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撃沈する女達

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愛する家族の為にと努力を重ねてきた透は順調に昇進を続け、肩書きと成績は同期の中でトップ。

ついでに言うなら歩合も含めると給料もトップ。

身長は189cmと高く、程よく鍛えられた体は手足も長くてスーツがよく似合う。

さらに欧州人の祖母を持つクオーターで、その遺伝子を色濃く受け継ぎ色素の薄い栗色の髪とヘーゼルナッツ色の瞳は王子様然としている。

表情を和らげる事は滅多になく、一見すると冷たく思える雰囲気も「クールでカッコイイ」と評され、同社の女性従業員は元より取引先の女性達からも多くの秋波を送られていた。






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とある日、取引先と打ち合わせを終えた帰り際。

エレベーターホールで新たに窓口担当となった女性スタッフが追いかけてきた。


「立川さん、このあとお食事どうですか?」

「それは仕事の上での話ですか?」

「え……えっと…そうではなくて……」

「申し訳ありませんが、臨月の妻が4人目の出産を控えているのでお付き合い致し兼ねます」


そうでなくとも行かないが。

お手本のような営業スマイルでキッパリ断られただけでもショックなのに、❝4人目の出産❞というワードにも心を抉られてしまう。


「っ、4人目…それは大変ですね。立川さんもお疲れなのではなくて?少しくらい息抜きしたって誰も責めないと思うわ」

「大変なのは妻ですね。俺の子供を産んで大切に育ててくれているんですから。そんな中で呑気に飲み歩いてなんかいられませんよ」

「でも…そうなるとあまり相手はしてくれないでしょう?」


妻が妊娠中に浮気する男は多い。

透もそうに違いないと狙う女は多かった。


「いえ、まったく」

「……え?」


女はポカンとする。

イエ、マッタク?


「妻は変わらず俺のことも構ってくれるんです。家の事や育児で大変だろうに…本当によくやってくれている」


妻を労り感謝する言葉を連ねながら、脳裏に思い浮かべたのは昨夜のこと。

はち切れそうに大きくなったお腹にクリームを塗りながら、つい欲情して硬くなった昂りを妻の小さな口で咥えてもらった。

それを思い出して透は口元を小さく綻ばせて艶を漏らし、色目を使っていた女は愛欲を煽られ思わず唾を飲み込む。

どうにかして落としたい…と。


「奥さん、産後は里帰りするんですか?」


里帰り中に浮気するのも定番。

あわよくばそのまま本気にさせ、略奪して自分がその座に収まろうと目論む。


「そうですね。子供達も連れて行きます」

「じゃぁ…寂しくなるでしょう?」

「俺も行きますから、特には」

「……え?」


本日2度目のポカン。

オレモイクとはなんだろうと首を傾げた。


「実家は近いですし隣同士なんです。あ、妻とは幼馴染みでして。一緒に里帰りしてそこから出社しますよ。3人の時もそうしましたから」


ツマトハオサナナジミ…と言う、ラノベや漫画でしか聞かないパワーワードに心は折れかける。

しかし諦めるわけにはいかない。

ここで退いたらイケメンと過ごすめくるめくる熱い夜はやって来ないのだから。


「で…でも、少しくらい息抜きとか」

「俺にとっては家族と過ごす時間こそが息抜きになるんです。趣味は?と聞かれれば家族と断言出来るくらいに」

「……そう…ですか…」


子煩悩で愛妻家と評判だが、少しくらいは隙があるだろうと狙うもあえなく撃沈。

そして更なる爆撃を受ける。


「あと2人は欲しいんですけどね」

「……え?」


本日3度目の(ry

あと2人?もしかして愛人のこと?と淡い期待を抱くがそのはずもなく。


「俺も妻もひとりっ子だから大家族に憧れてて、子供は沢山欲しいんです。妻も産めるだけ産みたいって言ってるんですけど、出産は命懸けのことだから無理はさせられないし」


悩みどころです…と憂いつつも瞳の奥には雄の本能が燃えたぎっており、心を折れかけさせていた女は再び持ち直す。

この男に抱かれたい……と。

しかし透の話は止まらない。


「小さい頃から妻だけが好きで、今もその想いは変わりません。むしろ増したくらい。妻が俺の子供を身籠もり出産して、腕に抱く姿を見るのがこの上ない幸せなんです…ってすみません、なんだか惚気けちゃって」

