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子ども時代を愉しんで

13:育つ恋(?)心【ヴィンセントside】

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 イクスの怪我がすっかり治った頃、
イクスたちが俺の領地に
遊びに来ることになった。

俺もこのまま長期休暇が
終わるまで公爵家に
滞在するのも気が引けると
思っていたので、屋敷に戻る
良いタイミングだったと思う。

帰省中の馬車の中では
イクスは始終、楽しそうだった。

公爵家の馬車だからか
領民たちが馬車を見かける度に
馬車に道を開けて頭をさげるのだが
イクスはいちいち、
それに反応して手を振っていた。

素直なイクスは純粋に可愛いと思う。

俺もこんな弟が欲しかったと
思うぐらいには、
イクスは可愛い。

馬車の中では
イクスが俺の膝に乗るという
ハプニングもあったが、
それすらも俺には
喜ばしいことだった。

突然、馬車が揺れて
イクスの身体が投げ出されたので
俺が慌てて腕を掴み、
イクスの身体を引き寄せたのだが。

そこからイクスは
俺にしがみついて
俺から離れようとしなかった。

レックスに言われて
俺から体を離したかと思うと、
何故かちょこん、と
俺の膝に座る。

レックスは自分よりも
弟が俺に懐いているのが
おもしろくないようだったが、
俺にヤキモチを焼くレックスを
見るのも、どこか優越感があって
嬉しかった。

それに俺にしがみついた
イクスの指が震えている。

怖かったのだろう。

身体が投げ出されたのだから
階段から落ちた時のことを
思い出したのかもしれない。

俺は無理にイクスを
膝から下すのではなく、
「しばらくはこのままでいい」
と言ったが。

その後、すぐに可愛い口が
「……好き」と呟く。

俺の胸に温かいものが
沸き起こる。

だがそれを隠して
「なんだ、膝に座るのが
そんなに好きだったのか」
と笑ってやると
レックスもその言葉に乗って来た。

きっとイクスが俺のことばかり
好きだと言うのが
気に入らないのだと思う。

なにせレックスも弟が
大好きだからな。

だがそんなレックスも、
馬車移動は疲れたようだった。

俺の屋敷に着いてすぐ、
二人が幼い頃から
屋敷に泊まりに来た時に
いつも使っている客間に
案内させたのだが、
俺が着替えてからその部屋に行くと
何やらイクスがレックスに
訴えている。

