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子ども時代を愉しんで

11:可愛い俺の幼馴染【ヴィンセントside】

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 俺の名はヴィンセント・ハーディマン。
ハーディマン侯爵家の一人息子だ。

俺には2歳年下と、
5歳年下の幼馴染がいる。

兄がレックス・パットレイ
弟がイクス・バットレイ

二人とも領地が隣接している
バットレイ公爵家の子息たちだ。

領地が隣接していることと
父親同士が仲の良いこともあり
俺たちは幼い頃から
互いの家や領地を良く行き来していた。

2歳年下のレックスは
負けず嫌いで良く俺と
張り合ってきていたが

5歳年下のイクスは俺のことを
もう一人の兄と
認識しているように思う。

まぁ、俺はイクスが
赤ん坊のころから知ってるから
当たり前かもしれないが。

それに俺とイクスは
5歳も年が違うのだから
レックスのように
俺と張り合う気にも
ならなかったのだろう。

何をしても俺を尊敬のまなざしで
見上げてくる子供の視線は
心地よかったし、
慕われるのも純粋に嬉しい。

俺が学校に通うようになってからは
行き来する回数は減ったが、
それでも学校の長期休暇や
季節の変わり目、
互いの誕生日などには
手紙を書いたり、
領地に遊びに行っていたりした。

俺は15歳になり、
学校の高等部に進学して
それなりに忙しくしていた。

そろそろ始まる長期休暇も
毎年パットレイ公爵家に
出向いてはいたが、
今年は誘いを断ろうかと
思っていたぐらいだ。

そんな時だ。
イクスが大怪我をしたと
連絡が入ったのは。

俺は父からその話を聞いて驚いた。

しかもイクスは王宮での
お茶会で、王子たちの前で
階段から突き落とされたと言う。

俺は急いで父にイクスの
見舞いに行く許可を得ようと、
公約家に連絡を取ってもらった。

イクスは俺にとっても
可愛い弟のようなものだ。

心配だったが、
イクスの様態が落ち着くまでは
見舞いは遠慮して欲しいと
公爵家から連絡がきて、
俺はひたすらイクスの回復を
願うしかなかった。

そんな俺にイクスの見舞いの
許可が下りたのは、
学校の長期休暇が始まる頃だった。

許可が下りたのを聞き、
俺はすぐに俺は
パットレイ公爵家に向かった。

途中でレックスと落ち合い、
公爵家の門を馬車でくぐる。

馬車の中で俺はイクスの状態を聞き、
傷は随分良くなったことと、
イクスに記憶が無いことを伝えられた。

イクスを突き落とした身勝手な行為に
憤りを感じたし、
記憶が無いというイクスに
心配と不安が沸き起こるが
それでもレックスの話で、
命があっただけでも
良かったのだと言うことは理解した。

