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終章
194:初夜の準備【ヴィンセントSIDE】
しおりを挟む俺はイクスを背中から強く抱きしめる。
嬉しさと期待に、俺はめまいがしそうだった。
だが。
「あのね、ヴィンス。
きっと僕は得意だと思うんだ」
イクスの言葉に俺の感情は
一気に急降下した。
「……得意?」
閨事が?
得意?
イクスが?
誰と練習をして……?
誰とやった!?と俺が叫ぶ前に
イクスは可愛い声で言う。
「うん。
やって欲しいって言うことを
全部紙に書き出したり、
それをどうやってするかを
順番にまとめたり。
僕は何を言われても
それをこなす自信があるから
安心して!」
それはどういう意味だ?
怒りの感情が混乱に変わる。
「……俺がどんな要望を言っても?」
俺のモノを咥えろとか、
俺に服従しろとか言っても?
誰と練習したのかも気になるし、
どす黒い感情が沸き起こる。
だが俺の感情にも気が付かず
イクスは驚いた声を出す。
「え? ヴィンスまで
要望があるの!?」
俺がイクスに何も強要しないとでも
思っていたのだろうか。
確かに……今まではしなかったが
イクスが許可を与えてくれるなら別だ。
イクスを抱きしめる腕が震える。
が。
「え、それは……頑張るけど。
でも、義母様とヴィンスの要望だったら
優先順位としては僕は義母様を優先するけど
それでもいい?
も、もちろん、気持ち的には
ヴィンスを優先したいんだよ。
その気持ちはちゃんとある」
その言葉に、俺は自分がなにやら
勘違いしていることに気が付いた。
いや、勘違いをしているのは
イクスの方か?
今夜は初夜のはずだ。
そうだよな?
違うのか?
イクスはそのために
この旅行に来たのだろう?
公爵夫人は準備万端だと
手紙で知らせて来たぞ?
「イクス?
なんでここで母の話になる?」
「なんでって、義母様が
別荘で待ち構えてるんじゃないの?」
「……待ち構える?」
初夜の見届け人が母親なんて
どんな罪を犯したんだ、俺は。
「そう。結婚式のことを決めるんだよね?
僕を別荘に閉じ込めて……じゃない、
軟禁してファッションショー……
でもなかった。
えっと」
項垂れたくなるが、
イクスがどう勘違いをしているのか
だいたい理解できた。
「そ……うか。
イクスはそう聞かされてたのか」
そうだよな。
初夜だと言われて
こんな楽しそうにイクスが
やってくるわけないよな。
なんだか考え方が
卑屈になってしまう。
やばい。
俺はイクスを抱きしめ
その背中に顔をうずめる。
温かく、小さく、可愛い背中だ。
イクスの吐く言葉に、
そうか、そうかと頷いて、
俺はその背中に唇を当てる
正直、期待をしていた分だけ
落胆もあるが、ほっとしていることも確かだった。
緊張のあまり、
俺はどうなるかわからなかったから。
誤解が解けないまま
別荘に着いていたら、
俺は有無を言わずに
イクスを押し倒していたかもしれない。
イクスの手が重なっていた俺の手を握る。
「ヴィンス?」
「……大丈夫だ。
別荘には、母はいない」
俺は息を吐くように言う。
「そうなの?」
「あぁ、純粋に温泉を楽しめばいい」
そうだ。
初夜とか考えずに、
純粋に楽しめばいいんだ。
二人っきりの旅行なんだから。
俺の言葉にイクスは
はしゃいだ声を出す。
「じゃあ、向こうではのんびりできるんだよね?」
「あぁ」
「そしたら、月見酒……じゃない、
月見水? 温泉水? 」
イクスは何やら俺に伝えようと
しているが、俺には理解できそうにない。
その言葉を知らないからだ。
きっと前世に関わる言葉なのだろう。
俺はイクスの言葉を待つ。
だがイクスは俺に説明するのを
諦めたようだった。
いきなり俺の腕から抜け出して
俺の前に膝をつく。
動く馬車に乗っているのに
移動するなど危なすぎる。
だが注意をする前に
イクスは、ものすごく
得意そうな顔をして俺を見た。
幼いころに、絶対にできない癖に
俺を見て「できるから見てて」
と自慢げに言っていた時と
全く同じ顔だった。
たとえば、川にいる魚を
手掴みで取って見せる、とか。
大きな樹になっている実を
登って採ってくる、とか。
川の時は、自信満々に
得意げに言った割に、
魚を掴み損ねて川にしりもちをつき
びしょ濡れになって泣いていたし、
大きな樹に上った時は、
登ったのは良かったものの、
木の実が生っているいる場所の枝は
細くて取れなかった挙句に、
登った場所が高すぎて
怖くて下りれなくなってしまった。
俺は過去を思い出し、
どんな顔をして良いのか迷う。
そんな俺を見て、イクスは
さらに大きな声を出した。
「とにかく!
温泉に浸かって、水飲みたい」
水?
飲めばいいと思うが。
何故わざわざ宣言する?
意味がわからず、
俺が首を傾げると
イクスは、わざとらしくため息をついた。
「ヴィンスはさ、
僕のあとをついてきたらいいよ。
僕がちゃーんと、
温泉の素晴らしさを教えてあげるから」
どや、っと自信満々にイクスは言うが、
それはほんの一瞬だった。
馬車が小石を踏んだのか、
ガタン、と馬車が揺れたのだ。
イクスは目の前に会った
俺の膝に顔から突っ込んできた。
うわっと叫んだイクスの熱い息が、
布越しとはいえ、俺の欲棒に触れる。
そして恥ずかしかったのか、
イクスは顔を真っ赤にして
唇を尖らせ、俺を見上げた。
俺の膝の間から。
背徳的な気分が
俺の欲棒を反応させる。
もし、も。
もしもイクスがこうやって
俺の膝の間で、俺の……
欲棒に奉仕した……ら。
ありえない想像が頭をよぎる。
「ヴィンス?」
無垢な声が俺を現実に引き戻す。
「なんでもない。
それよりもあぶないだろう」
俺はイクスをすぐに膝に乗せる。
俺の欲棒に気が付くことが無いように。
俺の胸の奥に宿った欲情を隠すように。
イクスは「もう子どもじゃないし
大丈夫だよ」なんて笑って言うが。
子どもではないのは
俺は十分理解している。
だからタチが悪いのだと、
俺は心の中で呟いた。
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