何かと思ったら、
イクスは森に行きたいらしい。

レックスは疲れたから
後にしたいらしいが、
イクスは、今がいいと言う。

俺はその話を聞いて
侍女に森に行くための準備をさせた。

レックスが一瞬、
顔を歪めたが無理に付いては来なかった。

ただし「怪我させるなよ」と
小さく俺に言って来たので
それだけは頷いておく。

イクスははしゃいだ様子で
要望を言うが、
全部叶えるのは時間的に無理だ。

1つに決めろと言うと、
森がいいと言う。

「冒険者ごっこ!」
と言われて腕ごと
手を繋がれた時はその小さな体に
少しだけ、ドキっとした。

だがその体の小ささや
肌の白さに、病み上がりだから
無理はできないと思う。

案の定、
イクスは少し歩くだけで
息を切らしていたし、
見ているだけでハラハラする。

俺は何度も声を掛け
こまめに休憩を取った。

それにしてもイクスは
色んなことを考える。

大きな葉を見つけると、
それに穴を3つあけて
顔に貼り付ける。

何かと思ったら
「おばけだぞー、がぉー」と
俺を驚かそうとした。

お化けが、がぉーとは
言わないと思うが、
俺は怖がった方が
良いのだろうか。

迷っているうちに
イクスは俺の反応に
少し唇を尖らせて、
今度は小さな草に目をやると
それを唇に当てて
笛のような音を出した。

これには驚いた。

「凄いな」

そう言うと、
でしょ!と嬉しそうに笑う。

俺が学校に入ってから
この森でイクスと
一緒に遊ぶことはなかったから、
イクスが物凄く成長したように感じた。

ただし、ターザンごっこ
というのは、さすがに無謀だ。

どう考えても、
イクスにできそうにない遊びだ。

俺であればできそうな気がするが、
イクスの腕力で、樹木のツルに
ぶら下がるなど、できるわけがない。

俺がそう指摘をすると
イクスがあまりにもしょんぼりするので
ツルを樹木に括りつけて
似たような感じの遊具を作ってやった。

どうやらイクスはツルで
遊びたかっただけで
俺が作った遊具をいたく気に入り、
俺が呆れるほど遊ぶ。

さすがに休憩を入れて、
イクスに水と干した果実を
渡してやると、冒険者の話になった。

「イクスは冒険者に興味があるのか?」

何気に聞いたのだが、

「うん。なんかカッコイイ。
一人でなんでもできるんでしょ?」

と言う。

俺は何故かおもしろくなくて
騎士だってすごいと主張してしまう。

「……騎士も一人でなんでもするぞ。
野営もするし、携帯食を持って
森で何週間も過ごすこともある」

嘘ではない。
だから騎士だってカッコイイ、
俺はそうイクスに言って欲しかっただけだ。

なのにイクスは、表情を曇らせる。

「騎士はさ、
カッコイイけど、心配」

「なにがだ?」

「冒険者は……何があっても
結局は自己責任だろ」

この言葉には驚いた。
10歳でそんな言葉を知っているのか。

いや、そこまで思慮深く
考えることができているのかと。

だからつい、語ってしまった。

「それでも、騎士は
護りたいものを守れるからな」

冒険者ではなく、
俺が騎士を目指す理由を。

俺の父は騎士団を率いている。

ハーディマン家は騎士の家系で、
長年、騎士団長はハーディマン家の
人間が担って来た。

もちろん、実力で、だ。

だから俺もいずれは
そうなりたいと思っている。

俺は大切なものは
全て俺の手元で、
自分で守りたい人間なんだ。

自分がいない場所で
大切な人が傷付くなど許せない。

そう思った時、
イクスが怪我をしたと
父に聞かされた時のことが
ふと思い出された。

あの時も俺は、
俺がその場にいたら
何があってもイクスを守ったのに。

そう思ったのだ。

「その……守りたいのなかに、
僕も入ってる?」

俺の気持ちも知らず、
イクスが聞く。

「当たり前だろう」

そう言うと、
イクスが俺にしがみついてきた。
「イクス?」

「何かあったら。
護りたいものを守れない時が来たら、
その時は、守らなくてもいい。
僕も、守ってくれなくていいから」

ぎゅっと俺のシャツを握るイクスに
俺は息を詰まらせる。

イクスは他人も自分も
守らなくていいから
ただ、俺自身を、
自分自身を守れ、と
そう叫んでいるように思えた。

心配してくれている嬉しさが
戸惑うぐらいに溢れてくる。

騎士とは誰かを守っても
それが「当たり前」だと
思われている節がある。

だが、騎士だって無敵ではない。
どんなに訓練をしても
怪我だってするし、
最悪命を落とすこともある。

俺はそういうものだと思っていた。

だが俺は自分が
命を落とすような
危機に陥ったとき、
こうして胸をしめつけるようにして
悲しむ人間がいるのだと
思い知らされた気がした。

生まれた時から
俺の父は騎士だったし、
母はおそらく父を心配したり
不安だったこともあるだろうが
このようにあからさまに
父や俺に示すことはなかったから。

俺は戸惑う。
イクスがどう言えば
安心するのかわからない。

結局俺はいつものように
イクスの髪を撫でた。

そして口から出た言葉は
「俺は強いから大丈夫だ」だった。

なんて安っぽい言葉だ。

それでもイクスは笑ったから。

俺はこいつを。
イクスをずっとそばで
守ってやりたいと、そう思った。


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