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サマーが居なくなった翌週の金曜日に、青井くんという綺麗な男の子が転校してきた。
それは十二月初旬の出来事だった。
季節外れの転校生にクラス全体がどよめく。指定の地味な紺色のブレザーをカタログモデルのようにぴしりと着こなすスタイルと、彼が醸し出すアンニュイで少し儚げな雰囲気はクラス全員の目を惹きつけた。名は青井と言ったが、彼は青い髪でもなければ青い瞳でもない。そんな青井くんに、サマーの面影を感じてしまったのはまだサマーを失った心の傷が癒えていなかったからかもしれない。
「青井です。よろしくお願いします」
心地の良い低く優しい声に、クラスの女子数名がぽうっと顔を赤らめた。
青井くんと初めて話したのはその日の放課後だった。新しくクラスの一員として迎えたゴールデンコメットの「エマちゃん」に餌をあげている時、背後にすらっとした人影が現れた。
「ゴールデンコメット?」
誰も居ないはずの教室に突如響いた声。私は思わず「わあっ!」と可愛げもない声をあげてしまう。
振り向いた先には転校生の青井くんが立っていた。癖一つないさらさらの黒髪にすっきりとした目元。私より頭二つ分は大きい青井くんに見下ろされ、緊張で鼓動が速くなった。
「葵さん、だよね」
初日に下の名前で呼ばれるとは思っておらず、目を瞬かせる。
「……驚いた。すごい記憶力だね」
「同じあおいだから」
そう言うと、青井くんは照れ臭そうに笑った。クールな印象を覆すようなその柔らかい笑顔に、私の胸の高鳴りは先ほどよりも淡く色付き、そしてゆっくりと優しく波打った。
「それより、ゴールデンコメットでしょ?その魚」
「う、うん。青井くん詳しいんだね。エマちゃんっていうの」
青井くんはエマちゃん、と復唱すると腰を折り曲げ、水槽の中のエマちゃんに「初めまして。青井です」と声をかけた。その姿がなんともシュールで、思わず吹き出してしまう。
「もしかして青井くんって天然?」
「挨拶は常識だろ」
青井くんは恥ずかしそうに唇を尖らせる。それから水槽の中をじいっと見渡すと、驚いたように私を見た。
「すごい。めちゃくちゃ手入れが行き届いてる。これ全部一人でやってるの?」
「あ、うん。私魚好きだから」
ちょうど今から水槽の掃除だと告げると青井くんはブレザーを脱ぎ、シャツの袖を肘まで捲った。
「青井くん?」
「手伝うよ。女の子一人じゃ大変でしょ」
蛇口から出る水は氷のように冷たかった。それでも青井くんは文句一つ言うどころか持っていた小さなカイロを私に手渡し、一人で重たい水槽を洗い流してくれた。寒さで赤く色付く青井くんの指先を見て、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「寒いよね。ごめんね転校初日にこんなことさせて……」
すると青井くんは私を見て目をほそめた。
「好きなんだ」
「え?」
「魚」
カッと顔に熱が集中していくのが分かる。好きだと言われ、思わず期待を含んだ声をもらしてしまった。勘違い女だと思われないよう、私はすぐさま「そっかそっか」とおざなりな返事をする。
青井くんは一度蛇口の水を止めると、ずり下がった袖をもう片方の手で捲ろうとした。しかしもう片方の手も濡れているため、なかなか思い通りにいかないみたいだった。
「ごめん、袖捲ってくれる?」
自分で捲るのを諦めた青井くんは、申し訳なさそうに私を見つめた。私は内心「えぇ!?」と戸惑いながらも、平然を装いながら青井くんの袖にそっと手を伸ばす。
「どれくらい、捲ったらいい?」
「肘のちょっと上くらいでいいよ」
男の子の太い腕に触れるのは初めてだった。
緊張でまごつく両手を、青井くんは目尻を下げながら見つめていた。バクバクとうるさく鳴る心臓の音に、もしかしたら気付かれていたかもしれない。
「ありがとう」
私の目を覗き込むように青井くんが笑う。
「こ、こちらこそ! 水槽洗ってくれてありがとう」
「いえいえ。よし、こんなもんかな」
青井くんはぴかぴかに水槽を磨き上げると、ふう、と一息ついた。窓の隙間から入り込んできた冬の風に肌が粟立ち、二人で身震いする。
「さむ」
「あっ、ごめんカイロ返すね」
カーディガンの中にあるカイロを取り出そうとあわててポケットに手を突っ込む。
「はい、カイロ」
「ん」
すると青井くんは私の手首を掴み、そのまま自分の頬にカイロを持って行った。私の手が青井くんの冷たい頬に触れる。
「あったかい。葵さんの手も」
カイロの熱と青井くんの温かい笑顔で、手のひらにじんわりと汗がにじむ。
