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二日目

大杉神社(お堀1)

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 陽向と月琉は大ばっちゃの家を後にする。ばっちゃは大じっちゃに軽トラで家まで送ってもらうようだ。

 陽向と月琉の二人も荷台に乗せて送ってやろうかと言われたが、二人は断った。たった少しの距離で誰も見てないとはいえ、厳密には道交法違反になるので月琉の気が進まなかったのだ。身内同士の少額の賭けすら断る月琉のことだから、その判断は尤もである。

 陽向の方はというと、せっかく好意で言ってくれてるんだし、と少し乗り気であった。軽トラの荷台に乗って移動するなどここでしかできない体験で興味があったのだが、月琉が乗らないならばと一緒に断ることにしたようだ。

「さて、せっかくここまで出向いたんだ。四年ぶりに大杉を見に行こうぜ」
「えー、本当に行くの?」
「嫌なら陽向だけ帰れよ。帰り道くらい覚えてるだろ? ここら辺の地理なんて昔から変わってないから、迷わないだろ?」
「うーん……そうだけどぉ」

 昨晩の変な夢のせいで、陽向はあんまり神社に行きたい気がしなかった。バスの運転手が言っていた怪談の一部が事実だったということも、それに拍車をかけた。

 鶏の話が事実だったとすると、神社のお堀のカエルやザリガニが大量に死んだという話も事実かもしれないし、女の子が首を吊ったという話も事実かもしれない。そんな曰くつきの場所にわざわざ出向きたくはなかった。

 独りで帰れと言われて帰ろうかとも思った陽向だが、独りで帰るのはなんだか怖い。今は日中で夜と違ってそこまで怖くないが、それでも独りで帰るのは怖くて嫌だった。

 ここは過疎集落だ。大ばっちゃの家から離れた途端、人の気配がとんと感じられなくなった。

 今は夕方前の一番暑い時間帯であり、その影響もあるのだろう。誰も畑仕事に出ておらず、人っ子一人として見当たらない。人が耕した畑や田んぼが沢山あるというのに、立っているのはカカシばかりで、生きた人間がいない。昼間だというのに、なんとも不気味な光景が広がっていた。

「アタシも行く」
「そうかじゃあ一緒に行こうか」

 とても独りでは帰れないと思った陽向は、嫌々だが月琉に付いて行くことにした。

 この弟はさっきの鶏の話を聞いたからには、他の事件についても調べようとするに違いない。面倒なことになりませんようにと祈りながら、陽向は月琉と一緒に大杉神社に向かった。

「あ、結構人いるのね」
「そりゃそうだ。祭りがあるからな」

 陽向はすっかり失念していたのだが、明日の夜にはお盆祭りがある。だから神社周辺にはその作業をする人々が少なからずいた。

 神社近くの小道には赤い提灯まで飾られており、華やかな雰囲気となっていた。入口では可愛い狐の石像がお出迎えまでしてくれる。

 これなら全く怖くない。陽向ほっと胸を撫で下ろした。

「とりあえずお参りしよう」
「ええ」

 二人はまず手水場で身を清め、本殿で参拝した。

 それから本殿裏にある大杉に向かおうとしたのだが、その前にお堀を見に行こうということになった。月琉がカエルとザリガニの大量死事件の現場を確認したいと言い出したのだ。周囲に人がいて今は怖い思いをしていない陽向も、二つ返事でついていくことにした。

「懐かしいな。昔、ここらへんでも遊んだことあったよな」
「ええそうね」

 二人は本殿から北に進み、神社境内北区画にあるお堀にやって来た。 

 なんでこんな所にお堀があるかと言うと、元々はこの北区画に本殿があったそうで、その本殿を取り囲むようにお堀が設置されていたらしい。諸般の事情で移転する際、お堀だけはそのまま残したのだとか。それで現在の本殿から離れた場所にお堀だけがぽつんと残されているわけである。

 境内の端にあるお堀。人気がまるでない。祭りの中心地から外れているので、ここまで出張ってくる人は限られるようだ。神主さんらしき人が一人、近くで草取りしているだけである。

「うーん、ジャパニーズサイトシーングって感じだね」
「何よそれ。それより何か昔よりも綺麗に感じるけど、怖い気がするわ」
「そう? 変わってねえと思うけどな。怖いって何だよ?」
「わかんないけど怖い気がすんのよ」

