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第四章
第120話 新キャプテンはお洒落を許さない
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「沖田先生、おめでとうございまーす!」
水泳部の朝練。黒の競泳水着姿で学校のプールに出てきた沖田は、突然女子部員達に囲まれて祝われたのできょとんと眼を丸くしていた。
「先生彼氏できたんですよね!」
「えっ、ちょ、ちょっと待て。昨日できたばかりなので何で皆知ってる!?」
「デートの前にはぜひともうちの美容院をご贔屓に!」
ちゃっかり営業をする佐奈。
沖田に彼氏ができた話はリリムから佐奈へと連絡が入り、そこから水泳部員に広まっていった形である。
女子部員達が純粋に祝福している一方で、傍から見ていた男子部員達は微妙な空気。
「マジかー……沖田先生に彼氏……」
「やっぱ競泳水着着たままプレイしたりすんのかな」
「おいやめろよ」
男子から良からぬ妄想の材料にされていることは知りもせず、沖田は女子からの質問攻めに顔を赤くするばかりであった。
「お前ら! いい加減練習始めろ! ほら、幸村はこっちに目もくれず準備運動してるぞ!」
沖田が顔を向けた先では、黙々と脚を広げて柔軟をしている黒髪ショートの女子部員が一人。
沖田と同じFカップのクール美人である幸村暦は、奇遇にも沖田と同じく一回目の脱衣ゲームでは不成立となり二回目で彼氏ができた身だ。
彼女はこの夏、恋人の安西哲昌と共にインターハイに出場。大会後には彼から水泳部部長の座を引き継いだ。
夏休み終盤、大会を終えた各運動部は三年生の引退により、二年生中心での活動が始まっていた。
それは体育館でやっている女子バレー部も同じ。体育館から響いた怒号に、プールは一瞬静まり返り誰もがそちらに顔を向けた。
「桑原ァ! てめー先輩に向かって何だその態度は!!!」
怒鳴り声の主は女子バレー部新部長、本田浅葱である。
彼女は三白眼と飾り気なく乱雑に刈られたベリーショートヘアーが特徴的。女らしさ等という軟弱なものはかなぐり捨てて、スポーツに人生捧げてるタイプの女子の典型例である。なお余談であるが、学生時代の沖田先生もこういうタイプであった。
彼女の怒りは、とある一年生に対してのものである。
「この前も言いましたけど、先輩が何と言おうと私はこの格好やめる気ありませんから」
先輩を相手に全く怯むことなくすんと澄ました表情で強気に出ている彼女は、バレー部員の中では異彩を放つ容姿の桑原琴奈。殆どの部員が程度の差こそあれ髪を短くしているこの部の中で、下ろせば肩近くまで行くほど髪を伸ばしているのは彼女だけ。それを鮮やかな金色に染めて、後ろの高い位置に洒落た飾りの付いたゴムで結っている。耳には運動の邪魔にならない程度の小さなピアスを付け、バッチリ決めたメイクは汗で落ちないものを使用。爪は短く切り揃えてこそいるものの、鮮やかな色のマニキュアで自己主張は欠かさない。
一見するとバレー部員らしからぬ派手な子だが、好きなファッションを楽しむこととスポーツをする上での機能性の両立を目指して努力している節がそこかしこに見られる。だが彼女のそういうところが、浅葱は気に食わないのである。
「大体、霧島先輩だって髪染めてメイクしてたじゃないですか」
バレー部前部長の霧島司は、王子様系のイケメン女子。同じベリーショートでも浅葱とは違っていつも丁寧に手入れされた髪をクールにセットしていて、美しい容姿を保つための努力は常に欠かさない。お洒落とスポーツを両立できていた人の代表例として、名を挙げるに相応しい人物だ。
