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第7話 帰宅
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「ぼくのモバイルバッテリーは粒子化していたけど、彼女のはしていなかった」
自宅への帰り道。
創は彼女の部屋から持ってきたモバイルバッテリーを眺めながら、歩いていた。
「彼女も、粒子化をしていなかった。家に彼女以外がいなかったことを思うと、彼女の両親は、おそらく粒子化して消滅した後だったのだろうな」
学校と彼女の家。
二つの場所を見て気になったことをメモするように、創は口に出す。
「粒子化には、時間差があるということ? じゃあ、その差の理由は何? 何が違うんだろう。年齢?」
確認するには、高齢者の住む家と子供の住む家にいくつか入り、高齢者と子供の粒子化している割合を比較すればいい。
しかし、通学路にある家の家族構成を、通常どれだけ覚えているものだろうか。
創は、どの家にどんな人が住んでいたかを思い出すことができず、ふと浮かんだ思いつきをそのまま消した。
同時に、自分の掌を見る。
粒子化が始まっていない綺麗な手。
いつか粒子化が始まるかもしれない綺麗な手。
果たして、粒子化は眠っている人間にだけ起こるのか。
それとも、起きていようが起こるのか。
粒子化している瞬間、痛みはないのか。
それとも、激痛が走るのか。
全身の何割が粒子化すれば、死に至るのか。
粒子化した後はどうなるのか。
意識は粒子の中に残るのか。
それとも、死と同じく無に帰すのか。
創の中に、無数の疑問が溢れ出てくる。
どれもこれも、簡単に答えの出せない問いばかりだ。
学校のテストの方が、よほど簡単。
もしも、学校の図書室に粒子化に関する本が何冊か置かれていれば、本の内容をヒントに答えを出せたのかもしれない。
しかし、本がなかった以上、役に立つのは既に持っている知識と状況からの推測だけだ。
創は、歩きながらあたりを見回す。
未知には、野良犬も野良猫も、虫一匹も飛んでいない。
「眠っている生物だけに起こるとしたら、犬や猫までいないのはおかしくないかな。犬や猫に安眠薬を飲ませるって話はなかったし。寝ていなくても起こるってことかな。それとも、犬や猫の粒子化の速度が速くて、夜に寝ている数時間だけで、十分消滅できるとか?」
浮きだす疑問。
書きだす仮説。
気が付けば、創はニ十分の道のりを歩き終え、自宅の前に立っていた。
「ただいま」
玄関の扉を開く。
自宅の中は、創が出る前と何も変わらない沈黙を保っていた。
創は自分の部屋に戻り、ナップサックを床に置く。
そして、ナップサックの中からスマートフォンを取り出し、電源を入れた。
モバイルバッテリーによってスマートフォンは正常に充電されており、起動を示す映像とともに、バッテリー残量七十パーセントが表示された。
感謝すべきは、高速充電という人類の技術。
スマートフォンの画面には、創の見知ったインストール済みのアプリがずらりと並んでいる。
ただし、ネットワークへの接続状況は接続なしを示しており、インターネットに繋がっている前提で動作するアプリたちは使い物にならない状況であった。
表示される天気も、三月三十一日のままだ。
創は、SNSのアプリケーションをタップする。
アプリケーションは正常に起動し、フォローしているユーザーの投稿がずらりと並ぶ。
全て、三月三十一日までの投稿だ。
別れの挨拶。
日常。
ネタ。
知ったところで意味のない情報が、創に流れ込んでくる。
その無駄が、創の気持ちを少しだけ楽にさせた。
日常が近くに残っていることが、非日常を薄れさせた。
例え、もう投稿者が全員亡くなっているとしても。
次に創は、地図のアプリケーションをタップした。
アプリケーションは正常に起動し、自宅周辺の地図情報が表示される。
最近の地図アプリケーションは通信環境の悪い場所であっても表示できることを売りにしており、インターネット環境がない世界においても問題なく使用できた。
創は表示される範囲を思いっきり広げ、画面の中に日本全体を表示させた。
日本地図の上に置かれる、現在地を示す一つの点は、表示されることはなかった。
GPSは、機能していなかった。
最後に創は、メモ帳のアプリケーションをタップした。
