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王妃の裁き26

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 あの騒動から一か月が経過した。

 その間に片付いたものもあったし、そうでないものもある。

 ロバートと私は完全に離婚し他人となった。

 シシリーの流産事件の後、私は実家に戻った。以前と違いイザベラが噛みついてくる事もなく穏やかな時が過ごせた。

 その環境の中で私は婚姻解消届を書き上げ、フォロー司祭に立ち合って頂いた上でロバートにサインをさせた。

 婚姻解消理由は「夫側の不貞行為及び妻への重篤な侮辱行為」とはっきり記載した。

 教会に呼び出されたロバートはその文面を見て泣きそうな顔をしたけれどフォロー司祭から事実かと確認され黙って頷いた。

 私はそんな彼に「子供ではないのだからちゃんと口で返事をしなさい」と言った。

 心労で髪の色が抜け落ちてすっかり老人のようになってしまった元夫はけれど幼児のようにぐずぐすとしている。

 だから私が主体的に話すしかなかった。まあ昔から彼との会話は大体こうだった。母親と息子のようだとマリアにからかわれもしたものだ。


「グレイ伯爵様。貴方は私を追い出して愛人を妻にしようとした。そして跡継ぎを生せなかった私を女として失敗作だと責めた。全て事実ですね?」 

「……はい。そうです」

「けれど跡継ぎ問題で私に失望していたならもっと早く離縁を切り出せば宜しかったのでは?」

「そんな酷いことはできない……」

「「は?」」


 私とフォロー司祭から驚きの声が同時に上がる。

 何か今とても聞き捨てならない台詞を聞いたような気がする。

 殺人犯が「死ねとか殺すとか物騒な言葉を口に出すのはよくない」と大真面目に主張してきたレベルの矛盾が耳に飛び込んできた。


「いやロバート貴方私にもっと凄惨な事したわよね?!普通に離縁切り出すどころか階段から突き落としてか唾吐くレベルのことしたわよね!!」


 思わず冷静さをかなぐり捨ててロバートの襟首を締め上げる。ごめんなさいと涙ぐみながら言われても力を緩める気にはならなかった。

 教会に響き渡るような声で私は叫ぶ。


「謝るぐらいなら最初からやるなっていうのよ!!!!」

「ごっ、ごめんディアナ~」

「二度と私の名前を呼ぶな!!」


 完全に愛想が尽きた。貴方を愛した過去すら消してやりたい。そう言い捨てて私はロバートから手を放す。

 私の剣幕におろおろしていたフォロー司祭に騒がしくしたことを詫び、机から完成した婚姻解消届を取ると手渡す。

 彼は深呼吸をすると直ちに高位の聖職者の顔に戻り、それを受領した。これで宗教的にも離縁が成立した。 

 私は椅子にへたり込んでいる元夫を眺めた。外見こそ老人のようだが中身はその逆だ。退行している。

 愛人に騙されて別の男の父親にされかけ、それに怒った実の父の腕は飛ばされ、そして父から命がけで守ろうとした愛人は階段から自ら転落し流産した。

 一日に起こったそれらの出来事は数十年を穏当に暮らしていた彼の精神には大ダメージだったらしい。

 普通に会話していたと思ったら急に泣き出したり、単純な計算ができなくなったり、突然子供時代に戻ったりするらしい。

 そして何よりも大きいのは魔法が一切使えなくなったことだ。

 これも精神に強く衝撃を受けたせいらしいが、正直「そんなことで?」という気持ちしか起こらない。

 私がロバートたちの被害者でなければ同情できたかもしれないが、そうではないので呆れの感情しかわかない。

 フォロー司祭は「罰が下ったのでしょう」と仰っていた。

 ロバートは恐らく病人として隠遁させられる。義父も概ね似たようなことになるだろう。グレイ伯爵家は替わるのだ。

 自らの愚かさで大騒動を起こした彼はもう伯爵ではなくなるが、かといってシシリーと添い遂げることはできないだろう。

 彼らの血が続くことはない。


「ディ、ディアナ」 

「…何かしら」 

「ぼ、僕の母親は三十八歳で、僕を産んだんだ」

「だから?」

「だから、僕も、僕も、ずっとまっていたんだよ、ほんとうは」


 君との子供が欲しかった。そう言われて目の前が怒りで真っ赤になる。

 それに気づいたのかフォロー司祭が青い顔で私を止めに入る。けれどロバートはへらへらと笑っていた。

 他人の司祭が気付く私の感情を目の前の元夫は察しもしないのだ。
 
 そう考えると怒り狂うのも馬鹿らしくなってくる。

 先日ロバート家から送られてきた絵を思い出す。

 まるで幼い子供が描いたような稚拙な絵だった。

 まんなかに男の子が一人、左右に女の子が二人。全員笑っている。これはロバートが描いた絵だ。

 彼がここまで精神退行しているのだと私の同情を買うつもりだったのかもしれない。

 でも絵の意味を知っている私にとっては火に油を注ぐ以上の意味はなかった。

 下手な絵で更に全員が子供だから送った者は真意を汲み取れなかったのだろう。

 これは中央のロバートが私とシシリーを侍らせている構図だ。

 私を追い出して責められたから、私を味方につけたいだけなのだ。


「私を馬鹿にするのもいい加減にして」


 そうロバートに吐き捨てる。持参してきた絵を彼の目の前で真っ二つに破いた。

 悲し気な声を上げそれを拾おうとするロバートより先に拾い上げてまた破く。

 何度でも破いて、パズルのピースにすらできない程細かく千切り捨てて、そして私は彼に告げた。


「貴方の描いた絵のような未来は、本当はあったわ。きっとそうなったわ」

「ディアナ…」

「貴方が私を侮辱さえしなければ、シシリーの件で私に謝罪を真っ先にしていたなら、私は今頃彼女と仲良く暮らしていたわ」


 嘘だ。だが完全に偽りという訳ではない。

 シシリーが本当にロバートの子を孕んでいて、かつ妾という立場で満足するなら私は彼女に対し敵対することはなかっただろう。

 十代の頃なら許せなかったかもしれない。けれど今の私ならそういった関係を恐らくは受け入れていた。


「人を大切に愛するということは、その人の言いなりになるということではないの」


 どれだけ愛していてもその行動が間違っているならば止める。

 それができた青年のことを想い私は元夫に語った。


「貴方はシシリーの愛の為に私を傷つけたけれど、それが結果として全員を不幸にしたのよ」

「あ、ああ……うっ、ああああ!」


 ロバートの号泣が室内に響き渡る。

 けれど身勝手極まりないその涙に心を打たれる者は誰もいなかった。 


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