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魔法と魔術と婚約者
41:誤解で恋は加速する・3【ヴィンセントSide】
しおりを挟むイクスの驚く顔に、
俺はいたたまれなくなる。
何を言っているんだ。
そんなことを聞かれても
イクスだって困るだろう。
焦る俺の前で、
イクスは驚いた表情を
そのまま笑顔へと変化させる。
「エリオットさんは
恰好良かったよ。
剣に魔法を纏わせるのは
初めて見たし、
物凄く綺麗に見えたもん」
「……そうか」
そうだよな。
あの炎を纏う細い剣は
確かに迫力があるし見栄えがする。
ただあれはエリオットが
「炎の剣って、目立ちそうだし
きっと印象が良くなるぞ」と
威力ではなく見栄えで生み出したものだ。
つまり
「目立っておくと、
予算が下りやすいから」という理由で
研究して生み出したものだ。
簡単に言うと実践向きではなく
王族に対するパフォーマンス重視のものなのだ。
だがわざわざそれを否定するのも
大人気ないと思い、俺は黙った。
「でも、ヴィー兄様の剣は
迫力があって凄くカッコよかった。
僕はヴィー兄様の剣が
一番カッコイイと思うし
一番、好き」
その言葉に、俺の心は
一気に沸き立つ。
この笑顔は、俺のご機嫌を
取るためのものではないし、
忖度をした言葉でもない、
……と、思う。
「そうか。
俺は恰好良かったか?」
そう聞くと、
うん!と笑顔が振ってくる。
そうか。
俺はまだイクスにとって一番なんだよな。
俺はそう思うことで
なんとか冷静さを取り戻した。
大人気ないとは思うが、
イクスが憧れをもたないうちに
エリオットの腹黒さを暴露しておこうか。
俺がそんなことを考えているうちに
公爵家についてしまった。
俺がイクスをエスコートして
馬車から下りると、
すぐに公爵夫妻とレックスに出迎えられる。
よほど心配していたようだ。
まぁ、俺もだが。
俺は公爵に勧められるまま
公爵家の応接室に通され、
そこでイクスの話を聞くことになった。
イクスは相変わらずの笑顔で
クルト殿下たちと仲直りしたのだと言う。
それから王家の番犬と遊んだこと、
そして陛下とクルト殿下から
婚約の話が出た、などと
爆弾発言をした。
イクスはすべて冗談だと思っているようで、
陛下に断りを入れたのに
クルト殿下が台無しにしたとか、
婚約をしなくてもずっと幼馴染で
親友だって言ったら、
喜んで貰えたとか言う。
俺も公爵夫妻もレックスも、
誰も声を挟めなかった。
何と言えばいいかわからなかったし、
そもそも陛下もクルト殿下も
冗談では無かった、と思う。
だが「冗談では無かった」など
蒸し返すようなことは言えない。
また、公爵もクルト殿下のことを
幼馴染で親友だと
イクス本人が言っているのに
王家とは付き合うな、とは言えないのだろう。
気まずい空気が流れるが
イクスはお構いなしだ。
「そうだ。
ヴィー兄様、まだ時間はある?
良かったらお庭を見て行かない?
あのね。
昨日、僕の好きな花が
咲きそうだったんだ。
もしかしたらもう、咲いてるかも」
その言葉に俺は頷いて
公爵に席を立つ許しを得てから
イクスと一緒に庭へと出た。
さすがにあのまま
あの部屋に居続けるのは
息苦しい。
イクスは俺の手を引き、
いつも行く庭ではなく
奥の庭まで俺を連れて行く。
垣根を通りぬけると、
東屋が見えた。
その東屋には白い椅子とテーブルが
置いてあったが、その周囲を
鳥かごのような柵でおおっている。
その柵の両脇から
蔦が巻き付いていて、
柵を伝って上へ上へと伸びていた。
その蔓から大きな花が咲いている。
花は数多くあり、
薄い桃色や紫の花で、確かに美しい。
東屋に座ると、花の籠の中に
囚われているような感覚になる。
甘い花の匂いも心地よい。
「良い場所だな」
「でしょ?
