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第1章

最後の最後にやらかしました

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ゆっくり話ができる場所に移動しようと言われて、通された部屋は貴賓室なのかなと思うぐらい豪奢な室内で思わず感嘆が漏れる。勧められるままにソファーに腰を下ろすと、対面にはグレイスが、その背後にはウィルが控えている。
陽光を受けて輝く金色の髪は柔らかくカールし、薄いハシバミ色の瞳は穏やかなグレイスの姿に佑那はしばし見惚れた。まさに正統派ともいうべき美少女であり、上品とはこういうことを言うのかと心の底から納得する。

「救世主様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい!佑那です。学生です。平凡というか、特技とか何もなくて、人を救えるような立派な人間とかでもなくて……」

ここぞとばかりに佑那は必死で訴えた。救世主ってもうその名称だけでめちゃくちゃ荷が重いというか責任重大な役割だという気がする。何をするのか分からないけど、過剰に期待されれば、その分落胆も大きくなるだろう。そもそも最初は侵入者扱いされていたのだから、自分には救世主として該当する部分が不足しているのではないか。

「ユナ様が戸惑われるのも無理はございませんわ。ウィルのほうから状況をご説明させていただければと思います」

グレイスの言葉にウィルは一礼して口を開いた。ちなみにグレイスが現れてからはウィルの言葉遣いは丁重なものへと変化しており、それもまた佑那を不安にさせる要因でもあった。グレイスの取り成しがなければ、どうなっていたのか。
こちらに視線を向けたウィルに、佑那は不安を抑え込み居住まいを正した。

「先ほどは失礼しました。ユナ様におかれましてはまだ混乱されていることかとは存じますが、まずはこの国についてご説明させていただきます」



フィラルド王国はカナン大陸の北西部に位置し、西部は海に面しているもののそれ以外は山に囲まれた国である。主な産業は林業で、フィラルド産の材木は香り、品質ともに大陸随一と言われている。また気候も一年を通して穏やかで農業・漁業ともに盛んである。政治的にも安定しており、豊かな国として認識されているにもかかわらずフィラルド王国の人口はそう多くはない。
他国から移民の受け入れ奨励や新たな事業に対する補助制度など、国としての支援も手厚いが、定住人口は減少の一途をたどっているという。

その最たる原因と言われているのが魔物の存在だ。フィラルド王国北部は魔王が支配する領地に隣接しているため、常に魔物に襲われる危険性がある。もちろん国としても放置しているわけではなく、国の重要な地位に魔術師を置き国民を守るべく対策を講じているのだが、境界から近い村ではどうしても被害が出やすい。

ここ最近魔物の動きが活性化してきたとの報告もあって、身を守るすべをもたない一般の国民は生命を守るためにフィラルドから離れるようになった。他を頼る伝手もなく、金銭的に移住が難しい者は細々と畑を耕して苦しい生活を続けていくしかない。
山林に入り木材を伐採すれば、より良い収入になるが、魔物に襲われる可能性が高くなる。そうして人が立ち入らない山は荒れ、魔物の絶好の生息地となるという悪循環となっている。魔術師も人数が少ないことと、倒しても現れるイタチごっこで最善策を模索していた。



「そんな状況であなたが現れたのですよ」

一息つき、こちらをうかがうウィルと柔らかな微笑をたたえたグレイス。フィラルド国の状況は分かったが、救世主が何をなすべき存在なのか全く触れられていない。
機密事項であれば知りたくないが、自分と関係があることなら確認しておいたほうが良いだろう。

「……グレイス姫様は私を救世主とおっしゃいましたが、人違いだという可能性はありませんか?」
「我が国に伝わる言い伝えがあります。古文書によると王国に危機が迫るとき、祈りを捧げることによって異世界より救世主が現れるだろう。その者漆黒の髪と瞳をもち、災いを取り除く、そう伝えられているのです」

(その特徴、日本人なら結構な割合で当てはまるから! )
どこまでテンプレなんだと思いながら、念のため訊ねてみる。

「えっと、こちらでは珍しいのですか? この髪と目の色は」
「近しい見た目の者はおりますが、どちらも兼ね備えた者は一人もおりません。遠い極東の地にはそういう容姿の者もいると聞いたことはありますが、これまで私は見たことがありませんね。ただ外見に黒い色を持つ者は総じて魔力が強いとは言われています。そのため古文書に記載されていても救世主の特異性を示すための誇張だと考えられていました」

そんな見るからに危険そうな不審者が警備の厚いはずの王宮に急に現れたのなら、警戒されるのも無理もない。

(でも魔力とか言われても困るよね。多分ないし)

異世界に転移して特殊能力を手に入れるというパターンはよくあるものだ。だが身体に変化はないようだし、先程身の危険を感じても特に何も起こらなかった。それだけで魔力や何かしらの能力がないということにはならないのだが、佑那としては責任重大そうな役割は慎んで辞退したい方向なので、確かめる気になれない。