今日が初めましての日だというのに、加速していくこの胸のときめきはなんだろう。奥底にある蕾状態の恋心を見透かしたような青井くんの瞳に、私の心臓はまたうるさく音を立てた。
それは十二月初旬の出来事だった。
季節外れの転校生にクラス全体がどよめく。指定の地味な紺色のブレザーをカタログモデルのようにぴしりと着こなすスタイルと、彼が醸し出すアンニュイで少し儚げな雰囲気はクラス全員の目を惹きつけた。名は青井と言ったが、彼は青い髪でもなければ青い瞳でもない。そんな青井くんに、サマーの面影を感じてしまったのはまだサマーを失った心の傷が癒えていなかったからかもしれない。
「青井です。よろしくお願いします」
心地の良い低く優しい声に、クラスの女子数名がぽうっと顔を赤らめた。
青井くんと初めて話したのはその日の放課後だった。新しくクラスの一員として迎えたゴールデンコメットの「エマちゃん」に餌をあげている時、背後にすらっとした人影が現れた。
「ゴールデンコメット?」
誰も居ないはずの教室に突如響いた声。私は思わず「わあっ!」と可愛げもない声をあげてしまう。
振り向いた先には転校生の青井くんが立っていた。癖一つないさらさらの黒髪にすっきりとした目元。私より頭二つ分は大きい青井くんに見下ろされ、緊張で鼓動が速くなった。
「葵さん、だよね」
初日に下の名前で呼ばれるとは思っておらず、目を瞬かせる。
「……驚いた。すごい記憶力だね」
「同じあおいだから」
そう言うと、青井くんは照れ臭そうに笑った。クールな印象を覆すようなその柔らかい笑顔に、私の胸の高鳴りは先ほどよりも淡く色付き、そしてゆっくりと優しく波打った。
「それより、ゴールデンコメットでしょ?その魚」
「う、うん。青井くん詳しいんだね。エマちゃんっていうの」
青井くんはエマちゃん、と復唱すると腰を折り曲げ、水槽の中のエマちゃんに「初めまして。青井です」と声をかけた。その姿がなんともシュールで、思わず吹き出してしまう。
「もしかして青井くんって天然?」
「挨拶は常識だろ」
青井くんは恥ずかしそうに唇を尖らせる。それから水槽の中をじいっと見渡すと、驚いたように私を見た。
「すごい。めちゃくちゃ手入れが行き届いてる。これ全部一人でやってるの?」
「あ、うん。私魚好きだから」
ちょうど今から水槽の掃除だと告げると青井くんはブレザーを脱ぎ、シャツの袖を肘まで捲った。
「青井くん?」
「手伝うよ。女の子一人じゃ大変でしょ」
蛇口から出る水は氷のように冷たかった。それでも青井くんは文句一つ言うどころか持っていた小さなカイロを私に手渡し、一人で重たい水槽を洗い流してくれた。寒さで赤く色付く青井くんの指先を見て、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「寒いよね。ごめんね転校初日にこんなことさせて……」
すると青井くんは私を見て目をほそめた。
「好きなんだ」
「え?」
「魚」
カッと顔に熱が集中していくのが分かる。好きだと言われ、思わず期待を含んだ声をもらしてしまった。勘違い女だと思われないよう、私はすぐさま「そっかそっか」とおざなりな返事をする。
青井くんは一度蛇口の水を止めると、ずり下がった袖をもう片方の手で捲ろうとした。しかしもう片方の手も濡れているため、なかなか思い通りにいかないみたいだった。
「ごめん、袖捲ってくれる?」
自分で捲るのを諦めた青井くんは、申し訳なさそうに私を見つめた。私は内心「えぇ!?」と戸惑いながらも、平然を装いながら青井くんの袖にそっと手を伸ばす。
「どれくらい、捲ったらいい?」
「肘のちょっと上くらいでいいよ」
男の子の太い腕に触れるのは初めてだった。
緊張でまごつく両手を、青井くんは目尻を下げながら見つめていた。バクバクとうるさく鳴る心臓の音に、もしかしたら気付かれていたかもしれない。
「ありがとう」
私の目を覗き込むように青井くんが笑う。
「こ、こちらこそ! 水槽洗ってくれてありがとう」
「いえいえ。よし、こんなもんかな」
青井くんはぴかぴかに水槽を磨き上げると、ふう、と一息ついた。窓の隙間から入り込んできた冬の風に肌が粟立ち、二人で身震いする。
「さむ」
「あっ、ごめんカイロ返すね」
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「はい、カイロ」
「ん」
すると青井くんは私の手首を掴み、そのまま自分の頬にカイロを持って行った。私の手が青井くんの冷たい頬に触れる。
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