「てめーいつまで霧島先輩の代だと思ってんだ? 今のキャプテンは俺だ。俺がこの部を仕切ってんだよ。トップが変わればルールも変わるんだ。俺の代ではそういうチャラついた格好は許さねえ。ストイックにバレーに青春捧げる奴にはな、髪を伸ばすのも髪を染めるのも、化粧すんのも耳に穴開けるのも爪に色塗るのも必要ねーんだよ!!」
「くだらない。そんなのでバレーが上手くなると思ってるから先輩は上手くなれないんですよ」
「調子こいてんじゃねーよてめえ!」
怒りに声を荒げる浅葱であったが、その様子を眺める他の一年生達は冷めた様子で陰口を叩く。
「調子こいてんのはどっちだよってね」
「ほんっと横暴すぎ。昭和の軍隊かっての」
「パワーしか取り柄の無い脳筋の癖にねー。こないだの練習試合だって琴奈のトスがあったから勝てたのにさ」
三年生の引退以降、強権を振るう新キャプテンによりギスギスした空気が絶えなくなった女子バレー部。
それと体育館を半分に分けて使うのが、男子バスケ部である。
「ひでーよな女子の嫉妬は。桑原さんが可愛いからああやって虐めてるんだ」
「理不尽だよなー」
「つーかあの新キャプテン、あれはもう女子じゃねーよ。一人称俺だしさ」
そう言った途端、バレーボールがこちらに飛んで来た。
「聞こえてんぞバスケ部!」
浅葱の強烈なサーブを危うく喰らいかけたのは、一年生の田垣倫則。友達と二人で安全な場所から無責任に文句を言っていたつもりが、残念ながら当人に聞かれていたようである。
「ほらお前ら、サボって向こうばっか見てないでちゃんと練習しろ」
「は、はい!」
バスケ部の新キャプテン、大井泰之に注意され、二人は慌てて練習に戻った。泰之は浅葱に向けて一度頭を下げると自分も練習に戻る。
しかし一年生二人は、小さな声で陰口を続けるのであった。
「理不尽だよなー。自分から女捨ててんのに、女じゃないって言ったらキレるんだもんな」
そう言われている浅葱はといえば、やはりこちらも先程と変わらず。
「桑原、今から俺と勝負しろ! もし俺が勝ったらお前のその髪、坊主に刈ってこい! お前が勝ったらお前のその恰好を認めてやる!」
「ちょ、ちょっと浅葱!」
二年B組のバレー部員、倉掛里緒が浅葱を止めようと駆け寄るが、浅葱はじろりと睨みを利かせて里緒を威圧。再び琴奈と対峙した。
信念を曲げず凛とした表情でまっすぐこちらを見てくる琴奈に、浅葱は苛立ちを募らせる。
「何だ桑原、不服か?」
「私が負けた時と先輩が負けた時、失うものの差が大きすぎませんか?」
尤もな指摘だ。この条件であれば浅葱が負けても、精神的なあれこれはともかくとしても物質的に失うものは何も無い。
「ちょっ、琴奈ちゃんも何喧嘩買おうとしてんの!?」
「だったらこれでどうだ? 俺が負けたら俺のこの髪、つるっぱげにしてきてやんよ」
「浅葱あんた自分が何言ってるかわかってる!?」
この場で一番精神擦り減らされてるのは里緒である。霧島先輩戻ってきてと何度も心の中で念じるが、そんな都合の良いことは当然起こらない。どうにかしたければ自分でどうにかするしかないのだ。
「そうだ休憩! 休憩しよ! 二人とも一旦頭冷やしてさ!」
里緒が説得すると、とりあえず二人は納得。この場はどうにか収まった。不貞腐れた様子で去る浅葱を、バレー部員一同は不安げに見送る。
体育館の角で、里緒は彼氏の岡本清彦に今日の件について相談していた。
「……で、清彦はどう思う?」
「まあ俺も見てたけどさ、そんな勝負なんて絶対させちゃいけないよ。誰も得しない」
「だよねぇ……やっぱ副部長のあたしが、今後も調停役やるっきゃないかー……」
「俺もいつでも相談に乗るからさ、何でも遠慮なく申し付けてよ」
「うん、ありがと」
里緒にとって初めは全くタイプじゃない男として、嫌悪の対象だった清彦。脱衣ゲームをきっかけに付き合うようになって、今や信頼を置いて相談できる仲だ。