「えっと、その救世主はどうやって災いを取り除くのでしょう?」
「具体的な方法は何も示されていないのです。歴史上フィラルド王国が魔物によって滅亡の危機にあったことは間違いありませんが、救世主について詳しい資料が残されておりません。ですから伝承や何かの暗喩ではないかと思っていたのですが、あなたが現れた以上実際に起こったことである可能性が高いと思われます」

残す意味あるのか、と思えるほど古文書の内容は薄く、ないない尽くしである。
大切な伝承のはずなのに、そんな曖昧な言葉しか残されていないなんて怪しさ満載だ。さらにウィルやグレイスが真実を語っていない可能性だってある。
こうなっては救世主とは絶対に認められたくないし、全否定するのが得策だろう。

「あの、大変申し訳ないのですが、やっぱり私は自分が救世主だと思えないのです。ウィル様も私が何か特別な能力を持っているように見えないんですよね?」

もしそうであれば最初に対面した時にもっと違う反応をするだろう。ウィルもグレイスも佑那の問いかけには答えなかったが、曖昧な表情を浮かべていたため察した。

(であるならば、あと一押しだ)
何の根拠もないのにそう考えた佑那だったが、ずっと聞きたかったことを思い出した。

「そういえば誰が私を、どうやって召喚したんですか?」

祈りを捧げることで救世主が現れるのというのなら、誰かが佑那を召喚したということなのだろう。その召喚者こそがこの場にいないとおかしいと思ったのだが、ウィルの言葉に佑那は目を丸くした。

「そこなのですが、……恐らくは誰も召喚しておりません」
「………は?」

(召喚していない……喚ばれてないということは、つまり勝手に押し掛けた状態になるの?)

とはいえ佑那だって望んで来たわけでもない。知らない場所を思い浮かべて転移するなど一般人には難し過ぎる。

「いえ、語弊がありましたね。少なくともフィラルドで召喚した者はいないということです。召喚魔法自体、かなり高度で難しく成功率も低いもの、そんな人材がいれば流石に知られていないということはないでしょう」
呆然とした佑那の様子にウィルが補足するように付け加えるが、状況としてはあまり差がない。

「あの、では…………私の扱いってどうなります?」
召喚されたわけでもないのに、突如やってきた救世主もどきなど厄介事でしかないだろう。

(わざと侵入したわけじゃないからせめて罰しないで欲しい!!)
顔色を変えた佑那にグレイスが焦ったように声を掛ける。

「もちろん賓客として相応の対応をさせていただきますわ!召喚の儀自体を行わなかったとしてもユナ様がこちらにお越しになったのは、何かの思し召しだと思っておりますの。それにユナ様のご意思でこちらにいらしたわけではないのですから、万が一救世主でなかったとしても、放り出すような真似など決していたしませんわ」

王女であるグレイスにそう言われて佑那はほっと息を漏らした。

「……正直申し上げますと私は初めてお見掛けしたとき、あなたが救世主であると確信を持てませんでした。ただもしかしたらあなたも我々もあなたが持つ能力に気づいてないだけかもしれません。我が国にしばらくご滞在いただき、その可能性を探っていただくのはいかがでしょうか? その上でご協力いただけるかどうかご判断いただいてかまいません」

ウィルの言葉は誠実で嘘がないように感じられた。正直なところ救世主(仮)として王宮にとどまるのは小心者の佑那からすれば居たたまれなくなること必至だが、この世界に不案内な佑那にとってはありがたい申し出だ。異世界転移した原因や、救世主に関することなど考えなければいけないことは山ほどあるが、まずは生活の基盤を築かなければ生きていけない。

「分かりました。お世話になります。よろしくお願いします」
そう言って佑那は深々と二人に頭を下げた。

「ええ、ご自宅と思ってお寛ぎください。あら、すっかりお茶が冷めてしまったわね」

グレイスの言葉に入口近くに控えていた侍女が代わりのお茶をカップに注いだ。お礼を言って一口飲むと、じんわりとした温かさに肩の力が抜けるようだ。暫定的だがこれからの方向性が決まったことで緊張がほぐれたため、一緒に出されていたクッキーを何の気なしに口に入れた。

(え、すっごく美味しい!!バター感が濃厚で……ふわ、口の中でしゅわっと溶ける!!)

無意識に小さくソファーの上で弾んでしまい、我に返るとウィルとグレイスがぽかんとした表情で佑那を見ていた。
慌てて表情を引き締めて背筋を伸ばし、紅茶で余韻を洗い流してカップを元の位置に戻す。何事もなかったかのように振舞ってみたが、グレイスの優しい眼差しはどこか生温かく、ウィルにいたっては顔を背けて咳ばらいをしている。

最後の最後でやらかしてしまう自分を反省しながら、佑那の異世界初日は終わりを迎えた。
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