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第6話 友達の家
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――あの白いアパートの隣の家、見える?
――壁が木の家?
――そうそう。あれさ、この子の家なんだってー。近くて羨ましいよねー。
――まじかよ! ギリギリまで寝てられんじゃん!
――ちょっと、やめてよー。
学校に近い家の同級生。
創の彼女への第一印象は、それだけだった。
人類滅亡が公表され、それでも勉強をするために学校に来る生徒の中にたまたまいたから、たまたま話すようになった。
終末にできた、最後の友達。
「意外と遠い」
教室の窓から見た時は一分もかからず辿り着けると思っていた家は、校門を出てから体感で三分ほどかかった。
途中の大通りの信号にかかっていれば、五分はかかったかもしれない。
彼女の家は、他の家よりも粒子化が進んでいた。
表札は半分以上が消滅しており、彼女の名字を読み取ることは不可能だ。
年季の入った門は胸の高さまでしかない木造で、創が押せばすぐに開いた。
バキッ。
「あ」
そして壊れた。
元々錆びついていた留め具が粒子化によって耐久力を失っており、創の一押しで止めを刺された。
両開きの扉の内、創の右側の門は倒れ、左側の門は開いた状態で動きを止めた。
創はしばらく倒れた門を見ていたが、どうせ怒る人もいないだろうと、そのまま歩き始めた。
玄関扉のドアノブを回せば、施錠部分が粒子化によって壊れていたようで、扉は簡単に開いた。
「お邪魔します」
創は家の中に声をかけ、中へ入る。
玄関で靴を脱ぎ、廊下に一歩踏み出す。
ペタンという足音が家中に響き、それ以外の音はない。
どこに何の部屋があるかわからないまま適当に扉を開けていく。
キッチンの流し台には、洗われていないお皿が三枚。
リビングには、直前まで誰かが使っていたのかと思うほどへこんだクッション。
洗面所には、洗濯籠に入った衣類。
浴室の水気はとっくに飛んでおり、床は乾いて水滴のひとつもない。
「二階かな」
一階の探索を終え、創は二階へと上がる。
階段に近い部屋の扉を開けると、ふんわりと良い香りがした。
白いカーペットの上には小さなテーブルが置かれ、テーブルの上にはテレビのリモコンが置かれている。
テーブルを挟んで小さなテレビと白いソファが置かれ、ソファには三匹のテディベアが座っていた。
白のテディベアに、黒のテディベアに、茶色のテディベア。
三つのテディベアたちは、映っていないテレビをじっと見つめている。
そして、部屋の奥にはベッドが置かれ、ベッドの上には少女が一人眠るような表情で仰向けになっていた。
創は思わず足を止め、ごしごしと目を擦る。
自宅にも、通学路にも、学校にもいなかった人間という生き物が、創の目の前にいるのだ。
ようやく見つけたという嬉しさが滲みだし、創はそっとベッドへ近づく。
「久しぶり」
創は、見知った顔へと声をかけた。
彼女は、反応を示さなかった。
小さな寝息を立てて、すやすやと眠り続けている。
創はベッドに座り、彼女の近くに手を伸ばす。
起こそうか、起こすまいか、そもそも起こすことができるのか。
悩んだあげく、創は彼女の肩に触れ、彼女を軽く揺すった。
「おはよう。朝だよ」
彼女の体は左右に揺れ、しかし一向に目覚める気配はない。
目を覚まさせようと強めに揺らしても、彼女は何も変わらない。
「起きてる?」
揺すっても、声をかけても、頬っぺたを軽くたたいてみても、彼女が起きることはなかった。
気持ちよさそうに、寝息を立て続けていた。
「起きない、か」
安眠薬は、眠るように永眠させる薬。
その説明が正しければ、彼女が起きないのは当然である。
彼女は眠り続けるしかない。
粒子化が始まる、その日まで。
アラームごときで目覚めた創が異常なのだ。
創は決して彼女が目を覚まさないことを悟り、肩から手を離す。
そして、視線が彼女の肩から胸部に移る。