一方その頃、校内の自動販売機前。浅葱が肩に掛けたタオルで汗を拭いながらこちらにやってくると、先にここに来ていた泰之が自販機から取り出したスポーツドリンクを手渡してきた。
「どうぞ、俺からの奢り」
「何だよ、どういう風の吹き回しだ?」
「後輩が失礼なこと言ったことへのお詫びだと思ってくれれば」
「別に気にしてねーし」
変わらずむすっとしながらペットボトルの蓋を開ける浅葱の横で、泰之は自分の分のドリンクを買って隣で飲み始める。
「なあ本田、新キャプテンとして責任感感じてるのはわかるけどさ、あんま厳しくしすぎるのはどうかと思うぜ。部のローカルルール作るのは別に構わないけどさ、うちは校則緩くて髪型髪色アクセ化粧大体全部許されてるわけだし、それがバレー部員だけ駄目ってのはそりゃ反感買うだろ」
「……っせーな、お前には関係ねーだろ」
「いや、同じ体育館使ってて見たくもないケンカ見せられる側の身にもなれよ」
「……桑原はな、マジでバレー上手いんだよ。もっと努力すればもっと上に行ける逸材なんだ。あんなチャラついた格好するのに使う時間を練習に回すべきだし、髪だってもっと短くしてバレーをするために最適化した格好にするべきなんだよ」
「うーん……まあそりゃ物理的な話で言えば髪の毛無い方が向いてるってのは確かなんだろうけどさ。精神的な話で言えば好きな格好するってのも案外侮れないと思うぜ? ほら俺だってさ、髪型キマってる時はいつもよりパフォーマンス上がるような気がするし」
そう言う泰之の茶染めされてきっちりセットされた髪に、浅葱の目が向く。
「お前はそういう奴だよな。女受け意識したような格好で、モテるためにバスケやってるような奴。やってるスポーツもコロコロ変えて、どうせバスケも飽きたらすぐ別のに移るんだろ?」
「おいおい、人をちゃらんぽらんみたいに言うなよ。俺は俺で結構真剣なんだぜ? でなきゃ部長に選ばれたりなんかしないしな。」
泰之が決め顔で微笑むと、浅葱は空になったペットボトルで泰之の額を小突く。そうして何も言わずペットボトルをリサイクルボックスに捨て、振り返らずに行ってしまった。
浅葱と争っていた琴奈は、浅葱と同じ場所を避けるためにあえて体育館から遠い場所にある自販機に飲み物を買いに行っていた。
その後をこっそりとつけていくのは、バスケ部一年の田垣倫則。
(桑原さん本当可愛いなぁ……嫌な先輩に因縁つけられて困ってる桑原さんを俺が助けたら、フラグ立ったりして……)
妄想に花を咲かせる倫則。その時だった。彼の妄想を現実にせんとばかりに、それは起こったのだ。
学校の廊下にいたはずが、いつの間にか倫則と琴奈は砂浜にいた。波の音が響き渡る、青い空と青い海。突然起こった理解不能の事態に、二人は目を丸くした。
「おい、どうなってんだよこれは!」
と、そこで聞き慣れた声。そちらを向くと、琴奈と泰之もこの場にいた。
「大井先輩! 先輩もここに!?」
「田垣!?」
驚いた顔をする泰之だが、直後何かに気付いたように顔を俯かせ考え込んだ。
「何か心当たりあるのか大井!」
「いや、清彦から聞いたことあるんだ。あいつもこうやって気付いたら突然砂浜にいて……」
「おい見ろ!」
突然浅葱が海の方を指して叫ぶので、泰之は顔を上げる。そこには華麗に波に乗る銀髪美形のサーファーが。
ボードに乗って空を飛んでいるかのように波から大ジャンプをして砂浜に降り立ったその男は、着地と同時に背中から二枚の黒翼を出現させる。
「ようこそ愛天使領域へ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
「ボクはアシスタントのリリムちゃんでーす」