「………イエ…オキヅカイナク…」


そしてエレベーターの到着を知らせる音がポーンと虚しく響き渡った。


「それじゃ」

「ハイ……オツカレサマデシタ…」


抱くのも孕ませるのも産ませるのも妻だけ。

そう言外にキッパリ牽制され、女は今度こそポキリと心を折られてしまった。

しかし新たな感情が芽生える。

───こんな男に私も愛されたい

こうして、透の無自覚…時として意図的な牽制を見舞われた女性は理想を拗らせ、その後の恋愛に支障をきたすのであった。






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立川家は戸建てに住んでいる。

新婚当初と1人目の出産後までは賃貸マンションに住んでいたが、2人目を妊娠した時に思い切って新築戸建を購入することにした。


「ふたりとも実家は持ち家なんだろ?それなのに買うなんて勿体なくね?」


透も桜もひとりっ子。

現在の名義人である父親達もそうなので、実家はそれぞれが名義を受け継ぐことになっていた。

社内で唯一それを知る同期が疑問を投げかけるのも当然のことだろう。


「親達は引退したら住まいを海外にでも移すらしいから、その時にでも俺らが住む感じかな」

「なんで?親と仲悪いの?」

「……仲は良いよ」


そう、仲は良い。良すぎるほど。

新築戸建ても『金なら唸るほどある!!可愛い孫の為に払わせろ!!』と双方の親が言い出しポンと支払われてしまった。


「まさかお前……親に妬いてんのか?」


言われてムスッと拗ねた表情を見せる透に、同期は内心を悟って笑いそうになるのを堪え…きれずに肩を震わせ「ごめっ…ぶふっ」と漏らした。

その推察通り、透は両親達に嫉妬している。

特に❝父親達❞に対して。

それはそれは猛烈に。

自身で築き上げた潤沢な資産で桜や子供達を甘やかし、あれやこれやと世話を焼いては桜に感謝されているのを見ると❝男として❞負けているようで悔しくて仕方ない。

ムムッと眉間の皺を深めた透に同期は苦笑し、珍しい一面が見れたと満足した。


「まぁ…お前ら夫婦が仲良くて何よりだよ」


そんなやり取りがあった数日後、透に関しておかしな噂が流れ始める。


【立川透の妻は義実家…特に姑との関係が最低最悪で、彼は板挟みにされて困り果てている】と。






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「立川さん、お疲れ様です」



残業を終えた透がひとり帰宅準備をしていると、やたら甘ったるい声の女が話し掛けてきた。

チラッと横目で見るだけで「お疲れ様」と返して帰り支度を進める。

海外支社とのリモート会議が押してしまい、いつもより終業が遅くなってしまった。

ランチ中に桜から電話があり『お腹が少し張ってるかも』と言われたので早く帰りたいのだ。

どうでもいい相手なんかに構っていられない。


「あのっ…立川さん、大丈夫ですか?」

「なにが?急いでるんだけど」


準備も出来てさぁ帰ろう!!としたのに行く手を阻むように立ち塞がる女にイラつき、低い声でそう言い睨み付けるような視線を向けた。


「えっと……」


モジモジとする女は半年前から透の所属部署に勤務するようになった派遣社員(24)。

『小柄で細いのに胸が大きいとか反則だよな』と一部の男性社員が騒いでいた人物である。

女もその事は聞き及んでおり、だからこそ透の冷たい態度は予想外で怯みそうになったが、めげずにしなを作って上目遣いに透を仰ぎ見た。

この仕草に鼻の下を伸ばさなかった男はいない。
(※派遣社員(24)調べ)


「話がないならどいてくれる?邪魔だから」


女はポカンとしてしまう。

ジャマダカラ?え?誰が?と。

あからさまな不機嫌を醸す透に困惑しつつ、やる気を奮起させる。

ここで退いたらふたりきりのチャンスはもうないかもしれないから…と。


「あの…奥様とうまくいっていないって聞いて…立川さん、いつも家族の為に頑張ってるのに酷いなって思って……」


女は歪曲した噂話をそのまま信じていた。

【立川透の妻は専業主婦にも関わらず碌に家事もせずに稼ぎを食い潰すだけの駄目嫁】

【唯一の癒しは動画で見る子犬の映像】

そして妄想は止まらなくなった。

既に3人も産んで4人目を妊娠中らしいが、そもそも本当に透の子か疑わしい。

だって透は嫁にうんざりしているのだから子作りなんてするはずがなく、今イラついているのもきっと浮気の証拠が掴めたからだ…と。

癒しを求めて欲するのは可愛い女。

小柄で胸が大きいなら尚良し。

そう判断して胸元のボタンに手をかける。


「だから私が……」

「気持ち悪いからどけよ」

「……え?」


地を這うような低い声にピタリと止まった。

キモチワルイとはなんだろうか。

何か悪いものでも食べたのかとポカン顔になる。


「何してんの?まさかとは思うけど脱ぐ気?ここ、24時間監視カメラが回ってるし音声も録音されてること知らないの?」

「え……あの……」

「妻と子供達に会いたくて急いでるのに邪魔されてイライラしてんだよ。さっさとどけ」


ジャマ?ドケ?


「え、でも…子供は立川さんの子供じゃ…ナイ…」


言いながら「あれ?そうだっけ?」と混乱していると、何処からかブチッと聞こえた気がして絶対零度の空気が伝わってきた。

ブルっとして自分で自分を抱き締める。

正面には鬼神が不穏なオーラを背後にユラユラさせて立っていた。


「俺の子供じゃないって何?誰が言ってんの?」

「えっ……と…」

「桜が他の男に抱かれたって?その男に中出しされて妊娠したって?そう言ってんの?誰?そんなこと言ってる奴」

「え……あの…」

「言えよ」


殺意をも感じる視線に女は涙を浮かべ、どうにか言い訳をしようと試みるも言葉が出ない。


「最近、やたら俺の妻についてつまらないこと言う奴がいるって聞いてたけど…お前か?」

「ひっ……ごめんなさいっ!!」


女は逃げ出した。

透は「ふんっ」と鼻息荒くその後ろ姿を見送り、着信を知らせる振動に気付いて携帯を取り出す。

画面に映し出されたのは愛しい人の名前。


「桜?遅くなってごめん、今から帰るよ。体調はどう?…うん…うん…それなら良かった。何か買って帰る?…ん?…………すぐ帰る」


❝透くんの顔が見たい❞と言われ、表情をキリッとさせて大股の早足でフロアを出た。







余談であるが翌日出社した派遣社員(24)はそのまま帰宅させられ、二度と顔を見せる事はなかったのでした。







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