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子ども時代を愉しんで
27:古書屋
しおりを挟む古書屋は前世の古本屋みたいなものだった。
しかもチェーン店ではなくて、
古書街の、小さな古びた本屋みたいな感じの。
店の入り口は狭くて、
扉を開けると、かび臭い匂いがする。
でも、本の匂いだ。
店主は年老いた男性で、
リカルドとは顔なじみらしい。
リカルドは挨拶もそこそこに
新しい本はないかと
店主と話をしている。
俺もミゲルもヴァルターも
ただ珍しくて古い棚を
見上げるばかりだ。
本は本屋のように
綺麗に背表紙を揃えて
並べられているのではなく、
無造作に平積みにされている。
その奥にある棚に、
背表紙を見せて
並んでいる本も見えたが
どう見ても手に取れそうな感じではない。
ヴァルターはそもそも
古書にはあまり興味が無いらしく
物珍し気に周囲を見ていたが
本を手に取る気配はなかった。
ミゲルも本は好きそうだったが、
棚に平積みにされた本を
手に取る気にはならないのだろう。
ただ平積みの本を眺めるばかりだ。
俺も圧倒されていて
どうしたものかと思ったが、
ふと、棚の一番上に
奇妙な模様が描かれた本の
背表紙が見えた。
見たことも無い模様……だが、
俺の目にはそれが文字に見える。
遠いので、模様にも見えるし、
文字にも見える。
騙し絵を見ているような感覚だ。
俺はそばにいた護衛騎士に
その本を取ってもらった。
かなり古い本で
ぼろぼろだったが、
何度見ても、模様と文字が
重なって見える。
しかも本は分厚く、
百科事典みたいな大きさだった。
「それはかなり昔の古書だ」
リカルドと話をしていた店主が
いきなり俺に話しかけてきた。
「古すぎてところどころ
破けているし、色あせてもいる。
文字も古語で解読不可能。
何が書いているか
誰もわからないし、
誰も欲しがらないが、
捨てるわけにもいかないから
うちで置いてやってる」
まるで捨て犬を
仕方なく飼っているんだと
言うかのように店主は言う。
きっと本が好きなのだろう。
「僕、僕が買います」
もっとじっくり見てみたい。
「イクス様」
護衛騎士に名を呼ばれたが
お願い、と俺は手を合わせた。
「父様には僕がちゃんと言うから。
僕、この本が読んでみたいんだ」
「じゃが、古語で書かれた本だぞ」
店主が言う。
「いいんです。
珍しいですし、
この表紙の模様も綺麗です」
表紙に描かれた装飾も
文字に見える。
落ち着いて見てみないと
はっきりは言えないが、
歪な形で【魔術】と
書いているようにも見えるのだ。
「表紙が綺麗か。
まぁ、いい。
それなら金はいらないから
持って行きな」
「いいんですか?」
「あぁ、どうせ売り物にはならないし構わない」
店主の言葉に俺は勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいって。
リカルドの紹介だしな。
それで?
お前さんはどうする?」
何かと思うと、
リカルドの前にも本が置いてあった。
どうやら買うかどうか
迷っているらしい。
「欲しいことは欲しいのだが、
ちょっと高いぞ。
もう少し、値段を下げろよ」
「馬鹿をいうな。
店には価値が低くて、
値を付けることができない、
売れない本ばかりあるんだ。
売れる本を高く売るのは
当たり前だろう」
店主は呆れたように言う。
まぁ、もっともな言い分だけど。
俺は護衛騎士を見あげた。
護衛騎士は頷く。
「では、当家がお支払いいたします」
「え?」
護衛の声にリカルドは
驚いた顔をした。
俺はそんなリカルドに
今日のお礼です、と笑顔を作る。
「今日は突然のお願いだったのに、
無理をしてお付き合いいただきました。
そのお礼です。
父からお礼を、というと
大事になるかもしれませんし、
どうぞ、受け取ってください」
俺がそう言うと、
リカルドは少し考えてから
頷いた。
「ありがとう。
では、ありがたく受け取らせてもらうよ。
正直、公爵家から
お礼の品など届いたら
両親は驚いて腰を抜かすかもしれないね」
リカルドが柔軟な考え方を
持つ人で良かった。
俺たちは店主にお金を払い、
古書店を出た。
「イクス、それ本当に読むのか?」
店を出るなり、
ヴァルターが変な顔をして俺を見る。
俺が買った本は護衛騎士が
持ってくれている。
「うん。なんかおもしろそうだし」
「でも、古くてなんか汚いぞ」
「それが古書の良さだ」
リカルドが急に話に入ってくる。
「古いが、その分、
過去の歴史、過去の記憶が
本の中に詰まってるんだ。
素晴らしいと思だろう?」
同意を求められて
ヴァルターは曖昧な顔で笑う。
うん、困ってるな。
「そういう兄さんは
何の本を手に入れたの?」
ミゲルが助け舟を出すように聞く。
「古代魔法の本さ。
と言っても、古代魔法を
題材にした絵本みたいな
もののようだけど。
いつかは俺は古代魔法を
蘇らせたいと思ってるんだ。
その為に、古代魔法に関しての
資料ならなんだって読んでみたいんだ」
古代魔法か。
良くはわからないが、
昔は今よりも、人々は
もっと大きな魔法が使えて
それこそ、魔法で空中都市とか、
そう言うのがあったらしい。
まぁ、前世でいうファンタジーみたいなもので、
どこまで本当かはわからないが。
でも、そう言うのを蘇らせたいと言う気持はわかる。
やっぱりロマンだよな。
男はそう言うのを求めたいものなんだ。
俺も古代魔法の復活、
目指してみようかな。
とにかく今日は大漁だ。
クッキーに古書と、
欲しいものをゲットできて
俺は大満足だった。
その後、俺たちは馬車で
帰路についたのだが、
俺は早く手に入れた古書が読みたくて、
仕方が無い。
ヴァルターのタウンハウス、
リカルドとミゲルのタウンハウスの
順番で、馬車を回したのだが
最後にミゲルと別れる際、
ミゲルは俺を見て笑った。
「イクスはその本を読みたくて
仕方が無いって顔してます。
中身を見たら感想を聞かせてくださいね」
俺はその言葉に大いにうなずき、
ほくほくで公爵家に帰った。
だが、この時すでに、
俺の帰宅が遅くなり、
すでに家路についていた兄や
父が心配して、玄関前で
ウロウロしていることを
俺は知らなかったのだ。
もちろん、帰宅してすぐに
俺は心配していた父と兄に
小言を言われ、最後に
母に抱きしめられ。
結局その日は家族に
土産のクッキーを渡して
いつも以上に家族で過ごす時間を増やして。
俺は夜になってようやく解放された。
あまりに疲れていたので、
俺は結局古書を読まずにその日は寝た。
でもそれで良かったと思う。
何故ならその後の3日間。
俺はずっと自室に引きこもってしまったのだ。
学校が始まる日の朝、
リタの懇願する声をドアの外で聞くまで
俺はほぼ寝ずに、古書を読みふけった。
それぐらい、俺が手に入れた本は
素晴らしく……この世界を
変えかねないほどのものだったのだ。
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