続いてどこからともなくひょっこりと現れたのは、セクシーすぎる貝殻ビキニを纏った褐色肌に赤髪ツインテールのロリっ娘である。
「これより皆さんには、ゲームをして頂きます。今回のゲームは……」
ルシファーがサーフボードを砂浜に突き刺すと、琴奈達四人の背後の砂浜が揺れる。四人が振り返ると、砂の中からゴゴゴと地響きを立てて出現したのはバレー部員には馴染み深いネットだ。
「見ての通りビーチバレーです。まあ、普通のビーチバレーにはない特別なルールもありますがね」
(特別なルール……やっぱりそうか)
泰之にはそれに察しがついていた。清彦の話では行なったゲームはスイカ割りであったが、そこを除けば様々な部分が合致している。
「このゲームは男女ペアで行い、四ポイント先取したペアが勝者となります。デュースはありません」
「四ポイント? 随分と短期決戦だな」
「そしてこのゲームでは、相手にポイントを取られたペアの女子は服を脱がなければなりません。脱ぐ部位はトップス、ボトムス、ブラジャー、ショーツの四ケ所。最初の一回目では上半身をブラジャー一枚になるまで脱がなければなりません」
「は!?」
驚愕のルールを提示され声を上げる浅葱だったが、隣の泰之は「やっぱり」と言わんばかりの表情。
(となると、こいつが脱がされるってことだよな……)
色気の欠片もない女捨ててる系女子の浅葱。記憶に新しい臨海学校の海水浴では、これまた色気の欠片もないラッシュガードとスパッツ状のボトムスで、ある意味安心感があった。
それだけに彼女が脱ぐという状況が、全く想像つかなかったのである。
「それでは今回の参加者をご紹介致しましょう。赤コーナー男子、二年A組バスケットボール部、大井泰之! 同じく女子、二年A組バレーボール部、本田浅葱Cカップ! 青コーナー男子、一年C組バスケットボール部、田垣倫則! 同じく女子、一年C組バレーボール部、桑原琴奈Dカップ! こちらのペアで、ゲームを行って頂きます!」
水泳部の朝練。黒の競泳水着姿で学校のプールに出てきた沖田は、突然女子部員達に囲まれて祝われたのできょとんと眼を丸くしていた。
「先生彼氏できたんですよね!」
「えっ、ちょ、ちょっと待て。昨日できたばかりなので何で皆知ってる!?」
「デートの前にはぜひともうちの美容院をご贔屓に!」
ちゃっかり営業をする佐奈。
沖田に彼氏ができた話はリリムから佐奈へと連絡が入り、そこから水泳部員に広まっていった形である。
女子部員達が純粋に祝福している一方で、傍から見ていた男子部員達は微妙な空気。
「マジかー……沖田先生に彼氏……」
「やっぱ競泳水着着たままプレイしたりすんのかな」
「おいやめろよ」
男子から良からぬ妄想の材料にされていることは知りもせず、沖田は女子からの質問攻めに顔を赤くするばかりであった。
「お前ら! いい加減練習始めろ! ほら、幸村はこっちに目もくれず準備運動してるぞ!」
沖田が顔を向けた先では、黙々と脚を広げて柔軟をしている黒髪ショートの女子部員が一人。
沖田と同じFカップのクール美人である幸村暦は、奇遇にも沖田と同じく一回目の脱衣ゲームでは不成立となり二回目で彼氏ができた身だ。
彼女はこの夏、恋人の安西哲昌と共にインターハイに出場。大会後には彼から水泳部部長の座を引き継いだ。
夏休み終盤、大会を終えた各運動部は三年生の引退により、二年生中心での活動が始まっていた。
それは体育館でやっている女子バレー部も同じ。体育館から響いた怒号に、プールは一瞬静まり返り誰もがそちらに顔を向けた。
「桑原ァ! てめー先輩に向かって何だその態度は!!!」
怒鳴り声の主は女子バレー部新部長、本田浅葱である。
