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髪飾りを直して
しおりを挟む自分の薬指の赤く染まった痕を、ゆるゆると指先で撫でながらレオンは嬉しそうに蕩けるような瞳で眺めている。
「…っ、レオン様擽ったいです…」
「ん…?ああ、ごめんねミュラー。夢みたいで…夢じゃないんだな、って確かめたくて…」
視線を絡め合わせてレオンが甘く囁く。
耳元で囁かれたその言葉に、ぞくりと肌を甘く走る痺れにミュラーはそっとレオンから自分の指先を引き抜いた。
ぞわぞわとする指を、きゅうっと自分の右手で抱き締める。
「何だか…、レオン様の雰囲気が…今までと違って恥ずかしいです…」
「うーん、それは仕方ないかな…?だって今まではミュラーの気持ちに応えれなかったから必死に気持ちを押し殺してたけど、ずっとミュラーを1人の女性として愛してたんだよ?」
我慢できなくなっちゃうのも仕方ないだろう?
と悪びれなく伝えてくるレオンに、ミュラーは今日一日で何度自分の顔が真っ赤になったのかもはや数えていない。
こんな甘い雰囲気のレオンは知らない。
色気溢れる瞳で見つめられた事がない。
色を含む動きで肌に触れられた事がない。
「ごめんね?慣れて?」
レオンににっこりと笑われてミュラーは無理です!と大きく声を出した。
そのミュラーの言葉にきょとんとしたレオンだが、はは!と声を上げて笑うと、徐にベンチから腰を上げた。
「さて、そろそろ戻ろうかミュラー。あまり2人きりでいたらミュラーの父君が心配してしまうから」
「あっ、そうでした!」
レオンの言葉に、ここは舞踏会の会場から見る事が出来る庭園なのだと思い出す。
思い出して、ぽっと頬を染めてしまう。
(こ、こんな夜にレオン様と2人きりでいて。し、しかも抱き締め合ってしまったわ…!)
月明かりでうっすらとしか見えないだろうが、影が重なればどういった状況なのか察する事が出来てしまうだろう。
はしたない!とミュラーはベンチから立ち上がったはいいものの、その場に蹲ってしまった。
「恥ずかしくって…、中に戻るのが怖いです」
「ええ?そんなにはっきりとは見えてないと思うから大丈夫だよミュラー」
困ったように笑うレオンの声が頭上から降ってくる。
ちらり、と視線を上げるとレオンは微笑みながら片膝を付いて自分に手を差し出してくれている。
「確かに…こちらからは明るい室内は良く見えますが…あちらからは暗い庭園は見えにくいですね…」
「うん、だからそんなに心配しなくても大丈夫だ、ミュラー。ほら、おいで?会場に戻ろうか」
余裕そうなレオンに、ミュラーはむっとしてしまった。
自分ばかり恥ずかしくてわたわたと慌ててしまっているのが何だか悔しい。
ミュラーより、レオンの方が大人なのは理解している。7歳も年上の男の人はきっとこれくらいでは慌てないんだろうなぁ、と考え少し悲しくなった。
悔しくて、ミュラーもレオンの慌てた姿や恥ずかしがる姿を見たくてそっと会場の方向へ視線を向けた。
蹲ったせいでベンチの影に入ってしまった自分達はきっと会場からは丁度死角になっている。
ちらり、と周りにも視線をやるが2人の近くには他の男女もいなさそうだ。
「ミュラー?」
何も答えず、動こうとしないミュラーを心配してレオンが更に距離を詰めてくる。
丁度その時、月明かりが雲の流れによって影が掛かり薄暗くなる。
まるでタイミングを計ったかのようなその月明かりの陰りにミュラーは背を押されたようにレオンの首元のクラヴァットをそっと両手で引っ張った。
「…っ」
バランスを崩してミュラーの方向へ傾くレオンの唇に、ミュラーはそっと触れるだけの口付けを落とす。
触れ合いは一瞬で、ぱっと体を離したミュラーに、レオンは驚いたように目を見開いている。
女性からなんてはしたないかしら、とミュラーは恥じたがレオンの手がするりと自分の後頭部へ回った。
「ミュラー…、煽ったのは君だ」
「─え?…っんぅ!」
低く呟くレオンの言葉が聞こえたと思った瞬間、後頭部に回された手のひらに力が篭った。
ぐっ、と力強く引き寄せられたと思ったら次の瞬間には自分の唇がレオンの唇に塞がれていた。
角度を変えて何度も口付けられて、息も絶え絶えになった頃ようやくレオンの唇から解放されたミュラーは、ぜいぜいと肩で息をしながらレオンの胸元にもたれかかった。