 静かなお堀はなんとも神秘的であったが、同時に怖い気もした。この水の中によからぬものでも住んでいないだろうか。あるいは死体でも沈められてはいないだろうか。

 陽向は思わずそんな妄想をしてしまう。

「カエル、いっぱいいるじゃん。他の生き物もさ。確認できないけどザリガニもいるだろきっと」

 お堀を覗くことに恐怖を抱いた陽向とは違い、月琉は冷静に堀の中を覗き込んでそう指摘した。

「え、嘘、あら本当ね」

 月琉に言われて陽向も恐る恐る覗き込む。蛙大量死事件の現場だと思って来てみたら、そんな面影はまるでなかった。大勢の蛙たちがゲコゲコと鳴いていた。

「すみませーん」

 月琉は少し離れたところの草むらで除草作業をしていた人の良さそうな見た目の神主さんを見つけると、話を聞き始めた。

 月琉は自分の興味の対象に関しては、とてつもない積極性を発揮するようだ。

「何年か前に、ここで蛙やザリガニがいっぱい死んだって聞いたんですけど本当ですか?」

 そう言う月琉に、神主は苦い顔をする。

「あぁその話ね。申し訳ないことしたと思っているよ」

 神主さんは額の汗を拭うと、それから徐に口を開いてくれた。

「三年前の夏、出しっぱなしにしていた除草剤のタンクが倒れちゃってね。それで大量の薬がお堀に流れちゃったんだよ。それだけの話さ」

 神主曰く、お堀の生き物が全滅した原因は呪いでも何でもない。ただ単に薬剤が誤って流れ込んだだけのことらしい。

「タンクが倒れた原因は?」
「さあ、風か獣かわからないよ。誰かの悪戯じゃないといいんだけどね。でもそんな悪戯するような人はこの集落にはいないと思うからね。たぶん獣かなんかだよ」

 神主は人の仕業であることは否定しないものの、誰かを疑いたくないのか、自然現象によるものだと結論づけたようだ。それで警察にも届け出なかったらしい。

「そうですか。それはそうと、全滅したのに、今は蛙がいっぱいいますね」
「ああ自然の回復力とは素晴らしいものでね。去年辺りにはもう元に戻ってたよ」

 一度は全滅したお堀の水生生物だが、事件から二年も経った去年には、もう生物相が回復していたようだ。近くの草むらや小川などから流入してきた生き物が繁殖したらしい。

「では女の子が大杉の木の近くで自殺したっていうのは……」
「っ!?」

 女の子の話になると、神主は露骨に顔を歪めて反応した。何故そんなことを聞くのかやめろ聞くな、とでも言いたげな表情だった。

 温厚な見た目の神主だけに、その表情のギャップがとても強く印象に残る。

「そういうこと、あまり聞くもんじゃないよ」

 話すことを拒む神主。それでも諦めずに月琉は話を聞いていくが、邪険にされるだけであった。

「もういいかね。私も忙しいんだ」

 首を吊ったという女の子に関しては、神主は何も話してくれなかった。話を一方的に打ち切ると、月琉を無視して除草作業を黙々と始めるようになった。

 これ以上は何を聞いても話してくれないだろう。二人は神主から離れた。

「月琉、神主さんの態度おかしくなかった?」
「ああ。あれは何か話したくないことを隠しているんだろうな。反応から見ると、女の子が死んだのは事実のようだな」
「うそ、それも本当なの?」
「ああ間違いないだろ。喋りたくない理由はよくわからないが。まあネガティブな話だし、神社や集落の風評にも関わるから話したくないのもわかるかな」

 月琉は神主の態度の豹変に理解を示す。尤もな見解だ。

「さて、それじゃ最後に大杉を見に行くか。ついでに女の子が首を吊ったというところも探してみようか」
「ちょっと、やめなさいよ!」
「ここまで来たんだ。調べるだけ調べてみようぜ。陽向だって気になるだろ? 調べれば怪談の真相がわかって怖くなくなるかもじゃん」
「まあそうだけどさ……」

 そう言われると、陽向も納得するところがなくはない。

 事実、陽向は蛙とザリガニの大量死の原因を知って、話を聞いた当初より怖く感じなくなっていた。原因がわからないと怖いが、原因がわかればそれほど怖くはない。事件か事故かわからないが、農薬によるものだとわかればどうということはない。

 鶏の首がもげたのだって、大じっちゃの言うように獣の仕業だと聞けば、納得できて安心できた。大ばっちゃの見た幽霊というのも、認知症による幻覚だと言われれば納得できて安心できた。

 お堀の除草剤流入がもし誰かの悪戯だとしたら、それはそれで怖い気もする。ただそれはあくまで可能性の一つにすぎない。強風の可能性もあるし、獣の可能性もある。参拝客か誰かが間違って蹴飛ばしてしまって言い出し辛くてそのまま、という可能性もある。

 いずれにしろ、わけのわからぬ大杉の呪いのせいで蛙やザリガニが謎の死を遂げたと言われるより遥かにマシで、安心できた。

「さあ行こうぜ」
「うん」

 月琉なら怪談話の裏にある真相を突き止めるに違いない。そうすれば、怖いことなど何もなくなるかもしれない。普段馬鹿なことばかりやっている弟だが、こういう時は頼りになる。

 そう思った陽向は、月琉の後を追うようについていき、大杉の元に向かったのであった。
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