何をしても起きないということは、何をしても問題にならないと言い換えられる。
創は、すっと浮かんできた映像に従って手を伸ばし、直後に手を止める。
無防備な女子を前にして、全くと言っていいほど性欲が湧き出てこなかった。
むしろ、心の中を撫でたくもない動物を撫でなければならないに等しい強制感が支配した。
安眠薬は、恐怖を喪失させる薬。
そして、性欲とは生存本能、つまり死への恐怖から生まれるものだ。
恐怖を失った創は、自身の持つ本能の消失、あるいは変化に気づいた。
創は、自身の手を彼女の胸部に近づける代わりに、不自然な位置に置かれていた彼女の腕をとり、彼女の胸の前で手を組ませた。
その姿はまるで、棺桶の中で安らかに眠る人間だ。
そして、ソファに置いてあったテディベアをとってきて、彼女の顔の周りへと置く。
葬式の作法に明るくない創なりの、見様見真似の供養だ。
創はベッドの横に立ち、眠る彼女に手を合わせる。
「お休みなさい。どうか、安らかに」
人類滅亡後、創があった初めての人間。
人間に会えた喜び、二度と話すことはないだろう悲しみ。
二つの感情を教えてくれた彼女に、創は精一杯の感謝を示した。
「生きてる間に、もっと話しておけばよかったな。今更だけど」
その後、創は彼女の部屋を物色する。
元々の目的は、モバイルバッテリー探しだ。
シェルフを開き、中を確認しては元通りにして閉じる。
ラックの上に置かれた物を手にとっては、元の位置に戻す。
ここは、彼女の部屋。
彼女が最後に残した形を維持しようという、創なりの礼儀である。
「あった」
部屋を物色した創は、彼女の鞄の中からモバイルバッテリーを発見した。
粒子化によって穴が開いていないことを確認した後、自身のスマートフォンへ差し込んだ。
創のスマートフォンがぶるりと震え、充電が開始された。
「これ借りて……。いや、もらっていくね」
彼女にそう告げた後、創は彼女の部屋を後にした。
部屋の中の彼女は、依然寝息を立てて眠っている。
まるで、明日には何食わぬ顔で目を覚ましてそうなほど、自然な寝顔で。
――壁が木の家?
――そうそう。あれさ、この子の家なんだってー。近くて羨ましいよねー。
――まじかよ! ギリギリまで寝てられんじゃん!
――ちょっと、やめてよー。
学校に近い家の同級生。
創の彼女への第一印象は、それだけだった。
人類滅亡が公表され、それでも勉強をするために学校に来る生徒の中にたまたまいたから、たまたま話すようになった。
終末にできた、最後の友達。
「意外と遠い」
教室の窓から見た時は一分もかからず辿り着けると思っていた家は、校門を出てから体感で三分ほどかかった。
途中の大通りの信号にかかっていれば、五分はかかったかもしれない。
彼女の家は、他の家よりも粒子化が進んでいた。
表札は半分以上が消滅しており、彼女の名字を読み取ることは不可能だ。
年季の入った門は胸の高さまでしかない木造で、創が押せばすぐに開いた。
バキッ。
「あ」
そして壊れた。
元々錆びついていた留め具が粒子化によって耐久力を失っており、創の一押しで止めを刺された。
両開きの扉の内、創の右側の門は倒れ、左側の門は開いた状態で動きを止めた。
創はしばらく倒れた門を見ていたが、どうせ怒る人もいないだろうと、そのまま歩き始めた。
玄関扉のドアノブを回せば、施錠部分が粒子化によって壊れていたようで、扉は簡単に開いた。
「お邪魔します」
創は家の中に声をかけ、中へ入る。
玄関で靴を脱ぎ、廊下に一歩踏み出す。
ペタンという足音が家中に響き、それ以外の音はない。
どこに何の部屋があるかわからないまま適当に扉を開けていく。
キッチンの流し台には、洗われていないお皿が三枚。
リビングには、直前まで誰かが使っていたのかと思うほどへこんだクッション。
洗面所には、洗濯籠に入った衣類。
浴室の水気はとっくに飛んでおり、床は乾いて水滴のひとつもない。
「二階かな」
一階の探索を終え、創は二階へと上がる。
