41 / 214
魔法と魔術と婚約者
41:誤解で恋は加速する・3【ヴィンセントSide】
しおりを挟むイクスの驚く顔に、
俺はいたたまれなくなる。
何を言っているんだ。
そんなことを聞かれても
イクスだって困るだろう。
焦る俺の前で、
イクスは驚いた表情を
そのまま笑顔へと変化させる。
「エリオットさんは
恰好良かったよ。
剣に魔法を纏わせるのは
初めて見たし、
物凄く綺麗に見えたもん」
「……そうか」
そうだよな。
あの炎を纏う細い剣は
確かに迫力があるし見栄えがする。
ただあれはエリオットが
「炎の剣って、目立ちそうだし
きっと印象が良くなるぞ」と
威力ではなく見栄えで生み出したものだ。
つまり
「目立っておくと、
予算が下りやすいから」という理由で
研究して生み出したものだ。
簡単に言うと実践向きではなく
王族に対するパフォーマンス重視のものなのだ。
だがわざわざそれを否定するのも
大人気ないと思い、俺は黙った。
「でも、ヴィー兄様の剣は
迫力があって凄くカッコよかった。
僕はヴィー兄様の剣が
一番カッコイイと思うし
一番、好き」
その言葉に、俺の心は
一気に沸き立つ。
この笑顔は、俺のご機嫌を
取るためのものではないし、
忖度をした言葉でもない、
……と、思う。
「そうか。
俺は恰好良かったか?」
そう聞くと、
うん!と笑顔が振ってくる。
そうか。
俺はまだイクスにとって一番なんだよな。
俺はそう思うことで
なんとか冷静さを取り戻した。
大人気ないとは思うが、
イクスが憧れをもたないうちに
エリオットの腹黒さを暴露しておこうか。
俺がそんなことを考えているうちに
公爵家についてしまった。
俺がイクスをエスコートして
馬車から下りると、
すぐに公爵夫妻とレックスに出迎えられる。
よほど心配していたようだ。
まぁ、俺もだが。
俺は公爵に勧められるまま
公爵家の応接室に通され、
そこでイクスの話を聞くことになった。
イクスは相変わらずの笑顔で
クルト殿下たちと仲直りしたのだと言う。
それから王家の番犬と遊んだこと、
そして陛下とクルト殿下から
婚約の話が出た、などと
爆弾発言をした。
イクスはすべて冗談だと思っているようで、
陛下に断りを入れたのに
クルト殿下が台無しにしたとか、
婚約をしなくてもずっと幼馴染で
親友だって言ったら、
喜んで貰えたとか言う。
俺も公爵夫妻もレックスも、
誰も声を挟めなかった。
何と言えばいいかわからなかったし、
そもそも陛下もクルト殿下も
冗談では無かった、と思う。
だが「冗談では無かった」など
蒸し返すようなことは言えない。
また、公爵もクルト殿下のことを
幼馴染で親友だと
イクス本人が言っているのに
王家とは付き合うな、とは言えないのだろう。
気まずい空気が流れるが
イクスはお構いなしだ。
「そうだ。
ヴィー兄様、まだ時間はある?
良かったらお庭を見て行かない?
あのね。
昨日、僕の好きな花が
咲きそうだったんだ。
もしかしたらもう、咲いてるかも」
その言葉に俺は頷いて
公爵に席を立つ許しを得てから
イクスと一緒に庭へと出た。
さすがにあのまま
あの部屋に居続けるのは
息苦しい。
イクスは俺の手を引き、
いつも行く庭ではなく
奥の庭まで俺を連れて行く。
垣根を通りぬけると、
東屋が見えた。
その東屋には白い椅子とテーブルが
置いてあったが、その周囲を
鳥かごのような柵でおおっている。
その柵の両脇から
蔦が巻き付いていて、
柵を伝って上へ上へと伸びていた。
その蔓から大きな花が咲いている。
花は数多くあり、
薄い桃色や紫の花で、確かに美しい。
東屋に座ると、花の籠の中に
囚われているような感覚になる。
甘い花の匂いも心地よい。
「良い場所だな」
「でしょ?
