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番外編<SIDE勇>
2:恋愛がうまくいきそうです
しおりを挟む悠子ちゃんになって、
僕は悠子ちゃんの生活もわかってきた。
仕事は、ほんとに忙しくて。
でも、悠子ちゃんの体が覚えていてくれるので
できないことはない。
悠子ちゃんは貯金を使ってもいいって言ってくれたけど、
そういうわけにもいかない。
それに。
悠子ちゃんの預金通帳を見て、その金額に驚いた。
ものすごい大金で、
僕はこんなの、使えるわけない、って思った。
悠子ちゃんの周りは女性ばかりで、
僕は気が楽だった。
工場のおばちゃんたちは、
僕が話さなくても
たくさんおしゃべりをしてくれて、
お菓子なんかも貰った。
最初は遠慮したけど「ダイエットでもしてるのかい?」と
心配そうにされたので、ありがたく貰うことにしたのだ。
そうして生活していくうちに僕は
「何も与えなくても」愛されるし
与えてもらうのに「見返り」は必要ないのだと知った。
悠子ちゃんの場所は、居心地が良かった。
居酒屋のバイトでは、
たまに閉店間際になると
店長さんの知り合いだという女性が
一人で来るようになった。
悠子ちゃんとは顔見知りみたいで、
やたらと話しかけてきてくれる。
腐女子がどうとか、美形がどうとか、
萌えとか推しとか、半分以上わからない単語で
話をしてくるので、あいまいに笑顔で返事をしている。
困っていると必ず店長さんが声を掛けてきてくれて、
「一般人を困らせるな」と女の人に言うと
「一般人だから腐った世界に引き込みたいのよ」
と物騒な会話をして笑う。
でも僕は気が付いてしまった。
この店長さんは、彼女のことが好きなんだ。
店長さんはちょっと大柄で、
男の人が苦手な僕は最初は怖かったけど。
でも、このお店のことやお客さんのことを
とても大切にしているのは、すぐにわかった。
常連さんばかりのようだけど、
店長さんはいつも来るお客さんの顔を見ると
笑顔で名前を呼ぶ。
いつも飲むお酒を、注文が入る前に準備して、
手が空くと、サービスだと言って、
お客さんが好きな料理を一品、小鉢程度だったけど
作ってごちそうしていた。
お客さんが喜ぶ顔が見たいのだと笑う店長さんは
かっこいいと思った。
この女の人がお店に来たら、
いつも奥からお客さんの名前を呼ぶのに、
店長さんは必ず厨房から出てきて、
「ここに座れ」とカウンターの椅子を引く。
厨房から見える位置で、女性はもっとスマートに
エスコートしてよ、なんて言いながらその椅子に座る。
そんなやりとりが微笑ましくて、
僕は二人の仲を応援することにした。
閉店後、店長さんにあの女性のことを聞くと、
学生時代の同級生で、彼女はずっと学生の頃から
あの調子だったらしい。
つまり、腐った世界がどうとか、
美形が好きとか、
ハンサムは愛でるものだとか。
そういう話しばかりしていて、
周囲はドン引きだったそうだが、
店長さんはそんな彼女が面白くて、
気にするようになったのだとか。
どんな時でも自分の好きなことを主張して、
周囲の目など気にせず生きる彼女の強さに惹かれたと
店長さんは少しお酒が入った口調で言う。
「ただ、アイツは美形好きだからなー。
俺みたいな体育会系は眼中にないだろうがな」
なんて店長さんは笑って見せたけど。
僕は「そんなことないですよ」とは言えなくて。
でも、店長はかっこいいです。って
良くわからないことを言ってしまった。
しかし、それ以来、
僕は彼女を気にするようになってしまった。
そうなると、必然的に、彼女と目が合うようになり、
話を頻繁にするようになった。
そしてある日、
僕は閉店間際に店長さんが
厨房の片づけをしているとき、
ホールの片づけをしていたら彼女に呼び止められた。
「ねぇ」
「はい?」
「あなた、アイツのこと、
かっこいいって言ったってホント?」
彼女が店長さんのことを顎で指す。
店長さんは大きなシンクを洗っていた。
「はい。店長さんってかっこいいですよね」
笑って答えると、彼女は口を閉ざした。
「いいわねー、無邪気で」
無邪気…僕や悠子ちゃんには合わない言葉だ。
「アイツがカッコいいのは、
私だって知ってるわよ。
あいつのこと、どれだけ見てたと思うのよ。
……あとから来て、
無邪気に言うなんて、酷いじゃない?」
酔っているのだろうか。
あまり見ない彼女のトゲトゲした声に、
僕はこの女性も店長さんのことが好きなんだと気が付いた。
「店長さんはハンサムじゃないけどいいんですか?」
「ハンサムは愛でるのが
最高だって言ってるでしょ?