階段に近い部屋の扉を開けると、ふんわりと良い香りがした。
白いカーペットの上には小さなテーブルが置かれ、テーブルの上にはテレビのリモコンが置かれている。
テーブルを挟んで小さなテレビと白いソファが置かれ、ソファには三匹のテディベアが座っていた。
白のテディベアに、黒のテディベアに、茶色のテディベア。
三つのテディベアたちは、映っていないテレビをじっと見つめている。
そして、部屋の奥にはベッドが置かれ、ベッドの上には少女が一人眠るような表情で仰向けになっていた。
創は思わず足を止め、ごしごしと目を擦る。
自宅にも、通学路にも、学校にもいなかった人間という生き物が、創の目の前にいるのだ。
ようやく見つけたという嬉しさが滲みだし、創はそっとベッドへ近づく。
「久しぶり」
創は、見知った顔へと声をかけた。
彼女は、反応を示さなかった。
小さな寝息を立てて、すやすやと眠り続けている。
創はベッドに座り、彼女の近くに手を伸ばす。
起こそうか、起こすまいか、そもそも起こすことができるのか。
悩んだあげく、創は彼女の肩に触れ、彼女を軽く揺すった。
「おはよう。朝だよ」
彼女の体は左右に揺れ、しかし一向に目覚める気配はない。
目を覚まさせようと強めに揺らしても、彼女は何も変わらない。
「起きてる?」
揺すっても、声をかけても、頬っぺたを軽くたたいてみても、彼女が起きることはなかった。
気持ちよさそうに、寝息を立て続けていた。
「起きない、か」
安眠薬は、眠るように永眠させる薬。
その説明が正しければ、彼女が起きないのは当然である。
彼女は眠り続けるしかない。
粒子化が始まる、その日まで。
アラームごときで目覚めた創が異常なのだ。
創は決して彼女が目を覚まさないことを悟り、肩から手を離す。
そして、視線が彼女の肩から胸部に移る。
何をしても起きないということは、何をしても問題にならないと言い換えられる。
創は、すっと浮かんできた映像に従って手を伸ばし、直後に手を止める。
無防備な女子を前にして、全くと言っていいほど性欲が湧き出てこなかった。
むしろ、心の中を撫でたくもない動物を撫でなければならないに等しい強制感が支配した。
安眠薬は、恐怖を喪失させる薬。
そして、性欲とは生存本能、つまり死への恐怖から生まれるものだ。
恐怖を失った創は、自身の持つ本能の消失、あるいは変化に気づいた。
創は、自身の手を彼女の胸部に近づける代わりに、不自然な位置に置かれていた彼女の腕をとり、彼女の胸の前で手を組ませた。
その姿はまるで、棺桶の中で安らかに眠る人間だ。
そして、ソファに置いてあったテディベアをとってきて、彼女の顔の周りへと置く。
葬式の作法に明るくない創なりの、見様見真似の供養だ。
創はベッドの横に立ち、眠る彼女に手を合わせる。
「お休みなさい。どうか、安らかに」
人類滅亡後、創があった初めての人間。
人間に会えた喜び、二度と話すことはないだろう悲しみ。
二つの感情を教えてくれた彼女に、創は精一杯の感謝を示した。
「生きてる間に、もっと話しておけばよかったな。今更だけど」
その後、創は彼女の部屋を物色する。
元々の目的は、モバイルバッテリー探しだ。
シェルフを開き、中を確認しては元通りにして閉じる。
ラックの上に置かれた物を手にとっては、元の位置に戻す。
ここは、彼女の部屋。
彼女が最後に残した形を維持しようという、創なりの礼儀である。
「あった」
部屋を物色した創は、彼女の鞄の中からモバイルバッテリーを発見した。
粒子化によって穴が開いていないことを確認した後、自身のスマートフォンへ差し込んだ。
創のスマートフォンがぶるりと震え、充電が開始された。
「これ借りて……。いや、もらっていくね」
彼女にそう告げた後、創は彼女の部屋を後にした。
部屋の中の彼女は、依然寝息を立てて眠っている。
まるで、明日には何食わぬ顔で目を覚ましてそうなほど、自然な寝顔で。
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