この蔦はね。
これからもっと伸びるから
この東屋の日よけにもなると思うんだ」
イクスは言う。
俺たちは向かい合わせに座っていたが、
俺はイクスの視線を追って上を見た。
東屋の天井はまだ鳥かごのように
隙間が沢山あったが、
いずれは蔦が伸びて
日差しを遮るようになるのだろう。
自然の屋根というわけか。
「これはイクスが考えたのか?」
凄い発想力だと感心してしまう。
「え?あ、うん。
綺麗だと思って」
すごいな、と俺が褒めると
イクスは大人びた様子で
ありがとう、と笑う。
俺はその笑顔にドキリとした。
「それよりね、ヴィー兄様。
エリオットさんのこと、
もっと教えて欲しい」
エリオットのことを?
俺はまた気分が急降下する。
「イクスはエリオット先輩のことが
気になるのか?
そういえば、遊びに連れて行けとか
言っていたな」
「うん。だってさ。
ミゲルの好きな人だもん。
仲良くなって、ミゲルの恋を
応援してあげたいんだ」
物凄い笑顔で、
多くの情報がもたらされたので
俺の脳は情報を十分に処理できなかった。
「待て。
なんだって?」
「だから。
エリオットさんはね。
ミゲルがずっと好きだった人なの。
僕はミゲルがエリオットさんのことが
好きだってずっと聞いてたから
応援したくって。
そりゃ、
両想いになれるかどうかは
わからないし、僕が頑張っても
意味が無いかもしれないけど。
でも、でも。
ミゲルは一生懸命だったから。
ずっと見てるだけでいいなんて
言って欲しくなかったんだ」
必死な様子で言うイクスに
なるほど、と俺は心の底から安堵した。
そういうことか。
「それで友達になりたいと?」
「うん。エリオットさんと
友だちになって、一緒に遊びに
行けるようになったら
ミゲルを連れて行けるでしょ?
遊ぶ約束をした日、
僕は用事が出来たって言って
二人で出かけてもらうことだってできるし」
そんな可愛い策に
エリオットが騙されるとは思えないが。
だが一生懸命なイクスの顔を
曇らせるのは本意ではない。
仕方が無い。
俺も一肌脱ぐか。
いや、決してイクスを
エリオットに取られたくないとか
エリオットとミゲルが
くっつけば、いらぬ心配を
しなくて良いとか思ったわけではない。
可愛いイクスと、
その友人のために俺は動くのだ。
俺は心の中でそんな言い訳をしつつ、
「なら今度、俺がエリオット先輩を
誘ってやろう。
俺が一緒ならエリオット先輩も
来るだろうし、途中で
俺とイクスが抜ければいいのだろう?」
「ほんと!?
ありがとう。
ヴィー兄様、好き」
とイクスが立ち上がり、
俺に抱きついて来る。
俺は椅子に座ったまま
その体を受け止め、
ようやくモヤモヤし続けていた心が
平穏に戻るのを感じた。
ヴィー兄様、好き。
たったこれだけの短い言葉に
俺は振り回されていると思う。
思うのだが、
どうしようもない。
俺は認めたくない、が。
これが恋心だというのなら
振り回されても仕方が無いのだろう。
そう。
俺はずっとあやふやにしていた
イクスへの気持ちを
認識するしかないところまできている。
俺はイクスに惚れてる。
だがそれを自覚したからと言って
どうすることもできない。
まだイクスは子どもだ。
いや、もう12歳だが、
俺にとっては子どもみたいなもんだ。
そんなイクスに、恋をしてるなど
どう伝えればいいのか……。
それにイクスは俺のことを
好きだと言うが、
それが恋愛の意味なのかすら
俺にはわからない。
俺の心はせっかく平穏を
取り戻したと言うのに、
またすぐに不安になっていく。
どうしようもないな、俺。
俺は抱きついてきたイクスの身体を
ぎゅっと抱きしめると、
「遊びに行くの、楽しみだな」と
耳元で囁いた。
俺が唇をイクスの頬に近づけたからだろう。
頷くイクスの頬が赤く染まる。
俺はそれに気が付かない素振りで、
そっと頬に唇を押し当てた。
513
お気に入りに追加
1,147
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる