君の願う世界のために

浅海 景

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第2章

あの日の記憶①

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「悪いな、チャーリー。これで何度目だったか?」
「欠片も悪いと思ってない顔して……。4回目だよ!今日はいけると思ったのに」

(――本当に単純だな、こいつ)

前半調子が悪いと見せかけたことに気づかずに、性懲り無く飲み代を賭けるチャーリーは賭け事に向いていない。

「ギル、あんまり遊んでやるな」

呻くチャーリーに気づかれないような声量で隣にいたザックに釘を差される。賭け事は現金でやり過ぎると教官たちにバレる確率が高くなる。年齢より落ち着いた雰囲気で頭の回転も速いザックとは気が合った。
了解の合図にギルバートが皮肉気な笑みを見せるとザックは肩をすくめた。

「ギルは優秀だし半年以内で卒業するんじゃねーの」

きつい訓練後のせいかチャーリーは早くも酔っぱらってしまったようだ。騒々しい飲み屋の中では声が目立たないが、士官学校に所属している身で公に話せないことも多い。少し面倒だなとギルバートは思った。

「ん、じゃあ誰が最初に抜けるか賭けるか?」
「もう二度とお前と賭けなんかするか!」

多分一週間もすれば、このセリフを忘れているだろう。士官学校に入るまでは体力、知力、技能など割と高い基準を求められる。入学後はその能力に応じて卒業、つまり兵士として実戦で任務を果たすことになる。
学費は無料だが、報酬を得るのは任務を受けてからのため裕福な家庭出身者でなければ、少しでも早く卒業して実戦に出たいと思うのが普通だ。

カウベルの音で新しい客を迎えたのが分かり、横目で窺うと見知った顔と目があった。相手がわずかに顔を顰めたのを見て、ギルバートは満面の笑みを浮かべる。

「ああ、ケイトとスージーか」

ギルバートの表情に気づいたザックが視線を動かし、納得したように頷いた。ケイトはなるべく離れた席を望んでいるようだが、あいにくほぼ満席状態だ。

「ケイト、スージー、こっち座りなよ」

遅れて気づいたチャーリーが声を掛けると、しょうがないといった様子で二人が近づいてきた。

「会えて嬉しいよ、キティ」
「いい加減名前を憶えてくれないかしら、ギルバート」
いつものやり取りに周囲も慣れた様子で放置している。ケイトの本名はキャサリンでほとんどの仲間はケイトという愛称で呼ぶが、ケイトが嫌がると知ってからわざとギルバートは別の愛称であり子猫を意味するキティと呼ぶ。

「ケイトは毎回ちゃんと相手にしてやって偉いな」

ビールの入ったグラスを手渡しながらザックはさりげなく場を取りなす。

「ありがとう。ザックも大変ね」

険悪ではないけど、少しピリッとした空気が和む。ザックは空気の読める男だ。

「好きな子ほどいじめたいってやつだろ?意外と子供っぽいよな、ギルは」

ニヤニヤした表情で揶揄うチャーリーに大げさに肩をすくめて見せる。好きな相手に本気でそんなことする奴は馬鹿というか、どっかおかしいんだろう。

「可愛いから呼びたくなるんだよ、なあ俺のキティ」

にこやかに告げる俺を呆れたような表情で一瞥すると、ケイトはスージーと一緒に楽しそうにメニューを見ている。
同じく呆れたような表情のザックに気づいていたが、無視することにした。ザックだけは気づいているだろう。
ギルバートがケイトをからかうのは単なる嫌がらせにすぎないのだと――。

ケイトは女性にしてはやや身長が高く、すらりとした肢体で綺麗な顔立ちをしている。おまけに一つ一つの所作が優雅で、明らかに貴族出身だと知れた。
貴族の中でもわりと高い爵位だと予想したものの、そんな令嬢が士官学校に入学するなどあり得ない。

ギルバート自身、貴族ではないがそこそこ大きな商家の生まれで貴族階級対象の商品を取り扱っているような家だったから貴族というものも多少見知っていた。
この場にそぐわない人物のくせに、成績はすこぶる優秀だった。銃の扱いも戦術などの知識、そして臨機応変な判断力も。

興味を引いたとともに、それが少し鼻についた。

「何でわざわざ兵士になろうと思ったんだ?」

二人で銃の手入れを行っていた時に何気ない風を装って訪ねた。ケイトは顔を上げることもなく簡潔に答えた。

「生まれ育ったこの国を守りたいと思ったからよ」

優等生過ぎる回答に興ざめした。国を守るというのなら直接間接関わらず、他の方法がいくらでもある。
貴族のお嬢様なら教会や孤児院での奉仕活動が一般的で、年頃の貴族ならそれこそ婚約者がいて嫁ぐのが普通だ。

「ふーん?案外婚約者にでも逃げられたんじゃないか?」

自分の軽口にケイトは余裕の表情を浮かべる。

「まだ今のところ大丈夫みたいね。あなたこそ結婚したくなくて兵士になったんじゃないの?随分年上の女性と親しかったようだけど」
「!!」

意味ありげな視線にギルバートはケイトが言わんとしていることが分かった。

(――いつ、見られていたのか)
入学する前に小遣い稼ぎで未亡人の貴族女性のエスコートをしていたことがあった。たった二週間ほどの間の契約だったが、見目麗しい少年を侍らせることに優越感を抱いていた未亡人に執着され逃げ出すのに苦労したものだ。
まさかそれを知られているとは思わなかった。
からかわれたことよりも、うっかり動揺してしまった自分にも腹が立つ。

(――こいつには負けたくないな)

軽薄な男を装っているが、本来は負けず嫌いな性格に火がついた。
小器用なギルバートも優秀な成績を収めていたが、ケイトにはまだ及んでいない。それが逆転した時彼女はどう思うだろうか。

適当に過ごそうと思っていたが、ちょうどいい暇つぶしを見つけたとその時のギルバートは思っていた。
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