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終章
193:新婚旅行【ヴィンセントSIDE】
しおりを挟むハーディマン侯爵家とパットレイ公爵家が
共同で土木工事をしていることは
以前から知っていた。
温泉が出たことも、
そこに保養地を建てることも。
母は王都ではなく、
騎士団をまとめる父の代わりに
領地を治める為に、一年の
ほとんどを領地で過ごしている。
その母がせっかく温泉が出たのだから
そこに別荘を建てたいと言い出したのだ。
父は母には頭が上がらないので
もちろん、すぐに了承した。
最近、社交界では温泉の効能が
話題になっていたこともあるのだろう。
その話にパットレイ公爵夫人も乗ってきて
あっというまに両家の共同保養地が
建てられることとなった。
最初は領地に籠っている母を
労うための別荘だった。
それがいつのまにか
観光地になるような話にまで
話は広がっていて、
正直大丈夫かと不安になる。
ただ、俺の父も公爵殿も
妻の要望はすべて叶えるべく
あらゆる力と金は使う人たちなので
優秀な人材をどんどん保養地と母、
そして公爵夫人の元へ
送り込んでいるらしい。
そんな中、何故か別荘の最初の滞在に
母ではなく、公爵夫人でもなく
俺とイクスの白羽の矢がたった。
きっかけはたぶん、
イクスのあの手紙だろう。
俺とちゃんと肌を合わせることを
公爵殿が許したと言うのだ。
イクスは良く勘違いをしやすいから
何かの間違いかと思ったが、
その後、すぐに公爵夫人から
俺の母に連絡があり、
勘違いでもなく、正式にイクスと結婚……
つまり初夜を行っても構わないと
公爵殿からの許可が下りたと言う。
何でもイクスが俺と初夜を迎えたいと
公爵殿に泣きついた……らしい。
が、ここはかなり嘘が混ざっていると
俺は思っている。
本当だったら嬉しいが。
でも、そう。
本当だったら嬉しい。
俺が一緒に寝る度に
白く美しい肌に触れることを
イクスが喜んでくれているのだと
そう思うことができるから。
イクスの白い肌が、
俺の手によって赤く染まっていく姿は
物凄く美しい。
俺ごときの欲望で
蹂躙すべきではないと、
そう思ってしまうぐらいに、
閨の中のイクスは美しかった。
だから俺は慣らすように
イクスの肌に触れるが、
俺の欲棒を曝け出すことはしなかった。
一度、触れあったことはあるが、
あの時のイクスはまだ
精通も来ていなかったし、
身体も幼かったから、
俺はなんとか理性を総動員できたが、
今はイクスにさらに深く
触れてしまうとどうなるかわからない。
【珠】さえ使わなければ
子どもはできないし、
いっそ抱いてしまいたいと
何度も誘惑にかられたが、
体力のないイクスが、
俺が射精を促しただけで
疲れ果てたように
眠りに落ちる様子を見てしまえば、
無理強いできるわけもない。
だが、だけど。
もしイクスが俺を望んでくれるのなら。
いいだろうか。
イクスを抱いても。
俺はイクスの学校の
長期休暇に合わせて休暇を取り、
母よりも熱心に別荘の状態を
確かめ、準備をした。
だが、いざ出立の日が
近づいて来ると緊張してくる。
あまり深く眠れず、
けれど仕事は待ってはくれない。
そんな時だった。
イクスと出発する日、
いきなり、隣国の王女が
こちらの国にやってきたいと
打診があった。
あれだ。
パットレイ公爵家に嫁に来る
あの駄犬……的な王子の妹だ。
兄王子の様にいきなりやってきたわけではないので
まだ許せるが、王族がいきなり「行きます」で
隣国に移動するなどありえない。
警備の問題もあるし、
滞在する場所の準備や
確認も必要になってくる。
その情報が入り
王宮は文官も騎士たちも
一気に士気が下がった。
通常業務以外の仕事が増えるのを
基本的に嫌がる者が多いからだ。
が。
俺には関係ない。
俺は今日から休暇だしな。
と思ったのに。
エリオットが俺を呼びに来た。
一応俺の先輩なので邪険にはできず
朝一の会議には出た。
それからその場で決まったことを
俺の部下や同僚に知らせて
俺は馬に乗る。
あとはよろしく。
と手を振ったのに、なぜか
エリオットが邪魔をしてきた。
俺が乗った馬に、
