転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~

浅海 景

文字の大きさ
上 下
52 / 60

許容範囲

しおりを挟む
教室に戻ればセルジュはロザリーとともに会話を交わしていた。一瞬不安に襲われたが、ロザリーの表情とセルジュの表情を見比べれば熱量の差は明らかだ。すぐにこちらに気づいたセルジュの瞳によぎった感情を見て、クロエはしっかりとした足取りでセルジュの元へと向かった。

「ご歓談中に申し訳ございません」

婚約者であってもセルジュとの間には歴然とした階級の差があり、邪魔をしてしまった可能性も考慮して、丁寧に頭を下げて詫びる。
顔を上げればセルジュの表情に不快な陰りはなく、ロザリーはあからさまに眉をひそめているが、こちらは予想していたこともありクロエはそのまま言葉を続ける。

「セルジュ様、少しだけお時間を頂けないでしょうか?」
「授業を放棄した挙句、殿下に何の御用ですの?大切な妹君はよろしいのですか」

不快感を隠そうとしない声音のロザリーに、クロエはちらりと視線を向けたが、すぐにセルジュの方に顔を向けた。ロザリーにセルジュとの会話を邪魔する権利はないし、ましてやセルジュの代わりに用件を尋ねることもまた非礼に当たる。

「申し訳ございませんが、ロザリー様に申し上げることではありません」
丁重に、だがきっぱりと拒否したクロエの言葉にロザリーは柳眉を逆立てた。

「まあ、公に出来ないようなお話ですの?セルジュ様はお優しいから仰らないけれど、些末な事で無駄にするお時間なんてないことをお分かりにならなくて?大方貴女の妹君のことなのでしょうけど、たかが平民の娘のことで煩わせないでいただきたいわ」

(ここまでだわ)
これ以上は看過できないと判断したクロエはこつりと一歩前に踏み出して、ロザリーを見据えた。

「ロザリー様は先ほどからセルジュ様の代弁者のように振舞っておりますが、それはセルジュ様のご意向でしょうか?」

静かな口調に教室内のざわめきがぴたりと止んだ。ロザリーも予想外の反論に眉をひそめるものの、咄嗟に反応ができないようだ。

「アルカン侯爵令嬢にそのような許可を与えていないよ」
追い打ちをかけるかのようにセルジュが否定して、ロザリーの表情に動揺が走る。

「侯爵令嬢ごときが断りもなく第二王子殿下の言葉を代弁して良いものではありません。弁えなさい!」
大きな声ではないが、凛とした声と毅然とした態度で告げればロザリーが怯んだ。その隙を見逃さず、クロエは言葉を連ねる。

「それからアネットは平民ではなくて、ルヴィエ侯爵家の次女です。このような公の場で不適切な発言をお控えくださいませ。当家への侮辱行為と受け取られかねませんわ」
格下だと思っていたクロエから窘めるように告げられて、ロザリーは激高したようにまくし立てた。

「でもあの娘の母親が身分の低い平民なのは事実だわ。そんな娘の姿がちょっと見えないぐらいで大げさに騒ぎ立てるほうが恥ずかしいのでは――」
「何故ご存知なのですか」

ロザリーの言葉が終わらないうちにクロエが鋭い声で問い質すと、ロザリーの肩がびくりと震えたが、クロエは追及の手を緩めるつもりはなかった。

「アネットは体調不良だと先生は仰ったのに、ロザリー様はアネットが不在であることをご存知のご様子。あの子がどこにいるのか、教えていただきましょう」

声を荒げるわけでもなく静かな声音を保ったままだが、クロエの迫力に気圧されたようにロザリーは助けを求めるかのように、視線を走らせる。
だが周囲の令嬢たちも固唾を呑んで見守るばかりで、侯爵令嬢であるクロエに反論する者はいない。

「セルジュ様、護衛の方を一人お貸しいただけないでしょうか?アネットの行方が分からない状況にございます。ロザリー様は何かご存知のようですが、わたくしではお話いただけないようですので」

事情を聞くためにわざわざ武芸に秀でたセルジュの護衛を借りる、その意図を察したロザリーは青ざめながら、慌てて話し始めた。

「わ、わたくしは何も知らないわ!ただあの娘が子爵令嬢と一緒に門を通り抜けてどこかへ出かけていくのを見かけただけよ!」
「その子爵令嬢とは、どなたのことですか?」
既に答えは分かっていたが、それでもクロエは訊ねずにはいられなかった。

「貴女が暴力を振るったエミリア・トルイユ子爵令嬢よ」

勝ち誇ったように告げるロザリーの様子から、恐らく虚偽の証言をしているわけではないだろう。そう考えればこれ以上ロザリーから有益な情報を引き出せる可能性は低い。エミリアが関係しているのならば、嫌な予感が膨らんでいく。

「クロエ」
セルジュの呼びかけに顔を上げると、ぎゅっと抱きしめられてクロエは一瞬固まった。婚約者ではあるが、人前でこのように抱擁を交わすのは些かはしたない行為だ。

「ごめん、クロエ。私が悪かった」
その言葉に罪悪感のようなものを感じ取って顔を上げれば、セルジュの顔には珍しく余裕がなく、焦りのようなものが浮かんでいる。

「セルジュ様?」
「少し……状況が変わった。アネット嬢にも関係する話だ」
躊躇いがちな口調にクロエは急に息苦しさを感じ、心の中でアネットの無事を必死で祈ることしか出来なかった。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

推ししか勝たん!〜悪役令嬢?なにそれ、美味しいの?〜

みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは前世で読んだラノベの世界で、自分が悪役令嬢だったとか、それこそラノベの中だけだと思っていた。 だけど、どう見ても私の容姿は乙女ゲーム『愛の歌を聴かせて』のラノベ版に出てくる悪役令嬢・・・もとい王太子の婚約者のアナスタシア・アデラインだ。 ええーっ。テンション下がるぅ。 私の推しって王太子じゃないんだよね。 同じ悪役令嬢なら、推しの婚約者になりたいんだけど。 これは、推しを愛でるためなら、家族も王族も攻略対象もヒロインも全部巻き込んで、好き勝手に生きる自称悪役令嬢のお話。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...