アプリケーションは正常に起動し、過去にメモした内容の一覧が表示される。
勉強の事、買いたい物、寝ぼけて書いた物。
何の気なしに入力した過去の自分の意思が残っていた。
「うん。これなら、大丈夫そうだ」
創が欲しかったのは二つ。
地図とメモ。
スマートフォンの電源がある限りという制約はつくが、創が必要とするツールは手に入った。
自分以外の人類がいないと確信してから、創はずっと考えていた。
自分は今後、何をしようかと、
安眠薬により恐怖を失った創は、自死をすることさえ選択肢にあった。
両親も友達も、他の全員が死んだのであれば、自分もさっさと死んでしまおうかと考えていた。
ただ一人生きる大変さを考えれば、死は究極の安息だ。
一方で、なぜ自分だけ目覚めたのかという理由も脳にこびりついていた。
人間は、何かに生きる意味を見出そうとするものだ。
自分が目覚めたことに、創は意味が欲しかった。
そうでなければ、創の目覚めは余りにもむごい。
学校から自宅に変える間、空っぽの町やいつも通り生える植物を眺めながら、創は考えた。
眠るように死んでいる同級生の姿を思い返し、創は考えた。
生きるについて考えた。
結論、創は死ぬのをやめた。
死ぬのは、いつでもできるのだから。
しかし、死ねば創が目覚めた理由も、一人で生きている理由もわからずじまい。
創は、生きるを観測することに決めた。
生きている自分。
生きていた他人。
生きている世界。
生きるとは何なのか。
探す範囲は、この世界全て。
そのために、地図とメモは必須だった。
地図があれば、日本全国どこへでも行ける。
メモがあれば、わかったことを残しておける。
創は、眠りにつく世界を旅することを決めていた。
一つでも多くの生きるを知るために。
「よし」
創は、貴重なスマートフォンのバッテリー残量を守るため、スマートフォンの電源を落とした。
「あ」
同時に、パキッという小さな音とともに、スマートフォンから光の粒子が一つ飛び出した。
飛び出した場所には小さな穴が開いており、スマートフォンの画面が有無を言わさず暗転した。
創が何度スマートフォンの電源を入れても、スマートフォンは二度と起動することはなかった。
「……参ったな」
創がスマートフォンからモバイルバッテリーを引っこ抜くと、モバイルバッテリーからも光の粒子が一つ飛び出した。
自宅への帰り道。
創は彼女の部屋から持ってきたモバイルバッテリーを眺めながら、歩いていた。
「彼女も、粒子化をしていなかった。家に彼女以外がいなかったことを思うと、彼女の両親は、おそらく粒子化して消滅した後だったのだろうな」
学校と彼女の家。
二つの場所を見て気になったことをメモするように、創は口に出す。
「粒子化には、時間差があるということ? じゃあ、その差の理由は何? 何が違うんだろう。年齢?」
確認するには、高齢者の住む家と子供の住む家にいくつか入り、高齢者と子供の粒子化している割合を比較すればいい。
しかし、通学路にある家の家族構成を、通常どれだけ覚えているものだろうか。
創は、どの家にどんな人が住んでいたかを思い出すことができず、ふと浮かんだ思いつきをそのまま消した。
同時に、自分の掌を見る。
粒子化が始まっていない綺麗な手。
いつか粒子化が始まるかもしれない綺麗な手。
果たして、粒子化は眠っている人間にだけ起こるのか。
それとも、起きていようが起こるのか。
粒子化している瞬間、痛みはないのか。
それとも、激痛が走るのか。
全身の何割が粒子化すれば、死に至るのか。
粒子化した後はどうなるのか。
意識は粒子の中に残るのか。
それとも、死と同じく無に帰すのか。
創の中に、無数の疑問が溢れ出てくる。
どれもこれも、簡単に答えの出せない問いばかりだ。
学校のテストの方が、よほど簡単。
もしも、学校の図書室に粒子化に関する本が何冊か置かれていれば、本の内容をヒントに答えを出せたのかもしれない。
しかし、本がなかった以上、役に立つのは既に持っている知識と状況からの推測だけだ。
創は、歩きながらあたりを見回す。
未知には、野良犬も野良猫も、虫一匹も飛んでいない。
「眠っている生物だけに起こるとしたら、犬や猫までいないのはおかしくないかな。犬や猫に安眠薬を飲ませるって話はなかったし。寝ていなくても起こるってことかな。それとも、犬や猫の粒子化の速度が速くて、夜に寝ている数時間だけで、十分消滅できるとか?」