彼女は三白眼と飾り気なく乱雑に刈られたベリーショートヘアーが特徴的。女らしさ等という軟弱なものはかなぐり捨てて、スポーツに人生捧げてるタイプの女子の典型例である。なお余談であるが、学生時代の沖田先生もこういうタイプであった。
彼女の怒りは、とある一年生に対してのものである。
「この前も言いましたけど、先輩が何と言おうと私はこの格好やめる気ありませんから」
先輩を相手に全く怯むことなくすんと澄ました表情で強気に出ている彼女は、バレー部員の中では異彩を放つ容姿の桑原琴奈。殆どの部員が程度の差こそあれ髪を短くしているこの部の中で、下ろせば肩近くまで行くほど髪を伸ばしているのは彼女だけ。それを鮮やかな金色に染めて、後ろの高い位置に洒落た飾りの付いたゴムで結っている。耳には運動の邪魔にならない程度の小さなピアスを付け、バッチリ決めたメイクは汗で落ちないものを使用。爪は短く切り揃えてこそいるものの、鮮やかな色のマニキュアで自己主張は欠かさない。
一見するとバレー部員らしからぬ派手な子だが、好きなファッションを楽しむこととスポーツをする上での機能性の両立を目指して努力している節がそこかしこに見られる。だが彼女のそういうところが、浅葱は気に食わないのである。
「大体、霧島先輩だって髪染めてメイクしてたじゃないですか」
バレー部前部長の霧島司は、王子様系のイケメン女子。同じベリーショートでも浅葱とは違っていつも丁寧に手入れされた髪をクールにセットしていて、美しい容姿を保つための努力は常に欠かさない。お洒落とスポーツを両立できていた人の代表例として、名を挙げるに相応しい人物だ。
「てめーいつまで霧島先輩の代だと思ってんだ? 今のキャプテンは俺だ。俺がこの部を仕切ってんだよ。トップが変わればルールも変わるんだ。俺の代ではそういうチャラついた格好は許さねえ。ストイックにバレーに青春捧げる奴にはな、髪を伸ばすのも髪を染めるのも、化粧すんのも耳に穴開けるのも爪に色塗るのも必要ねーんだよ!!」
「くだらない。そんなのでバレーが上手くなると思ってるから先輩は上手くなれないんですよ」
「調子こいてんじゃねーよてめえ!」
怒りに声を荒げる浅葱であったが、その様子を眺める他の一年生達は冷めた様子で陰口を叩く。
「調子こいてんのはどっちだよってね」
「ほんっと横暴すぎ。昭和の軍隊かっての」
「パワーしか取り柄の無い脳筋の癖にねー。こないだの練習試合だって琴奈のトスがあったから勝てたのにさ」
三年生の引退以降、強権を振るう新キャプテンによりギスギスした空気が絶えなくなった女子バレー部。
それと体育館を半分に分けて使うのが、男子バスケ部である。
「ひでーよな女子の嫉妬は。桑原さんが可愛いからああやって虐めてるんだ」
「理不尽だよなー」
「つーかあの新キャプテン、あれはもう女子じゃねーよ。一人称俺だしさ」
そう言った途端、バレーボールがこちらに飛んで来た。
「聞こえてんぞバスケ部!」
浅葱の強烈なサーブを危うく喰らいかけたのは、一年生の田垣倫則。友達と二人で安全な場所から無責任に文句を言っていたつもりが、残念ながら当人に聞かれていたようである。
「ほらお前ら、サボって向こうばっか見てないでちゃんと練習しろ」
「は、はい!」
バスケ部の新キャプテン、大井泰之に注意され、二人は慌てて練習に戻った。泰之は浅葱に向けて一度頭を下げると自分も練習に戻る。
しかし一年生二人は、小さな声で陰口を続けるのであった。
「理不尽だよなー。自分から女捨ててんのに、女じゃないって言ったらキレるんだもんな」
そう言われている浅葱はといえば、やはりこちらも先程と変わらず。
「桑原、今から俺と勝負しろ! もし俺が勝ったらお前のその髪、坊主に刈ってこい! お前が勝ったらお前のその恰好を認めてやる!」
「ちょ、ちょっと浅葱!」