この蔦はね。
これからもっと伸びるから
この東屋の日よけにもなると思うんだ」
イクスは言う。
俺たちは向かい合わせに座っていたが、
俺はイクスの視線を追って上を見た。
東屋の天井はまだ鳥かごのように
隙間が沢山あったが、
いずれは蔦が伸びて
日差しを遮るようになるのだろう。
自然の屋根というわけか。
「これはイクスが考えたのか?」
凄い発想力だと感心してしまう。
「え?あ、うん。
綺麗だと思って」
すごいな、と俺が褒めると
イクスは大人びた様子で
ありがとう、と笑う。
俺はその笑顔にドキリとした。
「それよりね、ヴィー兄様。
エリオットさんのこと、
もっと教えて欲しい」
エリオットのことを?
俺はまた気分が急降下する。
「イクスはエリオット先輩のことが
気になるのか?
そういえば、遊びに連れて行けとか
言っていたな」
「うん。だってさ。
ミゲルの好きな人だもん。
仲良くなって、ミゲルの恋を
応援してあげたいんだ」
物凄い笑顔で、
多くの情報がもたらされたので
俺の脳は情報を十分に処理できなかった。
「待て。
なんだって?」
「だから。
エリオットさんはね。
ミゲルがずっと好きだった人なの。
僕はミゲルがエリオットさんのことが
好きだってずっと聞いてたから
応援したくって。
そりゃ、
両想いになれるかどうかは
わからないし、僕が頑張っても
意味が無いかもしれないけど。
でも、でも。
ミゲルは一生懸命だったから。
ずっと見てるだけでいいなんて
言って欲しくなかったんだ」
必死な様子で言うイクスに
なるほど、と俺は心の底から安堵した。
そういうことか。
「それで友達になりたいと?」
「うん。エリオットさんと
友だちになって、一緒に遊びに
行けるようになったら
ミゲルを連れて行けるでしょ?
遊ぶ約束をした日、
僕は用事が出来たって言って
二人で出かけてもらうことだってできるし」
そんな可愛い策に
エリオットが騙されるとは思えないが。
だが一生懸命なイクスの顔を
曇らせるのは本意ではない。
仕方が無い。
俺も一肌脱ぐか。
いや、決してイクスを
エリオットに取られたくないとか
エリオットとミゲルが
くっつけば、いらぬ心配を
しなくて良いとか思ったわけではない。
可愛いイクスと、
その友人のために俺は動くのだ。
俺は心の中でそんな言い訳をしつつ、
「なら今度、俺がエリオット先輩を
誘ってやろう。
俺が一緒ならエリオット先輩も
来るだろうし、途中で
俺とイクスが抜ければいいのだろう?」
「ほんと!?
ありがとう。
ヴィー兄様、好き」
とイクスが立ち上がり、
俺に抱きついて来る。
俺は椅子に座ったまま
その体を受け止め、
ようやくモヤモヤし続けていた心が
平穏に戻るのを感じた。
ヴィー兄様、好き。
たったこれだけの短い言葉に
俺は振り回されていると思う。
思うのだが、
どうしようもない。
俺は認めたくない、が。
これが恋心だというのなら
振り回されても仕方が無いのだろう。
そう。
俺はずっとあやふやにしていた
イクスへの気持ちを
認識するしかないところまできている。
俺はイクスに惚れてる。
だがそれを自覚したからと言って
どうすることもできない。
まだイクスは子どもだ。
いや、もう12歳だが、
俺にとっては子どもみたいなもんだ。
そんなイクスに、恋をしてるなど
どう伝えればいいのか……。
それにイクスは俺のことを
好きだと言うが、
それが恋愛の意味なのかすら
俺にはわからない。
俺の心はせっかく平穏を
取り戻したと言うのに、
またすぐに不安になっていく。
どうしようもないな、俺。
俺は抱きついてきたイクスの身体を
ぎゅっと抱きしめると、
「遊びに行くの、楽しみだな」と
耳元で囁いた。
俺が唇をイクスの頬に近づけたからだろう。
頷くイクスの頬が赤く染まる。
俺はそれに気が付かない素振りで、
そっと頬に唇を押し当てた。
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