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第2章
過去の痛み
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「結局また同じことの繰り返しだな……」
手元のリングを弄びながらギルバート・エーデルは独り言を漏らした。
優秀なはずの駒が任務を放棄し、女神と心中しようとしたのだ。リッツはそう表現しなかったが、状況を詳細に報告させると、状況からそれはギルバートの中で確信に変わった。
無自覚に惹かれつつあったラウルに警告をし続けたものの無駄になったようだ。
(――初めての感情に限度が分からないのも無理はないことか)
それでも無駄死にするような誤作動を起こすとは想定外もいいところだ。接触禁止命令を出せばそれ以上ラウルが感情を覚えることもなかったが、過剰に抑制すれば逆効果かと思いそのままにしておいたのがまずかった。
自分と同じ道を辿ることになったとあれば、個人的な感情から放置したのだと判断されて責任を問われても仕方がない。幸いにも引き分けという結果で終わったが、負けていれば上層部がさぞうるさかったことだろう。
無性に煙草が吸いたくなって、引き出しを開こうとしたところでノックの音がした。手に乗せたリングをシャツの中に押し込むと、チェーンが引っかかり首筋に微かに痛みが走り、思わず舌打ちが漏れる。
だが即座にいつもの表情を貼りつけて返事をすると、現れたのはリッツだった。
「ラウルの意識が戻りました」
ラウルが目覚め次第呼ぶように命じていたため恐らくその件だと予想していたが、リッツは何かを言いたげな表情を浮かべている。
元々キレやすく乱暴者扱いされていた孤児が随分まともになったと評価しているものの、感情を隠すことに関しては長けていない。戦場で敵と対峙した際には、それが相手に付け入る隙を与えることになる。
「まだまだな」
口の中だけで呟いた声はリッツには届かなかったようだ。
「上官、ラウルはどうなりますか?」
親友だったエリックを見捨てた件で、ラウルに嫌悪感があったはずだが随分と肩入れする。好戦的かつ直情的な性格だが面倒見は良い。
(――リッツはラウルを許したのか)
関係性が改善されつつあることは訓練の様子から気づいていたが、そこまでとは思わなかった。
そんなリッツにギルバートは一言だけ返した。
「さあな?」
「ラウル・ファーガソン、一週間後に隊員と同時に除隊だ。何処へでも行くがいい」
部屋から救護室に着く間に決めた処分を淡々と告げると、ラウルの表情が僅かに変わった。
(まったく、随分と人間らしくなったものだ)
それはギルバートにとってもラウルに取っても決して喜ばしい変化ではない。
「懲罰程度で許されると思っていたのか 何度も警告したが耳を貸さない部下をこれ以上手元に置く理由がない。 それに制御不能な壊れた機械は不要どころか有害だ。お前の存在理由は人を殺すための優秀な駒であることだったが、もうここには必要ない」
切り捨てるように冷ややかに告げれば、ラウルはあろうことか反論してきた。
「再考願います。今回の失敗を戦場で挽回させてください」
「これだけ丁寧に説明してやったのに、まだ足りないか」
唯々諾々と命令に従っていた人形はもういない。そのことが妙に癇に障り、冷ややかな声が出た。
「今のままでも精密機械のように着実に任務をこなす優秀な駒でいます」
「はっ、そんなことできるものか。愛する者と同じ場所で死にたいのだろう?リッツが邪魔をしなければ、実際お前はそうするつもりだったはずだ」
言葉にしてからこんなにも苛つくのは、似ているからだと気づいた。
「僕は生き残ります。エルザの代わりに敵を殺して仲間を守ります」
「味方を庇いながら生き延びることが出来ないのは、女神が証明したばかりだろう」
そんな甘い考えでは戦場では生き残れない。身を持って知ったはずなのに、真っ直ぐな瞳でラウルはギルバートを見据えて言い募る。
「難易度は上がりますが、不可能ではありません。それに生存者数が上がれば勝率も上がります。今まで取りこぼしていた命を救い、成果を出すだけです」
それでも救えるのは大切な存在ではない。救いたかった命の代償行為は後悔が増すだけだ。
「何故戦場にこだわる?大切な存在を失った場所に固執する理由はないはずだ」
忘れた方が楽だと思う。思い出が残る場所にとどまり続けることは苦痛でしかない。
「それがエルザとの約束だからです」
(……馬鹿正直に答え過ぎだ)
本当にただそれだけなのだろう。
透明な作り物のようだった瞳には確かな意思が宿っていた。エルザがラウルに与えた感情は、たとえ過去に戻れたとしても一度知ってしまったその感情をラウルはなかったことにしたいとは思わないだろう。
腹立たしい思いで近くにあった枕を投げつける。あっさりと腕で防がれるのを見て、どうでもいい気分になった。
「十日後に特別訓練だ。――戦場に出すかはそこで判断する」
部屋に向かいながら具体的な訓練について考えかけて、止めた。どうせどんな過酷な訓練を課したとしてもラウルは付いてくるだろうし、優秀な兵士であろうとするなら戦場に出さない手はない。
