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第1章
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「もういいよ。君、クビね」
あっさりとバイトを解雇された佑那は、肩を落としながら家へと向かう。
「うう、やっぱり駄目だった……」
心機一転とばかりに不慣れな接客業、しかもスピードを求められる居酒屋でのアルバイトを始めたのだが、一週間もしないうちに見切りをつけられた。接客スタッフではなく洗い場スタッフだったが、初日から毎日のように食器を割り続け、コミュニケーションも満足に取れないのだから悪いのは自分だと分かっている。それでも不要だと面と向かって言われるのは辛い。
内向的な性格を変えたくて、知り合いのいない都市圏の大学に合格したことをきっかけに一人暮らしを始めたのは1か月前。大学も始まっているのに、未だに友達ができないのは極度の人見知りゆえだ。
誰かと知り合うたびに行なう自己紹介は大の苦手で、18歳ともなればその機会は何度もあったはずなのに、どうしても緊張して声が出せなくなるのだ。
家族や昔からの友人の前では普通に話せるのに、よく知らない相手だと途端に心臓がぎゅっと苦しくなる。
その原因が頭にちらついて、佑那は嫌な光景を振り払うように小さく呟いた。
「クビになっちゃたんだから、これ以上考えても仕方ないよね」
悲観的で楽観的、そう自分を評した親友の言葉は間違っていないのだろう。努力でどうにもならないこと、それは過去や相手の感情など無理やり変えることができないものに直面した時、佑那はもういいやと放り出してしまうのだ。
(次はあんまり人と関わらない仕事を探そう)
その翌日に衝撃的な出来事に巻き込まれることになるのだが、そんな決意を胸に佑那は帰途に着いたのだった。
一夜明けて少し気分が回復したが、すぐに仕事を探し始める気にはならない。
気分転換も兼ねて佑那は散歩がてら近所にある図書館に行くことにした。昔から読書が好きで、色んな世界や人物、考え方に触れるととても自由な気持ちになる。
週末明けのせいか利用者が少なく、外国語の書籍が陳列されている地下の書庫には誰もいなかった。幼い頃呼んだ本や両親の影響もあって佑那は他の国の言葉を学ぶことが好きだ。
(フランス語とかドイツ語とかも学んでみたいけど、広東語とかも面白そうだよね)
そんなことを考えながら本棚をぼんやり眺めていると、一瞬違和感を覚えた。
不思議に思ってもう一度ゆっくり眺めてみれば、背表紙に見慣れぬ外国語が記された本がまぎれていたのだ。どこの国の言葉だろうかとワクワクしながら手に取ってみると、ずっしりと重たく、装幀も滑らかな革張りで高級感がある。読めない文字にも関わらずどんな本か気になって頁を開いた途端、眩しい光に襲われて佑那は意識を失った。
どこかで女性の悲鳴を聞いた気がして目が覚めた。視界に光沢のある藍色のカーペットが映る。
(あれ、ここどこだっけ?っていうか何でこんなとこで寝てたんだろう?)
疑問に思いながらも体を起こすと見覚えのない室内に、佑那はぽかんと口を開けて目を瞬いた。見渡す限り本棚が並んでいるが、広さも本の数もさっきまでいたはずの図書館と全く違う。見慣れない外国語の本を手にとったところまでは覚えているけど、夢だったのだろうか。
「……いや、どちらかといえばこっちが夢だけど、リアルすぎじゃない?――いっ、いひゃい」
思わず頬っぺたを思い切りつねってみるが普通に、というかとても痛い。
すぐに手を放すが、ひりひりした痛みは残ったままだでどうやら夢ではなさそうだ。
さすがにじわりと不安を覚えていると、扉が乱暴に開く音と慌ただしげな足音が聞こえてきた。
そして現れた人物たちを目にした瞬間、佑那はさらに混乱した。甲冑を纏い兵士のような恰好をしている数人の男達と中世の貴族のような服装にローブをまとっている男性が一人。
(え、映画の撮影、とかじゃないよね……)
現実離れした光景にそんな考えが浮かぶが、本能が違うと訴えている。あっけにとられた佑那にローブの男性が、何やら険しい表情で話しかけてくるが全く理解できない。
(何言ってるか全然わからないし、何か雰囲気が怖い)
どこの言葉か見当もつかず、ただ動揺するばかりの佑那に苛立ったのか、兵士の1人が剣を抜き、周囲の兵士たちが何かを囁き合っている。実物を見たことはないのに、何故かそれが本物だと本能が訴えてくる。
混乱が一気に恐怖に変わった。
――このままじゃきっと殺される。
「ちょっと待って!そういうのやめよう、暴力反対!」
思わず叫べば、ぴたりと会話がやみその場がしんと静まり返った。
「え……何で?言葉通じた?」
そんな訳ないと思いながらも独り言のように呟けば、兵士とローブの男性が視線で何事かを会話している。
(そのアイコンタクトはどっち?!)