魔法を使ったのだろう。
飛び乗って来たのだ。
エリオットと二人乗りなど
冗談ではない。
だが止まってもめたら
イクスと合流するのが
また遅くなる。
俺は前もって御者と決めていた
合流地点まで行くと、
エリオットに馬の手綱を預けた。
もともと賢い馬だったから
俺が放置しても
侯爵家に勝手に帰る筈だが
エリオットに任せる方が
安心といえば安心だ。
「おい、なんだ、この手綱は」
「帰るのに馬は必要でしょう」
俺が言うとエリオットは顔をしかめる。
「この忙しい時に、
ひとり休暇を取るつもりか?」
「もともと今日からの休暇は
決まっていたものですし、
1人ではありません」
俺のイクスと一緒に、だ。
口には出さないが
俺の言いたいことはわかったのだろう。
「おまえ、俺が可愛い俺のミゲルと
一緒に過ごす時間を削って
働いていると言うのに……」
「だって俺、そもそも
最初からそういう立ち位置ですし」
俺がイクスと結婚してから
俺は騎士団に所属していて
騎士として仕事もしているが、
正直、イクスの相手をすることが
仕事というか、最優先事項になっている。
陛下が神の力と寵愛を持つイクスを
この国に留めるために
俺に最大限イクスに尽くせと命じたからだ。
俺にとっては願ったりかなったりの命令だし
イクスの力を薄々感じている高位貴族や
宮廷の高官たちは俺やイクスに関して
意見や文句を言う者はいない。
イクスの不評を買い、
神に罰せられる可能性があるからだ。
イクスは神はそんなことしないと
ケラケラ笑ったが、イクスのことや
神のことを知らない者たちにとっては
イクスの力は脅威でしかない。
だから俺がイクスのために
仕事を休んでも、陛下よりも
イクスを優先しても誰も咎めない。
陛下もそれを望んでいる。
それでもそんな俺に意見を言うのは
エリオットぐらいだろうか。
もっとも言われたところで
俺が行動を変えることはないが。
ウダウダ言うエリオットを
見ていると馬車の音が聞こえてくる。
来た!
俺は「じゃあ」とエリオットに言い
そばに停まった馬車に乗り込む。
「おい!」と叫ぶ声が聞こえたが
俺は無視して馬車の扉を閉めた。
すぐに出発の合図を送ると馬車は走り出す。
エリオットが怒っていたのは確かだが、
まぁ、大丈夫だろう。
ミゲルと出会う前は
男女ともに人気があり、
浮名を流しているようなエリオットだったが
ミゲルと婚約してからは一途のようだし、
仕事に私情を挟むようなことはしない。
……今まではしなかった。
さっきミゲルの名を出していたが、
大丈夫、だろう、おそらくだが。
気分を切り替えて俺はイクスを見る。
すると可愛らしいブラウスを着たイクスが
にこやかに座っている。
俺は思わず胸を押さえた。
このイクスと今日は……
とうとう、しょ、初夜、だ。
緊張のあまり、胸が苦しくなってくる。
「ヴィンス、大丈夫?
やっぱり仕事に戻る?」
俺の様子を見たイクスが
心配層の顔を覗き込んで来る。
「いや、すまない。
大丈夫だ」
俺はなんとかいうと、
イクスに隣に座っていいか?
と聞いた。
いつもは聞かずに隣に座るが、
今日は聞いてしまった。
イクスも緊張しているかもしれないし
俺に触れられるのは嫌かもしれないと
思ったからだ。
だがイクスはいつもの笑顔で
うん、と答える。
俺はほっとしてイクスの隣に座り
可愛い身体を膝に乗せた。
緊張した顔を見られたくなかったのだ。
背中からイクスを抱きしめる。
そっとイクスの手が重なった。
イクスに気を使わせているようだ。
「……すまない。
緊張してるんだ」
俺は白状する。
誰かと肌を重ねるのは
さすがに俺も初めてだったし、
その相手がイクスなのだ。
ずっと夢に見ていたイクスとの
初夜を今日迎える……。
「大丈夫だよ、
いざとなったら僕が全部
受け止めてあげるから」
突然、イクスがそんなことを言う。
「どんな無茶ぶりだって
僕は笑ってこなす自信はあるから」
それは俺が乱暴に組み敷いたとしても?
イクスを俺の思うがままに
蹂躙したとしても……それでも
いいと言うことか?
俺はごくり、と唾を飲んだ。
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