42 / 214
魔法と魔術と婚約者
42:き、キスですが!?
しおりを挟むヴィンセントがミゲルとエリオットとの
恋を応援してくれると言ってくれたのが
嬉しすぎて俺はヴィンセントに抱きついた。
までは良かったのだが。
なんか頬に、
ヴィンセントの唇がくっついた気がする。
え?
キスですか?
いや、気のせいなのか?
いや、でも、だがしかし。
頬に柔らかい感触がしたのだ。
絶対にした。
ヴィンセントが俺の耳元で
小さく声を出したから、
偶然、頬に唇が当たったのだろうか。
いやだがしかし。
俺は頭の中がぐるぐるしたが
いやいや、と思い直した。
……狼狽えるな、俺。
たかが頬にキスだ。
前世含めて30歳を越えた俺が
頬キスぐらいで狼狽えるわけがない。
「イクス?」
「ひゃ、い」
俺から離れてヴィンセントは
どこに行こうか、と
自然に話を続けるのだが。
なんだ?
その余裕は。
やっぱりさっきのキスは
偶然だったのか?
いや、それならそれでいいが、
なんだ、このイケメンっぷりは。
イクスじゃなくても
恋に落ちるぞ。
この、罪作りなイケメンめ。
俺は赤くなった頬を隠すために
ヴィンセントから体を離して
向かいのイスに座った。
俺とヴィンセントの間には
小さなテーブルがあったが、
あまり大きなものでは
なかったから、
ほんの数歩で俺は元のイスに
戻ることができる。
俺が椅子に座り直すと、
ヴィンセントは改めて
俺を見つめて来た。
なんでそんなに見つめる?
「ヴィー兄様?」
俺、なんかしたか?
「あ、いや。
久しぶりにゆっくりと
顔を見たなと思ってな」
そう言われたらそうだな。
学校で会わなくなってからは
疎遠と言う程ではないが
手紙のやりとりが多くなった。
とはいえ、ヴィンセントは
何も無いのに手紙をやたらと
送ってくるから
俺も返事を書くのに必死だ。
だから久しぶりに会ったとはいえ、
俺はそんなに離れていた気はしない。
なのにヴィンセントは
俺を見つめたまま、
やんわりと笑った。
その顔に心臓がドクン、と鳴る。
俺が弱い顔だ。
いつも厳しい顔をしているのに、
不意に、こうやって
優しい顔をするから、
俺は無性にわめきたくなる。
だというのに、
大きな手が俺の頭を撫で、
頬に触れた。
指先が俺の頬を
すり、っとなぞって離れていく。
「変わりはなさそうだな」
当たり前だ。
ずっと手紙でやりとりしてただろ?
どれだけ過保護なんだよ。
「僕はずっと元気です。
怪我もしてないし、
無茶もしてないです」
俺が唇を尖らせて言うと、
ヴィンセントは言葉を詰まらせる。
「いや、イクスがあぶなっかしいとか
そう言うわけでは無くて、
ただ心配……いや。
その……そうだ。
エリオット先輩のこともそうだが、
今度の長期休み、
俺の領地に遊びに来ないか?」
「行く」
俺は即答した。
だってハーディマン侯爵家の
領地は楽しすぎる。
また川で遊びたい。
以前行った時は、
一度も魚を釣ることが
できなかったのだ
次は絶対に挑戦したい。
俺が即答したせいか、
ヴィンセントの焦ったような顔が
すぐに笑顔に戻った。
「それと、公爵殿にも
確認してからだけど、
来年までに。
俺が18歳になるまでに、
一緒に辺境伯領にも来て欲しいんだ」
「辺境伯領?」
なんだそれ、
めちゃ面白そうな響きだ。
「あぁ、ハーディマン公爵家は
辺境伯領とは縁続きなんだ。
それで俺の成人の儀式を
辺境伯領ですることになってな」
なんで?