二年B組のバレー部員、倉掛里緒が浅葱を止めようと駆け寄るが、浅葱はじろりと睨みを利かせて里緒を威圧。再び琴奈と対峙した。
信念を曲げず凛とした表情でまっすぐこちらを見てくる琴奈に、浅葱は苛立ちを募らせる。
「何だ桑原、不服か?」
「私が負けた時と先輩が負けた時、失うものの差が大きすぎませんか?」
尤もな指摘だ。この条件であれば浅葱が負けても、精神的なあれこれはともかくとしても物質的に失うものは何も無い。
「ちょっ、琴奈ちゃんも何喧嘩買おうとしてんの!?」
「だったらこれでどうだ? 俺が負けたら俺のこの髪、つるっぱげにしてきてやんよ」
「浅葱あんた自分が何言ってるかわかってる!?」
この場で一番精神擦り減らされてるのは里緒である。霧島先輩戻ってきてと何度も心の中で念じるが、そんな都合の良いことは当然起こらない。どうにかしたければ自分でどうにかするしかないのだ。
「そうだ休憩! 休憩しよ! 二人とも一旦頭冷やしてさ!」
里緒が説得すると、とりあえず二人は納得。この場はどうにか収まった。不貞腐れた様子で去る浅葱を、バレー部員一同は不安げに見送る。
体育館の角で、里緒は彼氏の岡本清彦に今日の件について相談していた。
「……で、清彦はどう思う?」
「まあ俺も見てたけどさ、そんな勝負なんて絶対させちゃいけないよ。誰も得しない」
「だよねぇ……やっぱ副部長のあたしが、今後も調停役やるっきゃないかー……」
「俺もいつでも相談に乗るからさ、何でも遠慮なく申し付けてよ」
「うん、ありがと」
里緒にとって初めは全くタイプじゃない男として、嫌悪の対象だった清彦。脱衣ゲームをきっかけに付き合うようになって、今や信頼を置いて相談できる仲だ。
一方その頃、校内の自動販売機前。浅葱が肩に掛けたタオルで汗を拭いながらこちらにやってくると、先にここに来ていた泰之が自販機から取り出したスポーツドリンクを手渡してきた。
「どうぞ、俺からの奢り」
「何だよ、どういう風の吹き回しだ?」
「後輩が失礼なこと言ったことへのお詫びだと思ってくれれば」
「別に気にしてねーし」
変わらずむすっとしながらペットボトルの蓋を開ける浅葱の横で、泰之は自分の分のドリンクを買って隣で飲み始める。
「なあ本田、新キャプテンとして責任感感じてるのはわかるけどさ、あんま厳しくしすぎるのはどうかと思うぜ。部のローカルルール作るのは別に構わないけどさ、うちは校則緩くて髪型髪色アクセ化粧大体全部許されてるわけだし、それがバレー部員だけ駄目ってのはそりゃ反感買うだろ」
「……っせーな、お前には関係ねーだろ」
「いや、同じ体育館使ってて見たくもないケンカ見せられる側の身にもなれよ」
「……桑原はな、マジでバレー上手いんだよ。もっと努力すればもっと上に行ける逸材なんだ。あんなチャラついた格好するのに使う時間を練習に回すべきだし、髪だってもっと短くしてバレーをするために最適化した格好にするべきなんだよ」
「うーん……まあそりゃ物理的な話で言えば髪の毛無い方が向いてるってのは確かなんだろうけどさ。精神的な話で言えば好きな格好するってのも案外侮れないと思うぜ? ほら俺だってさ、髪型キマってる時はいつもよりパフォーマンス上がるような気がするし」
そう言う泰之の茶染めされてきっちりセットされた髪に、浅葱の目が向く。
「お前はそういう奴だよな。女受け意識したような格好で、モテるためにバスケやってるような奴。やってるスポーツもコロコロ変えて、どうせバスケも飽きたらすぐ別のに移るんだろ?」
「おいおい、人をちゃらんぽらんみたいに言うなよ。俺は俺で結構真剣なんだぜ? でなきゃ部長に選ばれたりなんかしないしな。」