「あー…こんな、ベンチの死角で長時間姿を見せなかったら勘ぐられる…よな…」
言葉では焦ったような事を言っているが、その声音は喜色に満ちていて、嬉しそうに持ち上がっている唇の端が憎たらしい。
「…あっ!ミュラー!」
ざっとその場からミュラーは勢い良く立ち上がると、少し乱れてしまった髪の毛をそのままに会場へと足を進めた。
後ろからは慌てたようにレオンが付いてくるのが気配でわかる。
謝りながら自分の隣に並び立ったレオンに、ミュラーは拗ねた表情のままツンと乱れた髪の毛を直して下さいと言い放つ。
このまま会場へと戻ればどんな目を向けられてしまうか。
幸い、緩んだ髪飾りからパラパラと緩んだ髪の毛が落ちている状態の為、髪飾りを留め直して貰えれば誤魔化せるだろう。
ミュラーのその言葉にまたレオンは嬉しそうに笑いながら会場から見えにくい場所で髪飾りを付け直してくれた。
髪飾りを直して貰った後、ミュラーとレオンは舞踏会の会場へと連れ立って戻った。
にこにこと笑顔でミュラーをエスコートするレオンと、頬を染めてレオンから視線を逸らして戻ってくるミュラーに、アウディとホーエンス、ミュラーの父親はほっと胸をなで下ろした。
身内で暫し談笑していると、後ろの方向からミュラーを呼ぶ声が聞こえて来る。
「…アレイシャ!」
「ミュラー、お話したくて待ってましたのよ!」
ふふふ、と笑いながらアレイシャがつんつんと肘でミュラーをついてくる。
アレイシャの後からルビアナとエリンも現れ、女性4人でお喋りに花を咲かせる。
もう少しお話しやすい場所へ行きたいわね、と考えたミュラーは傍にあるテラスに出て話しません?と3人に伝えると、父親へと許可を貰いに行く。
「お父様、私達そこのテラスでお話してますね」
「ああ、そこか…近くだし、大丈夫だ。友人と話しておいで」
「ありがとうございます」
嬉しそうにミュラーが笑顔でそう答えると、父親に頷かれる。
アウディやホーエンスもひらひらと手を振ってくれていて、レオンが近付いて来るとそっとグローブに包まれた指先をきゅっと握られた。
「俺の目の届く所にいてね、ミュラー」
「…っ、だ、大丈夫です、あそこにいますので」
甘いその視線に耐えられず、ミュラーはレオンから視線を外すと足早にアレイシャ達の元へと向かった。
「兄上、あまり束縛すると逃げられてしまいますよ」
「束縛なんてしてないさ。ただミュラーが可愛くて美しいから心配なだけだ」
心外だ、とばかりに表情を顰めて言うレオンに、ホーエンスもアウディも、ミュラーの父親も苦笑するしか出来なかった。
テラスへと場所を移したミュラー達は、思い思いにお喋りをする。
「ミュラー、アルファスト侯爵と上手く行ったみたいね?」
にやにやとにやつく表情を扇で隠しながら、アレイシャがそう呟く。
ルビアナも続けてからかうようにミュラーに続ける。
「あら、ミュラーさん髪飾りが来た時と付いている場所が違いますわよ?ずれてしまったのかしら?」
「まあまあまあ!ずれてしまう程髪の毛が乱れてしまったのですか!まあまあまあ!」
エリンが興奮して真っ赤になっている。
ミュラーはぐぅっと喉から変な声を出して彼女達の視線から逃れるようにそっぽを向いた。
付け直して貰ったと言えど、彼女達は最初にミュラーと言葉を交わしている為髪飾りの位置がズレている事に気付いてしまったのだろう。
「ご令嬢方失礼します」
ミュラー達のいるテラスの元へ、舞踏会の給仕を務めている者がトレーに果実水を4人分乗せて声を掛けてくる。
「あちらにいらっしゃるアルファスト侯爵の弟君がこちらを」
「あら、ありがとう」
アレイシャがそう答えると、給仕からグラスを受け取ろうと手を伸ばす。
給仕はトレーのグラスを見てからそれぞれ、果実水を渡していくと一礼してその場を去っていった。
場所が変わってレオン達のいる場所にも同時に給仕からグラスが振る舞われた。
「リーンウッド嬢から男性達に」
とシャンパンをお願いされたらしく、レオンはちらり、とテラスの方へと視線をやった。
丁度アレイシャもこちらを見ていたらしくグラスを掲げて軽く頭を下げたのを見て、レオンはアレイシャから本当の差し入れだと"勘違い"して、疑いもなくそのシャンパンを喉に流し込んでしまった。
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