と俺が首を傾げたからだろう。
ヴィンセントはハーディマン侯爵家と
辺境伯の繋がりを話してくれた。
それは俺がかつて
ハーディマン侯爵家の図書室で
読んだ過去の当主の
日記と同じ内容だった。
辺境の地を守るために
ハーディマン侯爵家の優秀な者は
辺境伯の当主として
迎え入れられることがある。
国の情勢が安定している
ここ数十年はそのようなことは
一度もないらしいのだが、
ハーディマン侯爵家の人間が
成人をした際は、
その者の優秀さを見極めるために
辺境伯領地で成人の儀をすることが
習わしなんだとか。
この世界では前世みたいに
成人式というのはない。
各領地で成人を迎えたら
儀式のようなものをする領もあれば、
お祝いパーティーだけをして
それで終わりにする家門もある。
もちろん、各家の懐事情もあるので
娯楽に使う余裕がない貴族や
平民は成人したからと言って
わざわざ何かをすることはない。
たまたまヴィンセントのところが
特殊なケースなだけで、
実際、俺の兄は来年には
学校を卒業して成人として
認められるのだが、
本人は学校の卒業パーティーが
成人のパーティーみたいなものだから
何もしなくて構わないとか言っている。
まぁ、そうは言っても、
父や母は何かするとは思うが。
ヴィンセントはすでに成人を
迎えてはいたが、
辺境伯領地は遠く、
成人の儀をするつもりは
なかったらしい。
だがここにきて、
辺境伯からぜひ領地に
来て欲しいと手紙が着たそうだ。
そこでせっかく行くのだから
俺を誘おうと思ったらしい。
「辺境伯領に行くとなると
数日では戻って来れないからな。
学校では全く会えなくなってしまったのに、
長期休みでも会えないのは……」
ヴィンセントはそこまで言って、
急に口を閉ざした。
なんだ?
会えないのは、寂しいとか
言ってくれるのか?
まさかな。
俺が期待をしてヴィンセントを
見つめると、ヴィンセントは
ふい、と耳を赤くして横を向いた。
「俺が離れていると
イクスは何をしでかすか
わからないからな。
心配で、辺境伯領になど
行ってられない」
なんだそりゃ。
そんなに俺は心配かけてるか?
ヴィンセントが過保護なだけだと思うが。
「だから、イクスが望むなら
俺から公爵殿に打診しようと思う。
いいか?」
ヴィンセントの言葉に
俺は、もちろん、と大きく頷いた。
旅行かー。
初めての経験だな。
長旅になるかもしれないから
魔術のことを書いたノートは
持って行っておこう。
時間が空いたらそれで
色々考えることができるし。
そう、俺はノートに日本語で
さまざまな魔術の考察を書き溜めている。
というか、考察にならないメモも
沢山書いている。
何故かと言うと……
俺は自動翻訳機が脳にあるので
文字は読める。
少し前にリカルドから貰った
妙な魔法のハウツー本みたいな本だって
俺は完璧に読めた。
だが、読んだだけでは
何もわからなかった。
何を言っているのかと思うかもしれないが、
本当なのだ。
たとえば
『光と水を重ねたら種になり、
樹であればしずくになる』
なんて書いてある。
はぁ?って思わないか?
文字を読めても言葉の意味が
わからないから、
何を書いてあるのかさっぱりわからない。
この意味がわかれば
本の表紙に書かれていた
『属性を変える』ということが
できるような気がするのだが、
これも、俺が勝手に思っているだけで
確信はない。
だけど、俺は何か
新しいことや気が付いたことなどは
常にノートに書くようにしている。
書いているうちに
気が付くこともあるだろうし、
法則性みたいなものに
気が付くかもしれないからだ。
古書の内容は
誰にも知られないように
気を付けねばならないが、
ノートに書いた日本語を
読める者がいるとは思えないし、
まぁ、持って行っても大丈夫だろう。
俺が色々考えていると
ヴィンセントの大きな手が
俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「嬉しそうな顔をしてるな」
「うん、なんか楽しみ」
俺がそう言うと、
ヴィンセントは満足そうに笑った。
473
お気に入りに追加
1,145
あなたにおすすめの小説

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる