君の歪んだ愛し方

井上マリ

文字の大きさ
上 下
25 / 28
略奪者

しおりを挟む
 寝入った真夜を腕に抱き、本棚にもたれかけた。泣き過ぎて赤くなったまなじりを指先で撫でる。可哀想なことをしてしまった。独占欲に駆られて二度も抱くなんて。

 パーカーへ手を突っ込んで、指先が硬い金属に触れて安堵した。無慈悲に乳首にピアスなど開けてしまったけど、これで誰のものでもない。自分のものだと証明できる。恍惚と笑みを浮かべてしまう。薄暗いその微笑みが、長男より黒く闇に包まれたものだと誰も知らない。

 とん、とん、と階段を上がってくる足音が二つほどある。騒がしい話声から、慎司と真之介だとわかった。予想通りの二人組が扉を開ける。

「あれっ。珍しい組み合わせだね」

 真之介が意外そうに二人を見比べる。普段は真也を避けている真夜が、身を寄せて腕の中で寝ているのだ。怪訝に思って当然だろう。

「疲れていたらしい。最近、忙しそうだったからな」
「ふうん。まあ、いいことだよね。兄弟仲が良いってことは」

 納得した真之介が座って、手にしていた紙袋からベビーカステラを食べ始めた。甘いにおいが漂いはじめる。

 いつもならすぐに、俺もと喚く長男が黙っている。その冷酷な眼差しを、真也は余裕で見返した。

「どうしたんだ、慎司」

 恐らく知ったのだ。敏い男だ、真夜の様子だけで異変に気付いている。

「昔、真夜と慎司が家出したときあったよな」
「何?突然そんな古い話題」

 異変に気付かない彼は、普通に話題に乗ってくる。慎司は立ち尽くし、ゆっくりと握り拳を作り始めた。

「自転車に乗って、二人して出て行って凄く心配したものだ」
「そうだねぇ。でもまぁ結局自転車だから、遠くにいけないから帰ってくると思っていたけど」
「真之介、それでだ。俺は考えたんだけど」
「何を?」

 普段のようにふざけない真也に、真之介はやや猜疑心に満ちた顔をする。

「真夜と、この家を出ようと思うんだ。ちゃんと計画は立てているし、自転車でなんか出て行かないさ。俺はちゃんとしているから」

 扉を思い切り叩く音が響き渡った。彼は驚いて紙袋を取り落す。ベビーカステラが床にばらまかれていく。

 拳を叩きつけた男は、ゆらりと顔を上げた。

「何……どうしたの、慎司兄さん」

 冷や汗を浮かべた真之介は、状況を把握しようと必死になっている。

「真也。どういうつもりだ」
「どうって、嫌だな、兄さん。俺は感謝しているんだ」
「……感謝?」

 低く唸る慎司の双眸が、赤く光る。怒りで眉が吊り上り、普段の温厚さなど消え失せている。居るのは悪魔だ。全てを握り潰し、他人をたばかり続けてきた悪魔。

「そう。俺はいつも、真夜のことが分からなかった。だが、兄さんのおかげで真夜の気持ちが分かったんだ……ほら、綺麗だろう?」

 真夜のパーカーを捲りあげて、白い肌を露わにする。色づいた乳首に光る銀色の存在に、真之介の顔が真っ赤になっていく。兄弟一の真面目男には、刺激が強すぎたらしい。

「俺専用の印。俺だけのものだ。真夜も喜んでくれた」

 慎司に見せつけるように首筋に吸い付いた。眠っていた彼が瞼を震わせて小さく喘ぐ。ピアスをつけたばかりの胸を揉み、もう片方の胸の乳輪を指でなぞる。

「真夜の胸は小さいからな。開けるのは結構大変だったけど、これで安心する。俺と同じ思いだって知れたのも、慎司のおかげだよ」

 真之介の隣を抜けて、真っ直ぐに近づいてくる。

「……真也……お前、死ねよ」

 淡々とそう洩らした。
 振りかぶった慎司の拳を片手で受け止める。手のひらにじんわりと痛みが広がるが、折れるほどの痛みではない。

「慎司には苦労を掛けた。俺のことが好きだと知りながら、身代わりになってくれたんだから感謝しているよ」
「……黙れ……」
「つらかっただろう?自分を見られず、俺のように真夜を抱くのは。なんたって真夜は俺に抱かれたかったんだから、申し訳なかった」
「黙れ……黙れ……黙れ!」

 慎司の拳を握りしめてじっくりと押し返す。やっとこいつの仮面を剥がせる。興奮が脳を沸騰させていた。

「黙れよ……っ」
「黙らない。酷いのは慎司だ。真夜に借金の肩代わりに風俗で働かせるなんて、人格を疑う」
「え、そうなの」

 真之介が軽蔑を孕んで慎司を見やった。仮面が剥がれた彼はその場に膝をついた。言い訳を探して視線を走らせるのが、あまりに惨めで滑稽だ。

「まよ」

 性懲りも無く彼に触れようと手を伸ばして来る。真也がその手を無慈悲に叩きつけた。

「汚い手で俺のおんなに触るな。この、クズ男」

 真夜を抱き上げて立ち上がる。

 いま、完全に勝利したのは真也だった。慎司は顔を上げない。真之介は狼狽している。

 二人に背を向けて部屋を出て行った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

は? 俺のものに手出してんじゃねぇよ!!

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:52

蛇の恩返し

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:116

快感射精クラブ

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:67

異世界に飛ばされたおっさんは何処へ行く?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:25,801pt お気に入り:17,850

人妻♂の僕が部下にNTRれるはずないだろう!

BL / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:167

ご主人様と性処理ペット

BL / 連載中 24h.ポイント:241pt お気に入り:204

【創作BL】彼パパの催眠猛特訓は効果抜群です!

BL / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:99

14歳になる精通前から成人するまで、現陛下から直接閨を教える

BL / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:56

愛欲の炎に抱かれて

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:303

処理中です...