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子ども時代を愉しんで
10:子どもらしく
しおりを挟むヴィンセントの領地、というか
ハーディマン侯爵家の領地は
自然に恵まれた豊かな土地だった。
屋敷はもちろん、大きくて
使用人たちも沢山いたし、
俺たちを歓迎してくれたのだが。
それよりも俺は
屋敷の裏手にある森に
視線が釘付けだった。
森の方から川が流れてきていて
屋敷のすぐそばを通っている。
一部、川の水を屋敷の庭に
取り込んで景観を作っているようだ。
「にーさま、探検しよう!
森! 森で!」
俺は侍女に部屋まで
案内されたが
部屋に着くなり
すぐに兄に提案した。
兄は苦笑して
「まずはゆっくりしよう」と言う。
だがダメだ。
俺は今すぐ遊びたい。
「じゃ、じゃあ、川は?
川なら屋敷のすぐそばだし」
「子どもは元気だなぁ」
なんて兄は言うが、
兄だってまだ13歳だろう?
何を言っている。
そんな俺たちのところに
着替えを済ませたヴィンセントが
やってきた。
「着替えもせずにどうした?」
と言われて俺は「森!」と答えた。
兄が、遊びに行きたいらしい、と
肩をすくめて言うと、
ヴィンセントはすぐに、
そうか、と言い、そばに居たリタと
ハーディマン侯爵家の侍女に
何やら準備をするように言う。
「イクス、まずは着替えてからだ」
ヴィンセントに言われて、
俺はリタに差し出された服に
着替えることにした。
半袖の、いかにも裕福な平民っぽい服だ。
それから森に入るのなら
長袖の方が良いと
薄手の上着まで渡される。
俺は兄を見たが、
兄は馬車移動で疲れたらしく
いっしょに行く気力が無い、
とうなだれた。
ヴィンセントはそんな兄に
「子守りはまかせろ」と笑った。
「子守りじゃないし」
と俺は言うが、
ヴィンセントが差し出してきた
大きな手に、文句は消えた。
素直に手を繋ぐと、
ヴィンセントは侍女から
何やら鞄を受け取る。
「何が入ってるの?」
「飲み水とか、おやつだな」
「やった!
じゃあさ、じゃあ、森で
探検しよう。
じゃなくて、冒険者ごっこ!」
俺はヴィンセントの腕に
身体ごと絡みつく。
「その後、川に行きたい!
魚、獲れるかな?
にーさまに、
その魚を食べさせてあげよう!」
俺が言うと、
ヴィンセントは苦笑した。
「まだ初日だ。
今日はどれか一つにしておこう。
明日からの愉しみが無くなるぞ」
確かに。
「じゃあ、今日は森で
冒険者ごっこがいい」
俺の言葉にヴィンセントは頷いて
俺を森に連れて行ってくれた。
控えめに言って最高だった。
イクスの身体はあまり健康的ではなく、
というか、怪我をして療養してたから
筋肉も体力も落ちていたのだと思う。
ちょっと遊んだら
息が切れてきて、
休憩ばかりだったが、
それでも木に登ったり、
ターザンごっこもした。
ターザンごっこをしようと言った時は
ヴィンセントは首を傾げたが
俺が木のツタを持って、
これで別の木に飛び移るのだと言うと
ヴィンセントは真顔で俺を見た。
「イクスは両手で
自分の体重を支えられるのか?」
当たり前だ!
と思ったが、本当にできるかは自信が無い。
「それに次の木に本当に
飛び移れるのか?
無理だった場合、
どうやって着地するんだ?」
そうだよな。
前世では、そういうのは遊具があって、
ちゃんと着地場所も安全に作られていた。
だが今は自然の樹木だ。
冷静に考えて、
出来る気がしない。
というか、
ツタにぶら下がって
そのまま落ちずにいる自信すらない。
落ち込む俺に、
ヴィンセントはツタを使って
即席のブランコみたいなものを
作ってくれた。
長いツタを輪にして
枝に括りつけて、
俺はその輪に座れば
ターザンみたいに揺れて、
ぽん、と地面に飛び移るのだ。
さすがに「あ~あ、あ~」と
叫ぶことはしなかったが、
なかなかに気持ち良かった。
俺は何度もツタで作った
即席ブランコで遊んで
ヴィンセントと一緒に水筒の水を飲む。
大きな樹木の下に並んで座ると
沢山の葉が照りつく日差しを遮って
心地よい風が汗を乾かしてくれる。
おやつと言って差し出されたのは
干した果実だった。
これはこれで、冒険者っぽい。
干した果実は口に入れると
固かったけれど、
甘酸っぱくて美味しかった。
「うまいか?」
ヴィンセントに聞かれて
俺は頷く。
「本物の冒険者も
こうやって森で水飲んだり
固形食食べたりするのかな?」
「イクスは冒険者に興味があるのか?」
「うん。なんかカッコイイ。
一人でなんでもできるんでしょ?」
「……騎士も一人でなんでもするぞ。
野営もするし、携帯食を持って
森で何週間も過ごすこともある」
俺はびっくりした。
「それはヴィー兄さまもするの?」
「そうだな。
騎士になったらそう言う訓練もある」
「大丈夫?
あぶなくない?」
俺が心配したのに、
ヴィンセントは目を丸くして
また笑う。
「あぶなくないように
訓練するんだ」
それはまぁ、そうだろうけど。
「騎士はさ、
カッコイイけど、心配」
「なにがだ?」
「冒険者は……何があっても
結局は自己責任だろ。
どの依頼を受けるかも
自分で選べるし、
そのうえで何かあったとしても
それは自分が決めた結果だ。
でも、騎士は違う。
任務は自分で選べないし、
それに……」
無能な上司がいたら、
理不尽な命令をされたら。
それでも任務であれば、
騎士は命を懸けなければならないのだ。
それは理不尽過ぎる。
そこまではさすがに言えなくて
俺が言葉を濁すと、
大きな手が俺の頭を優しく撫でる。
「それでも、騎士は
護りたいものを守れるからな」
「守りたいもの?」
「そうだ。
冒険者1人では、守れるものの
数もしれているだろう。
だが騎士は違う。
統率の取れた騎士団だからこそ、
多くの国民を守ることができるし、
この領地も。
家族も、友人も、大切な者を
みんなで守るんだ」
優しい声だったけれど、
ヴィンセントの瞳は息を飲むほどに
澄んでいて、強い光を保っている。
「その……守りたいのなかに、
僕も入ってる?」
何言ってんだ、俺。
「当たり前だろう」
そう言われて、
俺はヴィンセントにしがみついた。
「イクス?」
「何かあったら。
護りたいものを守れない時が来たら、
その時は、守らなくてもいい。
僕も、守ってくれなくていいから」
怪我しないで。
死なないで。
そんな想いが溢れて来て。
ヴィンセントは俺の髪を撫でながら
「俺は強いから大丈夫だ」と
穏やかに言ってくれた。
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