俺はとにかくイクスの顔が見たくて、
公爵家に着いた途端
家令への挨拶もそこそこに
玄関を開けてもらったのだが。

目の前に広がる大階段で
イクスの身体が落ちるのが見えた。

咄嗟に体が動いた。

考える余裕などなかった。

俺は荷物も掘り出して
階段を駆け上がる。

落ちてきた身体を掴み、
咄嗟に階段の手すりを握った。

正直、俺の腕力でイクスと
俺の体重を支え切れるかどうか
自信は無かった。

そんなことを考えている余裕も無かったのだ。

実際にイクスを抱き留めた時の
衝撃は大きかったが、
思った以上にイクスの身体は
軽くて、負担が少なかったことが幸いした。

俺の腕の中で、
イクスは体を震わせている。

よほど怖かったのだろう。

「気を付けろ、
寿命が縮んだぞ」

俺の声にイクスは
驚いた顔をした。

何も言わず、
俺を見たまま、身体を硬直させる。

「どうした?
大丈夫か?
イクス?」

まさか怪我でもしたのかと
様子をうかがうが、
そういう様子はない。

俺は階段から落ちた恐怖で
身体がこわばっているのだと判断し、
イクスを抱き上げた。

本当に軽い。

元気になったら、
栄養がある物を
沢山食べさせてやろう。

俺がイクスを抱き上げると
すぐにレックスが俺のそばにきた。

そのままイクスをベットに運んだが、
そこで問題が生じてしまう。

イクスが俺のシャツを掴んで
離さないのだ。

おそらく恐怖心で指が
こわばり固まっているのだと
思うのだが、
無理に離すのも気が引けて
俺はシャツを脱いで
イクスにシャツを握らせたままにした。

この屋敷は子どものころから
出入りしていたし、
俺がシャツを脱ぐくらいで
顔をしかめる者はいない。

俺がシャツごと
震えるイクスの指を
両手で包んでやると、
イクスは少しだけ表情をやわらげた。

そんなイクスにレックスが
ヤキモチを焼くように
俺とイクスの手を引きはがす。

「イクスは兄様がいるからね」

と、いつだってレックスは
俺と貼り合おうとするのだ。

「はは、相変わらず、
弟が大好きなんだな」

つい、そんなことを言ってしまう。

なにせ、レックスが俺と張り合うのは
弟のイクスが絡むときだけだからだ。

一応、俺もイクスを諫めるつもりで
声を掛けたが、そう言えば
イクスは記憶が無いのだと思い至った。

そこで自己紹介をして、
ついでにレックスを揶揄ってやることにする。

「イクスは俺を
ヴィー兄様、とヴィー兄様と
呼んで慕ってくれたが、
レックスは、イクスに兄は
僕一人だとヤキモチを焼いて大変だったよ」

俺が言うとレックスは
すぐに咬みつくように言う。

「ヤキモチじゃないから。
だってほんとのことだろ」

思った通りの反応に、
俺は笑った。

が。

「ヴィー兄さま?」

戸惑う様にイクスが言うので
俺が頷くと、そのままイクスは
言葉を続ける。

「一緒に……川で遊んだ?」

まさか、思い出したのか?

驚く俺の前でイクスが
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「うん……まだ、曖昧だけど……
川で遊んで……僕が、転んだ……?」

「そう、そうだよ!
僕とヴィンセントと一緒に
川で遊んでたらイクスが
足を滑らせたんだ」

レックスが興奮したようにいう。

「そうだ。
僕が川に尻もちをついて、
それで……」

俺もその時のことを思い出した。

小さなイクスが
いきなり川で転んで焦ったのだ。

大慌てで抱き上げたが、
イクスは泣くどころか
俺の顔を見て笑った。

物凄く、力強い
太陽みたいな笑顔だった。

それから、イクスはこういったのだ。

「ヴィー兄さま、
カッコイイ、好き」と。

あの時からだと思う。

イクスが俺の後をついて歩くようになったのは。

俺も弟ができたみたいで
嬉しくなったことを思い出した。

レックスが部屋を飛び出してから
俺はイクスに聞く。

「俺のこと、思い出した?」

イクスは頷くが、
全ての記憶が戻ったわけではないらしい。

だが、俺がきっかけで
記憶が戻ったなんて、
優越感が沸き起こる。

だって家族や……レックスでは
無理だったんだろう?

なのに俺に会うなり
記憶が戻るなんて
嬉しいじゃないか。

俺はイクスの記憶を
補充するように自己紹介の
続きをする。

イクスの髪をなでてやると、
イクスは嬉しそうな顔をした。

なのにすぐに
その顔を曇らせる。

「どうした?
何か不安か?」

そう聞いたが、
イクスは首を振るだけで何も言わない。

確かに階段から突き落とされたり
記憶を失ったり、
短期間で色んなことがあり過ぎた。

その上、急に記憶が戻ったなど
不安にならないわけがない。

俺はベットに半身を起こしているイクスを
そっと抱き寄せた。

「大丈夫だ。
そばにいるから安心しろ」

小さくて幼い背中を
さすってやると、
イクスは猫みたいに甘える仕草をする。

俺はそんな姿に嬉しくなり、
さらに、やんわりとイクスの身体を抱きしめた。

思えばこのとき沸き起こった
優越感が、俺がこの恋に気づく
最初のきっかけだったのかもしれない。


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