ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫

文字の大きさ
上 下
21 / 46
二日目

大杉神社(大杉様1)

しおりを挟む
 お堀エリアを後にした陽向と月琉は、今度は本殿裏手に回る。そこにある大杉の御神木を拝もうとやって来た。

「相変わらず大きいわね」
「だな。昔じっちゃとも来たな」

 四年前と変わらぬ威容を誇る大きな杉の木を見て、二人は感嘆の溜息を漏らす。だがすぐに違和感に気づいた。

「あれ、でも昔よりもなんだか凄くないような……」
「確かにな。なんかしょぼい気がするな。俺たちの背が伸びたからってわけじゃなさそうだけど……思い出補正ってわけでもないような……」

 二人の身長が数十センチも伸びたからといって、大きな杉の木からすれば些細な差である。だから大きさに対する感覚は、昔とさほど変わっていないはずである。

 だが二人には、この大杉が昔よりも凄くないように感じられたのであった。昔の思い出だから良いように覚えていた、というわけではないように思える。

「あ、何か注意書きみたいなの立ってるよ」

 どこか違和感のある大杉をまじまじと見つめる二人だったが、やがて陽向が設置されていた看板に気づいた。二人はその看板に近寄っていく。

「この木、虫食いの被害にあってるんですって」
「そうか。それで木が弱っているのか」

 看板には「虫食い対処中」と書かれていた。木が弱っているので触らないで欲しいとも書かれていた。

 大杉は虫食いの被害にあって弱り、枝葉が枯れたりしている。木の大きさ自体は変わらないものの、枝葉の広がりが少ないから、それで昔よりも凄くないように感じられたのだ。二人の感じた違和感の正体はこれだった。

「そう言えばバスの運転手も大杉が虫食い被害に遭ってるとか言ってたな」
「そんなこと言ってたっけ?」
「言ってたぞ。覚えてないのかよ陽向」
「細かい話なんて一々覚えてないわよ。覚えてる方がおかしいの」
「開き直るなよ」

 大杉の前でも毎度のごとく漫才を繰り広げる二人。その後は虫食いとやらを確かめるべく、さらに大杉に近づいていく。

「穴ボコだらけねぇ」
「ああ結構やられてるな」

 近づいてよく見れば、太い幹の外側の部分には、いくつも穴が開いていた。その無数の穴から、のそりと這い出てくるものがある。

「ひっ、虫! ゴキブリ!?」

 黒光りするゴキブリのような虫を見て、陽向は堪らず悲鳴のような声を上げた。

 対する月琉は冷静で、木に触れないようにして虫をひょいと捕まえる。そして眼鏡をずらしながら物珍しげに観察する。

「これゴキブリじゃないよ。ヒメスギカミキリっていう、カミキリ虫の一種だな。その名の通りスギとかの枯れ木に寄生するんだっけか。ああそれでこの杉に寄生しているのか」

 月琉は理知的なその瞳を輝かせて言う。

「虫の種類なんてどうでもいいけどさ。それよりアンタ、よく素手で掴めるわね……」
「陽向だって昔はよく素手で捕まえてただろ。俺より虫好きだったじゃんか。バッタとかコオロギとかさ、がしがし素手で捕まえてただろ。勢い余って潰してたりしてたじゃん」
「そうだけど……今は絶対無理。キモい」
「身近な虫好き仲間を失って俺は寂しいぜ」
「人間、成長するもんなのよ。いつまでも月琉みたいにガキじゃないの」
「そこは少年の心を忘れないと言って欲しいね」