そばにいるなら…顔なんて関係ないわよ。
私はこんなんだから、
一緒にいる友達は私と同じ趣味の子ばかりで。
そりゃ、美形が好きとか、
推しキャラを一生愛するとか思ってるし
愛が溢れて口に出しちゃうけど、
それが一般的にどう思われるかも
ちゃんと理解しているの。
でも、好きなのに、
コソコソ隠れて楽しむなんて変でしょ?
それで離れて行く人は、私とは縁がなかったって
諦めることにしたのよ。
でも、アイツは違っていた。
私が何を言っても笑って聞いてくれたし…
だって男同士の恋愛本が好きって言ったら、
普通、男の人は嫌がるもんでしょ?」
まぁ、僕はドン引きです。
って、男同士の恋愛が好きだったの?!
え?
この人、女性…だよね?
「アイツはたぶん、意味なんてわかってなかったと思うけど、
私が話すのをずっと聞いてくれて、
頑張ったな、って大きな手で頭を撫でてくれたり…とか。
かっこよすぎかよ!って思うじゃん。
兄貴かよ!とか。
私はアニキ派じゃないっての」
なんだかよくわからなくなってきた。
「えっと。お姉さんは、店長さんのことが好きなんですよね?」
まず、基本的なことを聞いておこう。
「そ、そうよ! 悪い!?」
お姉さんは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「なんだ、良かった」
安心した。
「何がよ」
「店長さんが、お姉さんの好みはハンサムな人だから
好きになってもらえないって、悩んでたから」
あ、こういうのって、本人に言ったらダメだったんだろうか。
これって、店長さんがお姉さんのこと好きって
言ってるみたいだし。
お姉さんはさらに顔を真っ赤にした。
「おい、何を騒いでるんだ?」
店長さんが厨房から顔を出した。
「おい、なんだ。
顔、真っ赤じゃねーか。
飲みすぎだよ、飲みすぎ。
送って行くから、ちょっと待ってろ。
あ、悠子ちゃんも今日はあがっていいぞ」
「はい。
お疲れ様でした」
僕は素直に返事をした。
あの二人…うまくいくといいなー。
恋愛とか怖かったけど、本当は良いものなのかもしれない。
胸の中が、ほわほわしている。
僕も、あんな風に誰かに「好き」って
思ってもらえる日が来るのかな。
来たらいいな。
僕はもう死んでいるのに、そんなことを思った。
だからかもしれない。
翌日、工場で働いていたら、
休憩中におばちゃんたちとの恋愛話に発展してしまい、
僕が……悠子ちゃんが、彼氏がいないという話になってしまった。
「やっぱりねー。
悠子ちゃんは真面目で頑張り屋さんだけど、
恋とかしてなさそうだもんねー」
しみじみとおばちゃんに言われ、
僕は申し訳ない気分になる。
悠子ちゃんが恋愛できなかったのは
僕が悠子ちゃんにベッタリ甘えていて、
自立できていなかったからだ。
「ねぇ、それならうちの息子と今度会ってみない?」
チョコレートをカバンから取り出し、
皆に配っていたおばちゃんがそんなことを言う。
「あら、いいわね。
息子さんって年はいくつなの?」
「24歳よ。24にもなって彼女の一人もいないんだから
心配で心配で」
息子さんにしてみたら大きなお世話かもしれないけれど。
こんな風に心配してくれるお母さんがいたらいいな、って
僕は思った。
「じゃあ、次の日曜日。
デートしましょうよ」
「え?」
急に話がまとまっていく。
「息子も日曜日はいつも家でゴロゴロしてるし大丈夫よ」
なんておばちゃんは笑っていて。
僕はひたすら、あわあわしていたが。
「そんな大げさに考えなくてもいいのよ。
友達を作るって思えばいいんだから」
「……ともだち」
僕はものすごく魅力的な提案に思った。
僕は施設以外の子と友達になったことなど無かったから。
仕事のこととか相談できるのも悠子ちゃんしかいない。
ぼくは「いらない子」だったけど。
僕も友達、作ってもいいのかな?
「いいでしょ? 会うだけ、ね?」
押しの強いおばちゃんに、僕はうなずいてしまっていた。
ごめん!悠子ちゃん。
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