声を発したことで良い方悪い方どちらに転がったのかと様子を窺うが、その表情からは何も読み取ることが出来ない。
不意にローブをまとった男性が一歩前に出て手を伸ばし、佑那の頭に触れた。驚いて後ずさろうとしたが、咎めるような目で睨まれたため動きを止める。
言葉が分からずとも意思が伝わるのは良いことだが、この場合はあまり嬉しくない。若干現実逃避気味に自分の精神状態について考えていると、男性はそのまま何かを唱え始めその声が途切れた瞬間、急に頭にヒヤリとしたものを感じた。
「――私の言葉が分かりますか?」
「あ、分かります! え、何で急に?あなたは日本語を話せるのですか!?」
思わず前のめりで尋ねる佑那に、男性は丁寧な口調ながらもどこか探るような目を向ける。
「ニホンゴとやらは分かりませんが、あなたが我々の言葉を理解できるように術をかけました」
「はい?」
(ジュツ――術ってどういう意味?)
知りたいような、知りたくないような不安な気持ちとともに嫌な予感が湧き上がってくる。
「さて、言葉が通じるようになったところで教えていただきましょう。私はフィラルド王国筆頭魔術師のウィルといいます。あなたは何者で、そして何の目的で城内に侵入したのですか?」
フィラルド王国など聞いたことがない。それに魔術師というファンタジーの世界でしか耳にしない単語とくれば、もう間違いないだろう。
(うっわー、これはあれだ、ラノベやマンガでよくある異世界転移だよ!!あれ、転移であってるよね?私、死んだ覚えないし……)
若干ずれたことを考えていると、じっと佑那から目を離さずにいる魔術師――ウィルの視線で先ほどの質問に答えていなかったことに気づく。
聞きたいことが山ほどあったが、どうやら佑那はお城に不法侵入しているらしい。わざとじゃないことを分かってもらえなければ、また命の危険に晒されるかもしれないと慌てて話し始める。
「あの、わざとじゃないんです!気づいたらここにいて、怪しい者じゃありません」
ウィルの表情はぴくりとも動かないが、その瞳に猜疑心が宿っているように感じて佑那はますます焦ってしまう。
「本を読もうとしただけで、本当に……何でここにいたのか分からないんです。だから、その――ごめんなさい!」
説明しようとすればするほど、言い訳のように感じられて拙い自分の言葉がもどかしくて涙が出そうだ。
(嘘だと思われたらどうしよう……でも逆の立場だったら絶対に不審者扱いすると思う)
自分の考えにますます動揺する佑那だったが、ぽつりと聞こえてきた声でその場の雰囲気が変わった。
「……まさか、本物なのか」
先ほどまでの険しい表情から一転して、ウィルは真剣な表情で佑那を見つめていた。背後にいた兵士たちも途端に敬意を表するように胸に手を当てている。
(本物……まさか本物の不審者っていうことじゃないよね?)