浮きだす疑問。
書きだす仮説。
気が付けば、創はニ十分の道のりを歩き終え、自宅の前に立っていた。
「ただいま」
玄関の扉を開く。
自宅の中は、創が出る前と何も変わらない沈黙を保っていた。
創は自分の部屋に戻り、ナップサックを床に置く。
そして、ナップサックの中からスマートフォンを取り出し、電源を入れた。
モバイルバッテリーによってスマートフォンは正常に充電されており、起動を示す映像とともに、バッテリー残量七十パーセントが表示された。
感謝すべきは、高速充電という人類の技術。
スマートフォンの画面には、創の見知ったインストール済みのアプリがずらりと並んでいる。
ただし、ネットワークへの接続状況は接続なしを示しており、インターネットに繋がっている前提で動作するアプリたちは使い物にならない状況であった。
表示される天気も、三月三十一日のままだ。
創は、SNSのアプリケーションをタップする。
アプリケーションは正常に起動し、フォローしているユーザーの投稿がずらりと並ぶ。
全て、三月三十一日までの投稿だ。
別れの挨拶。
日常。
ネタ。
知ったところで意味のない情報が、創に流れ込んでくる。
その無駄が、創の気持ちを少しだけ楽にさせた。
日常が近くに残っていることが、非日常を薄れさせた。
例え、もう投稿者が全員亡くなっているとしても。
次に創は、地図のアプリケーションをタップした。
アプリケーションは正常に起動し、自宅周辺の地図情報が表示される。
最近の地図アプリケーションは通信環境の悪い場所であっても表示できることを売りにしており、インターネット環境がない世界においても問題なく使用できた。
創は表示される範囲を思いっきり広げ、画面の中に日本全体を表示させた。
日本地図の上に置かれる、現在地を示す一つの点は、表示されることはなかった。
GPSは、機能していなかった。
最後に創は、メモ帳のアプリケーションをタップした。
アプリケーションは正常に起動し、過去にメモした内容の一覧が表示される。
勉強の事、買いたい物、寝ぼけて書いた物。
何の気なしに入力した過去の自分の意思が残っていた。
「うん。これなら、大丈夫そうだ」
創が欲しかったのは二つ。
地図とメモ。
スマートフォンの電源がある限りという制約はつくが、創が必要とするツールは手に入った。
自分以外の人類がいないと確信してから、創はずっと考えていた。
自分は今後、何をしようかと、
安眠薬により恐怖を失った創は、自死をすることさえ選択肢にあった。
両親も友達も、他の全員が死んだのであれば、自分もさっさと死んでしまおうかと考えていた。
ただ一人生きる大変さを考えれば、死は究極の安息だ。
一方で、なぜ自分だけ目覚めたのかという理由も脳にこびりついていた。
人間は、何かに生きる意味を見出そうとするものだ。
自分が目覚めたことに、創は意味が欲しかった。
そうでなければ、創の目覚めは余りにもむごい。
学校から自宅に変える間、空っぽの町やいつも通り生える植物を眺めながら、創は考えた。
眠るように死んでいる同級生の姿を思い返し、創は考えた。
生きるについて考えた。
結論、創は死ぬのをやめた。
死ぬのは、いつでもできるのだから。
しかし、死ねば創が目覚めた理由も、一人で生きている理由もわからずじまい。
創は、生きるを観測することに決めた。
生きている自分。
生きていた他人。
生きている世界。
生きるとは何なのか。
探す範囲は、この世界全て。
そのために、地図とメモは必須だった。
地図があれば、日本全国どこへでも行ける。
メモがあれば、わかったことを残しておける。
創は、眠りにつく世界を旅することを決めていた。
一つでも多くの生きるを知るために。
「よし」
創は、貴重なスマートフォンのバッテリー残量を守るため、スマートフォンの電源を落とした。
「あ」
同時に、パキッという小さな音とともに、スマートフォンから光の粒子が一つ飛び出した。
飛び出した場所には小さな穴が開いており、スマートフォンの画面が有無を言わさず暗転した。
創が何度スマートフォンの電源を入れても、スマートフォンは二度と起動することはなかった。
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