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高等部に進級しました

176:キス

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ティスは何も言えない俺の手をまた握った。

「喉、乾いちゃったね」

ティスは無理に俺に『祝福』の花を
渡そうとはせずに、
片手で花を持ち、
もう片方の手で俺の手を引き
先ほどのガゼボに戻った。

そして俺を座らせ、
すぐに近くのワゴンから
新しいお茶を淹れてくれる。

「泣かせちゃったね。
ごめんね」

ティスは俺の正面ではなく
隣に座ると、指で俺の涙を拭いた。

無意識に涙が出ていたので
俺は気にしてなかったが
どうやらかなり
泣いてしまったらしい。

「目が赤くなってるよ。
これはジェルロイドに叱られるな」

ティスはおどけたように言い、
ポケットからハンカチを出して
俺の頬を押さえてくれる。

「ありがとう」

どうしていいかわからずに
固まっていた俺は、
ようやく声を出せた。

「ふふ。
やっと僕のこと、意識してくれた」

ティスはそう言って
少し笑うと、ハンカチで
押さえていた上から、
そっと頬に唇を押し当てた。

直に頬に触れたわけではない。

ハンカチの上からのキスだ。

それでも俺は心臓が飛び出るぐらい
ドキドキした。
いや、驚いた。

ティスが物凄く
自然に俺にキスしたことも驚いたし、

ティスが俺に向けてくれる
思慕は友情ではなくて
恋愛としての感情なんだと
改めて思い知らされた気がした。

「ねぇ、アキルティア。
僕はね、物凄くアキのことが
大好きなんだ」

手を握りながら俺の隣で
ティスは言う。

「アキはね。
誰にでも優しくて、
あの神官にだって
優しく接してあげてるけれど、

僕はああいうのを見たら
物凄く嫌な気分になる」

だって以前、アキは
あの神官が泣いたとき、
抱き寄せて髪を撫でてあげたでしょ?

と笑うティスはおどけた口調だったけれど
瞳は真剣だった。

「アキルティアは優しくて、
可愛くて、そういうアキを
僕は大好きなんだけど。

誰にでも頭を撫でたり、
身体に触れたりしたらダメだ。
勘違いする不埒な奴だっているんだから」

「……うん」

俺はなんとか声を絞り出した。

俺は他人との距離は近い方だとは思う。

弟を世話することに慣れていたから
つい、目の前の人を
そういう対象として見てしまう。

でもそれが危険だと言われたら
確かにそうだと俺は思った。

この世界の貞操観念は
元の世界と比べたら
かなり固いものだった。

だからこそ、
俺の行動を、
俺に好意を持たれたとか、
勘違いする人間も
出てくる可能性もある。

「今日はアキを困らせてしまったね。
ごめんね」

ティスはまたあやまる。

「でもね、ちょっとだけ
嬉しいんだ」

何が?と俺がティスを見ると
ティスは恥ずかしそうな顔をする。

「だって、僕が愛してるって
伝えたから。
アキはずっと僕のこと
考えてくれてるでしょう?」

俺はその顔に何も言えなくなる。

体中の熱が顔に集まるような
感じがして、俺は今絶対に
顔が真っ赤だと思った。

ダメだ。
前世を含めて恋愛経験なんて
皆無だったし、
誰かを好きになったことも
好きになってもらったことも無い。

こんな時俺はどうすればいいのか
まったくわからなかった。

ティスはまだ考えなくていいとか
結婚はまだ先のことだとか。

俺にとって
都合の良いことばかり
言ってくれるけれど、
それに甘えても良いのだろうか。

またティスを傷つけることにならないか?

俺がウダウダ考えていることに
ティスは気が付いたようだ。

「アキ、はい。あーん」

俺の前にプリンが出て来た。
ティスはそれをスプーンですくって
俺の目の前に持ってくる。

俺が素直に口を開けると
ティスは笑いながら俺の口に
プリンを入れた。

「こういうのもね。
ジェルロイドは仕方ないけど、
僕だけにしてね」

甘い声で耳元でささやかれた。

俺は初めて聞くティスの甘い声に
あれほど好きだったプリンを
味わうことなく飲み込んでしまう。

「良かった。
あのね。
僕がアキルティアに愛してるって
伝えたら、アキルティアは
僕から離れちゃうんじゃないかって
思ってたんだ」

ティスはスプーンで
またプリンをすくって
俺に食べさせる。

「でも、僕がこうやっても
アキルティアは変わらず
僕のそばにいてくれるもの。
ね?」

祈るような声だと思った。
だから俺はすぐに頷く。

まだ自分の気持ちも
ティスのことも
うまく考えられないけれど。

俺はティスから離れるなんて
想像できなかった。

ティスは俺が頷くと
嬉しそうな顔をした。

「まだ僕が成人まで
あと1年あるし。

アキルティアが僕と
結婚してもいい、って
思ってくれるように頑張るよ。

そしてね。
アキ、アキルティア。

いつか、僕にだけ、
僕にだけ特別な名を呼ばせて?
『ルティア』って」

俺はもう目が回りそうだった。

折角食べたプリンの味もわからなかったし、
顔がとにかく熱くて、
ティスの顔を見れなくて。

ティスが手折った『祝福』の花は
「受け取らなくてもいいよ、
僕が勝手にアキルティアに飾るだけ」
と言って、髪に刺してくれた。

これは俺が受け取ったことには
ならないのだろうか。

でも以前、物凄く大量に
同じ花を貰ったから
これはセーフか?

「アキルティアはいっぱい
いっぱいになったみたいだね」

って笑うティスは
なぜか余裕があるような感じで。

いつだって俺が兄ポジションで
ティスの面倒を見ていたのに
そんな可愛いティスはいなかった。

もしかしてティスは
わざと俺の前で甘えていたのだろうか。

いや、そんなことを考えてはダメだ。
人間不信になりそうだ。

「アキ、僕を見て」

プリンを食べ終わった俺の腰を
ティスが引き寄せる。

ティスはいつも抱きついてきていたし、
身体を密着させるなんて
いつものことだった。

だというのに、
物凄く、物凄く恥ずかしい。

「照れるアキも可愛い。
僕、ずっとこういうアキの顔を
見たかったんだ。
勇気を出して良かった」

そんなことをティスは言っていたけれど。
俺はもう無理無理の精神状態で、
お茶会が終わる頃に、
ティスにそっと髪にキスをされたけれど。

それすらも、現実味の無い
ふわふわした感覚で。

ティスに手を引かれ、
馬車に乗せられたことまでは
覚えているけれど、
それ以降は全く覚えていない。

そう。
俺は馬車の中で疲れのあまり
眠ってしまい、
それから熱を出して寝込んでしまったのだ。

きっとたぶん、知恵熱だと思う。


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