そう考えてどういう意味なのか尋ねてみようと口を開きかけたとき、淡い萌黄色のドレスが視界に映った。
「――姫、こちらに来てはなりません!」
「大丈夫よ、ウィル。だってお姿といいタイミングといい、伝承どおりなのでしょう」
鋭い制止の声に構うことなく、姫と呼ばれた女性は柔らかく微笑んだ。
「ウィルが結界を施したこの城に魔物は容易に侵入できないし、普通の人間が警備の目に留まらずにここにたどり着けるわけがないわ」
それから嬉しそうな表情を佑那に向ける。
「わたくしはフィラルド国王女のグレイスと申します。この者たちの非礼をどうかお許しください――異世界の救世主様」
(うわー、本物のお姫様なんて初めて会った……)
優雅に一礼したグレイスを見ながらぼんやりとした感想しか浮かばない自分は、あまりの展開に現実逃避しようとしていたのかもしれない。
あっさりとバイトを解雇された佑那は、肩を落としながら家へと向かう。
「うう、やっぱり駄目だった……」
心機一転とばかりに不慣れな接客業、しかもスピードを求められる居酒屋でのアルバイトを始めたのだが、一週間もしないうちに見切りをつけられた。接客スタッフではなく洗い場スタッフだったが、初日から毎日のように食器を割り続け、コミュニケーションも満足に取れないのだから悪いのは自分だと分かっている。それでも不要だと面と向かって言われるのは辛い。
内向的な性格を変えたくて、知り合いのいない都市圏の大学に合格したことをきっかけに一人暮らしを始めたのは1か月前。大学も始まっているのに、未だに友達ができないのは極度の人見知りゆえだ。
誰かと知り合うたびに行なう自己紹介は大の苦手で、18歳ともなればその機会は何度もあったはずなのに、どうしても緊張して声が出せなくなるのだ。
家族や昔からの友人の前では普通に話せるのに、よく知らない相手だと途端に心臓がぎゅっと苦しくなる。
その原因が頭にちらついて、佑那は嫌な光景を振り払うように小さく呟いた。
「クビになっちゃたんだから、これ以上考えても仕方ないよね」
悲観的で楽観的、そう自分を評した親友の言葉は間違っていないのだろう。努力でどうにもならないこと、それは過去や相手の感情など無理やり変えることができないものに直面した時、佑那はもういいやと放り出してしまうのだ。
(次はあんまり人と関わらない仕事を探そう)
その翌日に衝撃的な出来事に巻き込まれることになるのだが、そんな決意を胸に佑那は帰途に着いたのだった。
一夜明けて少し気分が回復したが、すぐに仕事を探し始める気にはならない。
気分転換も兼ねて佑那は散歩がてら近所にある図書館に行くことにした。昔から読書が好きで、色んな世界や人物、考え方に触れるととても自由な気持ちになる。
週末明けのせいか利用者が少なく、外国語の書籍が陳列されている地下の書庫には誰もいなかった。幼い頃呼んだ本や両親の影響もあって佑那は他の国の言葉を学ぶことが好きだ。
(フランス語とかドイツ語とかも学んでみたいけど、広東語とかも面白そうだよね)
そんなことを考えながら本棚をぼんやり眺めていると、一瞬違和感を覚えた。
不思議に思ってもう一度ゆっくり眺めてみれば、背表紙に見慣れぬ外国語が記された本がまぎれていたのだ。どこの国の言葉だろうかとワクワクしながら手に取ってみると、ずっしりと重たく、装幀も滑らかな革張りで高級感がある。読めない文字にも関わらずどんな本か気になって頁を開いた途端、眩しい光に襲われて佑那は意識を失った。
どこかで女性の悲鳴を聞いた気がして目が覚めた。視界に光沢のある藍色のカーペットが映る。
(あれ、ここどこだっけ?っていうか何でこんなとこで寝てたんだろう?)
疑問に思いながらも体を起こすと見覚えのない室内に、佑那はぽかんと口を開けて目を瞬いた。見渡す限り本棚が並んでいるが、広さも本の数もさっきまでいたはずの図書館と全く違う。見慣れない外国語の本を手にとったところまでは覚えているけど、夢だったのだろうか。
「……いや、どちらかといえばこっちが夢だけど、リアルすぎじゃない?――いっ、いひゃい」
思わず頬っぺたを思い切りつねってみるが普通に、というかとても痛い。
すぐに手を放すが、ひりひりした痛みは残ったままだでどうやら夢ではなさそうだ。
さすがにじわりと不安を覚えていると、扉が乱暴に開く音と慌ただしげな足音が聞こえてきた。
そして現れた人物たちを目にした瞬間、佑那はさらに混乱した。甲冑を纏い兵士のような恰好をしている数人の男達と中世の貴族のような服装にローブをまとっている男性が一人。
(え、映画の撮影、とかじゃないよね……)
現実離れした光景にそんな考えが浮かぶが、本能が違うと訴えている。あっけにとられた佑那にローブの男性が、何やら険しい表情で話しかけてくるが全く理解できない。
(何言ってるか全然わからないし、何か雰囲気が怖い)
どこの言葉か見当もつかず、ただ動揺するばかりの佑那に苛立ったのか、兵士の1人が剣を抜き、周囲の兵士たちが何かを囁き合っている。実物を見たことはないのに、何故かそれが本物だと本能が訴えてくる。
混乱が一気に恐怖に変わった。
――このままじゃきっと殺される。
「ちょっと待って!そういうのやめよう、暴力反対!」
思わず叫べば、ぴたりと会話がやみその場がしんと静まり返った。
「え……何で?言葉通じた?」
そんな訳ないと思いながらも独り言のように呟けば、兵士とローブの男性が視線で何事かを会話している。
(そのアイコンタクトはどっち?!)