 昔の陽向は、月琉以上に虫が大好きだった。女の子だというのに月琉以上にやんちゃで好奇心旺盛で、そこら中の藪の中に入っては、虫取りを楽しんでいた。

 けれども、四年という月日は人を大きく変えるようだ。この四年の間で、陽向はすっかり虫嫌いになっていた。

 対する月琉は、四年の間に学術的興味が増した分、虫への興味も強くなっていた。陽向が失った分の虫への情熱や好奇心を、全部そのまま月琉が吸収していったかのようである。

「普通、倒木に寄生するんだよこの虫。この虫に食われ始めてるってことは、この大杉もだいぶ弱ってるな。ひょっとしたら近い内に駄目になっちゃうかもな」
「そっか。じっちゃ、昔言ってたよね。この大杉にもいつか寿命がくるって」
「ああ。そのいつかは意外と早かったのかもしれないな」

 弱々しい見た目となってしまった大杉を見て、二人は寂しげに呟く。こんな大きな木も最後はこんな小さな虫に食われてしまうのかと思うとなんだか切なかった。

 生きとし生けるもの、いつかは寿命がやってくる。その無常さに感じ入ると、神社という場所柄もあって、なんだかしんみりとした空気が流れる。

 二人には境内のセミの声がやけに大きく感じられた。

「さて。四年ぶりに大杉も見たし、今度は女の子が自殺したって場所を探してみようぜ」
「ちょっと月琉、本当に調べるの?」
「当たり前だろ。鶏の事件もお堀の事件も事実だったんだ。さっきの神主さんの態度を見ても、女の子の自殺も事実っぽいし、気になるじゃんか」
「呪われたらどうすんのよ?」
「呪いなんてないって。世の中にあるもの、全ては科学的な説明がつくはずさ」
「でもぉ……」

 大杉集落で続発しているとされる怪事件。どうやら根も葉もない話というわけではないらしい。

 月琉は俄然興味を引かれ、本格的に調べたい様子だ。対する陽向は二の足を踏んでいる。

「それにバスの運転手が言ってたことも気になるよ。警察発表では自殺ってことになってるらしいけど、集落の中には殺されたんじゃないかって言ってる人もいるわけだろ? もし自殺じゃないとするならば、そのまま犯人を放置した方が呪われそうだぞ。オカルトなんてものが存在するならな」
「まあ確かにそうだけどさ……」

 真実を確かめることは亡き女の子の御霊に報いることにもなる。月琉の言葉に、陽向も頷くところがあったので渋々同意することになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

未明の駅

ゆずさくら
ホラー
Webサイトに記事をアップしている俺は、趣味の小説ばかり書いて仕事が進んでいなかった。サイト主催者から炊きつけられ、ネットで見つけたネタを記事する為、夜中の地下鉄の取材を始めるのだが、そこで思わぬトラブルが発生して、地下の闇を彷徨うことになってしまう。俺は闇の中、先に見えてきた謎のホームへと向かうのだが……

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

The Last Night

泉 沙羅
ホラー
モントリオールの夜に生きる孤独な少女と、美しい吸血鬼の物語。 15歳の少女・サマンサは、家庭にも学校にも居場所を持てず、ただひとり孤独を抱えて生きていた。 そんな彼女が出会ったのは、金髪碧眼の美少年・ネル。 彼はどこか時代錯誤な振る舞いをしながらも、サマンサに優しく接し、二人は次第に心を通わせていく。 交換日記を交わしながら、ネルはサマンサの苦しみを知り、サマンサはネルの秘密に気づいていく。 しかし、ネルには決して覆せない宿命があった。 吸血鬼は、恋をすると、その者の血でしか生きられなくなる――。 この恋は、救いか、それとも破滅か。 美しくも切ない、吸血鬼と少女のラブストーリー。 ※以前"Let Me In"として公開した作品を大幅リニューアルしたものです。 ※「吸血鬼は恋をするとその者の血液でしか生きられなくなる」という設定はX(旧Twitter)アカウント、「創作のネタ提供(雑学多め)さん@sousakubott」からお借りしました。 ※AI(chatgpt)アシストあり

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

実体験したオカルト話する

鳳月 眠人
ホラー
夏なのでちょっとしたオカルト話。 どれも、脚色なしの実話です。 ※期間限定再公開

扉の向こうは黒い影

小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。 夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。

処理中です...