ふと窓の外に目をやると、遠くに演習中の兵士たちの姿が見える。その光景に昔の記憶が呼び起こされた。
手元のリングを弄びながらギルバート・エーデルは独り言を漏らした。
優秀なはずの駒が任務を放棄し、女神と心中しようとしたのだ。リッツはそう表現しなかったが、状況を詳細に報告させると、状況からそれはギルバートの中で確信に変わった。
無自覚に惹かれつつあったラウルに警告をし続けたものの無駄になったようだ。
(――初めての感情に限度が分からないのも無理はないことか)
それでも無駄死にするような誤作動を起こすとは想定外もいいところだ。接触禁止命令を出せばそれ以上ラウルが感情を覚えることもなかったが、過剰に抑制すれば逆効果かと思いそのままにしておいたのがまずかった。
自分と同じ道を辿ることになったとあれば、個人的な感情から放置したのだと判断されて責任を問われても仕方がない。幸いにも引き分けという結果で終わったが、負けていれば上層部がさぞうるさかったことだろう。
無性に煙草が吸いたくなって、引き出しを開こうとしたところでノックの音がした。手に乗せたリングをシャツの中に押し込むと、チェーンが引っかかり首筋に微かに痛みが走り、思わず舌打ちが漏れる。
だが即座にいつもの表情を貼りつけて返事をすると、現れたのはリッツだった。
「ラウルの意識が戻りました」
ラウルが目覚め次第呼ぶように命じていたため恐らくその件だと予想していたが、リッツは何かを言いたげな表情を浮かべている。
元々キレやすく乱暴者扱いされていた孤児が随分まともになったと評価しているものの、感情を隠すことに関しては長けていない。戦場で敵と対峙した際には、それが相手に付け入る隙を与えることになる。
「まだまだな」
口の中だけで呟いた声はリッツには届かなかったようだ。
「上官、ラウルはどうなりますか?」
親友だったエリックを見捨てた件で、ラウルに嫌悪感があったはずだが随分と肩入れする。好戦的かつ直情的な性格だが面倒見は良い。
(――リッツはラウルを許したのか)
関係性が改善されつつあることは訓練の様子から気づいていたが、そこまでとは思わなかった。
そんなリッツにギルバートは一言だけ返した。
「さあな?」
「ラウル・ファーガソン、一週間後に隊員と同時に除隊だ。何処へでも行くがいい」
部屋から救護室に着く間に決めた処分を淡々と告げると、ラウルの表情が僅かに変わった。
(まったく、随分と人間らしくなったものだ)
それはギルバートにとってもラウルに取っても決して喜ばしい変化ではない。
「懲罰程度で許されると思っていたのか 何度も警告したが耳を貸さない部下をこれ以上手元に置く理由がない。 それに制御不能な壊れた機械は不要どころか有害だ。お前の存在理由は人を殺すための優秀な駒であることだったが、もうここには必要ない」
切り捨てるように冷ややかに告げれば、ラウルはあろうことか反論してきた。
「再考願います。今回の失敗を戦場で挽回させてください」
「これだけ丁寧に説明してやったのに、まだ足りないか」
唯々諾々と命令に従っていた人形はもういない。そのことが妙に癇に障り、冷ややかな声が出た。
「今のままでも精密機械のように着実に任務をこなす優秀な駒でいます」
「はっ、そんなことできるものか。愛する者と同じ場所で死にたいのだろう?リッツが邪魔をしなければ、実際お前はそうするつもりだったはずだ」
言葉にしてからこんなにも苛つくのは、似ているからだと気づいた。
「僕は生き残ります。エルザの代わりに敵を殺して仲間を守ります」
「味方を庇いながら生き延びることが出来ないのは、女神が証明したばかりだろう」
そんな甘い考えでは戦場では生き残れない。身を持って知ったはずなのに、真っ直ぐな瞳でラウルはギルバートを見据えて言い募る。
「難易度は上がりますが、不可能ではありません。それに生存者数が上がれば勝率も上がります。今まで取りこぼしていた命を救い、成果を出すだけです」
それでも救えるのは大切な存在ではない。救いたかった命の代償行為は後悔が増すだけだ。
「何故戦場にこだわる?大切な存在を失った場所に固執する理由はないはずだ」
忘れた方が楽だと思う。思い出が残る場所にとどまり続けることは苦痛でしかない。
「それがエルザとの約束だからです」
(……馬鹿正直に答え過ぎだ)
本当にただそれだけなのだろう。
透明な作り物のようだった瞳には確かな意思が宿っていた。エルザがラウルに与えた感情は、たとえ過去に戻れたとしても一度知ってしまったその感情をラウルはなかったことにしたいとは思わないだろう。
腹立たしい思いで近くにあった枕を投げつける。あっさりと腕で防がれるのを見て、どうでもいい気分になった。
「十日後に特別訓練だ。――戦場に出すかはそこで判断する」
部屋に向かいながら具体的な訓練について考えかけて、止めた。どうせどんな過酷な訓練を課したとしてもラウルは付いてくるだろうし、優秀な兵士であろうとするなら戦場に出さない手はない。
ふと窓の外に目をやると、遠くに演習中の兵士たちの姿が見える。その光景に昔の記憶が呼び起こされた。
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