声を発したことで良い方悪い方どちらに転がったのかと様子を窺うが、その表情からは何も読み取ることが出来ない。
不意にローブをまとった男性が一歩前に出て手を伸ばし、佑那の頭に触れた。驚いて後ずさろうとしたが、咎めるような目で睨まれたため動きを止める。
言葉が分からずとも意思が伝わるのは良いことだが、この場合はあまり嬉しくない。若干現実逃避気味に自分の精神状態について考えていると、男性はそのまま何かを唱え始めその声が途切れた瞬間、急に頭にヒヤリとしたものを感じた。
「――私の言葉が分かりますか?」
「あ、分かります! え、何で急に?あなたは日本語を話せるのですか!?」
思わず前のめりで尋ねる佑那に、男性は丁寧な口調ながらもどこか探るような目を向ける。
「ニホンゴとやらは分かりませんが、あなたが我々の言葉を理解できるように術をかけました」
「はい?」
(ジュツ――術ってどういう意味?)
知りたいような、知りたくないような不安な気持ちとともに嫌な予感が湧き上がってくる。
「さて、言葉が通じるようになったところで教えていただきましょう。私はフィラルド王国筆頭魔術師のウィルといいます。あなたは何者で、そして何の目的で城内に侵入したのですか?」
フィラルド王国など聞いたことがない。それに魔術師というファンタジーの世界でしか耳にしない単語とくれば、もう間違いないだろう。
(うっわー、これはあれだ、ラノベやマンガでよくある異世界転移だよ!!あれ、転移であってるよね?私、死んだ覚えないし……)
若干ずれたことを考えていると、じっと佑那から目を離さずにいる魔術師――ウィルの視線で先ほどの質問に答えていなかったことに気づく。
聞きたいことが山ほどあったが、どうやら佑那はお城に不法侵入しているらしい。わざとじゃないことを分かってもらえなければ、また命の危険に晒されるかもしれないと慌てて話し始める。
「あの、わざとじゃないんです!気づいたらここにいて、怪しい者じゃありません」
ウィルの表情はぴくりとも動かないが、その瞳に猜疑心が宿っているように感じて佑那はますます焦ってしまう。
「本を読もうとしただけで、本当に……何でここにいたのか分からないんです。だから、その――ごめんなさい!」
説明しようとすればするほど、言い訳のように感じられて拙い自分の言葉がもどかしくて涙が出そうだ。
(嘘だと思われたらどうしよう……でも逆の立場だったら絶対に不審者扱いすると思う)
自分の考えにますます動揺する佑那だったが、ぽつりと聞こえてきた声でその場の雰囲気が変わった。
「……まさか、本物なのか」
先ほどまでの険しい表情から一転して、ウィルは真剣な表情で佑那を見つめていた。背後にいた兵士たちも途端に敬意を表するように胸に手を当てている。
(本物……まさか本物の不審者っていうことじゃないよね?)
そう考えてどういう意味なのか尋ねてみようと口を開きかけたとき、淡い萌黄色のドレスが視界に映った。
「――姫、こちらに来てはなりません!」
「大丈夫よ、ウィル。だってお姿といいタイミングといい、伝承どおりなのでしょう」
鋭い制止の声に構うことなく、姫と呼ばれた女性は柔らかく微笑んだ。
「ウィルが結界を施したこの城に魔物は容易に侵入できないし、普通の人間が警備の目に留まらずにここにたどり着けるわけがないわ」
それから嬉しそうな表情を佑那に向ける。
「わたくしはフィラルド国王女のグレイスと申します。この者たちの非礼をどうかお許しください――異世界の救世主様」
(うわー、本物のお姫様なんて初めて会った……)
優雅に一礼したグレイスを見ながらぼんやりとした感想しか浮かばない自分は、あまりの展開に現実逃避しようとしていたのかもしれない。
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