泰之が決め顔で微笑むと、浅葱は空になったペットボトルで泰之の額を小突く。そうして何も言わずペットボトルをリサイクルボックスに捨て、振り返らずに行ってしまった。
浅葱と争っていた琴奈は、浅葱と同じ場所を避けるためにあえて体育館から遠い場所にある自販機に飲み物を買いに行っていた。
その後をこっそりとつけていくのは、バスケ部一年の田垣倫則。
(桑原さん本当可愛いなぁ……嫌な先輩に因縁つけられて困ってる桑原さんを俺が助けたら、フラグ立ったりして……)
妄想に花を咲かせる倫則。その時だった。彼の妄想を現実にせんとばかりに、それは起こったのだ。
学校の廊下にいたはずが、いつの間にか倫則と琴奈は砂浜にいた。波の音が響き渡る、青い空と青い海。突然起こった理解不能の事態に、二人は目を丸くした。
「おい、どうなってんだよこれは!」
と、そこで聞き慣れた声。そちらを向くと、琴奈と泰之もこの場にいた。
「大井先輩! 先輩もここに!?」
「田垣!?」
驚いた顔をする泰之だが、直後何かに気付いたように顔を俯かせ考え込んだ。
「何か心当たりあるのか大井!」
「いや、清彦から聞いたことあるんだ。あいつもこうやって気付いたら突然砂浜にいて……」
「おい見ろ!」
突然浅葱が海の方を指して叫ぶので、泰之は顔を上げる。そこには華麗に波に乗る銀髪美形のサーファーが。
ボードに乗って空を飛んでいるかのように波から大ジャンプをして砂浜に降り立ったその男は、着地と同時に背中から二枚の黒翼を出現させる。
「ようこそ愛天使領域へ。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
「ボクはアシスタントのリリムちゃんでーす」
続いてどこからともなくひょっこりと現れたのは、セクシーすぎる貝殻ビキニを纏った褐色肌に赤髪ツインテールのロリっ娘である。
「これより皆さんには、ゲームをして頂きます。今回のゲームは……」
ルシファーがサーフボードを砂浜に突き刺すと、琴奈達四人の背後の砂浜が揺れる。四人が振り返ると、砂の中からゴゴゴと地響きを立てて出現したのはバレー部員には馴染み深いネットだ。
「見ての通りビーチバレーです。まあ、普通のビーチバレーにはない特別なルールもありますがね」
(特別なルール……やっぱりそうか)
泰之にはそれに察しがついていた。清彦の話では行なったゲームはスイカ割りであったが、そこを除けば様々な部分が合致している。
「このゲームは男女ペアで行い、四ポイント先取したペアが勝者となります。デュースはありません」
「四ポイント? 随分と短期決戦だな」
「そしてこのゲームでは、相手にポイントを取られたペアの女子は服を脱がなければなりません。脱ぐ部位はトップス、ボトムス、ブラジャー、ショーツの四ケ所。最初の一回目では上半身をブラジャー一枚になるまで脱がなければなりません」
「は!?」
驚愕のルールを提示され声を上げる浅葱だったが、隣の泰之は「やっぱり」と言わんばかりの表情。
(となると、こいつが脱がされるってことだよな……)
色気の欠片もない女捨ててる系女子の浅葱。記憶に新しい臨海学校の海水浴では、これまた色気の欠片もないラッシュガードとスパッツ状のボトムスで、ある意味安心感があった。
それだけに彼女が脱ぐという状況が、全く想像つかなかったのである。
「それでは今回の参加者をご紹介致しましょう。赤コーナー男子、二年A組バスケットボール部、大井泰之! 同じく女子、二年A組バレーボール部、本田浅葱Cカップ! 青コーナー男子、一年C組バスケットボール部、田垣倫則! 同じく女子、一年C組バレーボール部、桑原琴奈Dカップ! こちらのペアで、ゲームを行って頂きます!」
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