僕とあなたの地獄-しあわせ-

薔 薇埜(みずたで らの)

文字の大きさ
上 下
59 / 152
第3章 火宅之境

55

しおりを挟む

あの後静先輩が来てくれたことで少し落ち着きを取り戻せて、結永先輩とは話せるようになったけど、到底午後の講義を受けられる状態じゃなくて、結局結永先輩に送ってもらって家に帰ってきた。

家に帰ってきて誰の目にも触れない安全な場所に戻ってくると、今まで張っていた気が抜けてどっと疲れが襲ってくる。
玄関に立ってドアがぱたんと閉まった音が聞こえた瞬間、かくりと膝から力が抜けてつい目の前にあった静先輩の背中に手を伸ばして掴まった。
「っあ・・・」

「おっと、・・・・・・弥桜、もう大丈夫だからな」

優しく掛けられる言葉に収まっていた涙がまた溢れ出してくる。
もうパニックになったりすることはないけど、抑えることも出来なくて静先輩にしがみつくように背中に顔を埋める。
そしたら静先輩はぎゅうぎゅうにしがみついている力なんか意にも返さないぐらいあっさりと、僕の腕の中でくるりと向きを変えて頭をぽんぽんと撫でてくれた。

「大丈夫」

ただ一言それだけ言うと、しがみついている僕の腕はそのままに、足に力が入らなくて上手く歩けない僕をベッドまで支えてくれた。

荷物の片付けもそこそこに静先輩も一緒になってベッドに転がる。
二人で向かい合ってるだけで、特に何かを言うわけでもなく見つめ合っているだけの時間。
ほんの数秒間だけでも、この一週間ずっと気の休まる時間のなかった僕には、二人だけの空間と時間が何よりも安心するものになった。

静先輩を独り占めにしていることが嬉しいのか、安心したからなのか、今まで怖かった気持ちは何処へやら、口元が緩んでだらしない顔になっていくのを止められない。
でもさっきから溢れている涙も止まったわけじゃないから、今絶対不細工な顔になってるに違いない。

静先輩にはもう少しだって嫌われたくないから、本当はこんな顔見られたくないんだけどな。
「ひどい顔だな」
タイムリーに気にしてたところを指摘されてやっぱり見られたくなくて静先輩の胸に顔を埋める。

次会った時は絶対お別れしなきゃいけないって思ってたのに。
やっぱりもう離れたくないと思ってる。
離れられる自信が欠片もない。
本当に自分がどうすればいいのか分からない。

「・・・・・・静先輩」
「どうした?」
「僕・・・もう自分がどうすればいいのか分かんない・・・・・・。みんなにΩだってバレて家のことも知られて、それから人の目が怖くて怖くて仕方ないんだ。だからこれはきっと今まで隠してきたことへの罰なんだって思った。これからはちゃんと向き合わなきゃいけないって。幸せになる権利なんてない、そんなことしたら更に罪を重ねるだけだって。だから静先輩とも一緒にはいられない。一緒にいたら、好きだって大切だって気持ちをもらえて、大事に守られて絶対静先輩に甘えちゃうから」

ずっとずっと辛かった。
大事にしてくれるこの人の側にいたいと、そう強く思えば思うほど、強く一緒にはいられないんだという事実に襲われるんだ。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

王冠にかける恋【完結】番外編更新中

毬谷
BL
完結済み・番外編更新中 ◆ 国立天風学園にはこんな噂があった。 『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』 もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。 何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。 『生徒たちは、全員首輪をしている』 ◆ 王制がある現代のとある国。 次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。 そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って…… ◆ オメガバース学園もの 超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

処理中です...