早番組の中に含まれる侍女なので、当然今日も、他の早番組の侍女達と一緒に朝食を取っている。

そこに丁度、洗濯などを主な仕事にしている女性使用人達数名が、朝食の乗ったトレイを持ってやってきた。

「おはようございます。お隣いいですか?」

「ええ勿論。一緒に食べましょう」

 女性使用人の1人が発した問いかけに、アナの隣に座って食事しているニーネが快くうなづき、女性使用人達は口々に、「ありがとうございます」と明るく礼を述べながら席に着く。

 この邸においても、雇用されている侍女の多くは貴族令嬢なのだが、主人であるアドラシオンの気質の影響を受けてか、彼女達はアナのような平民出身の侍女や女性使用人に対しても、決して身分をひけらかす事なく接していた。
 無論の事、平民出身の侍女や女性使用人も、貴族令嬢の侍女達に対して、常にひとかどの敬意を払って接している。

 互いが互いの身分と立場を理解・尊重し、同じ主人を戴く者として力を合わせる事を是としている為、全員がそれ相応に親しく、結束も強い。
 だから、こうして当たり前のように食事の際に同席するし、世間話もするのだ。

「所で、皆さん知ってますか? 旦那様が奥様と相談して、昨日の私達の働きを労う為に、お夕飯を奮発する事にして下さったそうですよ!」

「そうなんです! なんと、ステーキに使うお肉を丸々シチューにして、お邸で働いてる人全員に振る舞って下さるって聞きました!」

「まあ! そうなのですか? 初耳ですわ」

「けれど、とても嬉しい事ですわね」

「ええ。私共に対して、いつもこうしてお心を砕いて下さって。ありがたい事ですわ」

「本当に。けれど、旦那様は奥様が当家にお出でになられてから、以前にも増してお心遣いが深くなられた気がします」

「あら、あなたもそう思われますか? 実は私もそうなんです」

「そうですわね。それに奥様ご自身も、本当にお優しくて聡明でいらして……」

「旦那様は、本当に良い方を娶られたと思いますわ」

「うふふ、そうでしょうそうでしょう! 奥様はとっても素敵な方でしょう! なにせ奥様は、ご結婚前から素敵な方でしたからね! お住まいが変わったって、素敵な方なのは変わらないんです!」

「ふふ。アナったら。でも実際、専属で奥様のお世話をしている、アナとニーネが羨ましいわ」

「そうね。奥様にお願いして、アナとお世話役を代わってもらおうかしら?」

「ええっ!? それはダメです! 奥様の一番の専属侍女は、私なんですからっ!」

「はいはい。分かっているわ、冗談よ」

 アナを含めた侍女達と女性使用人達は、仕事前のひと時に談笑する。
 いつも通り、穏やかな光景がそこにあった。

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