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覚えのある感覚
しおりを挟むテラスで各々がグラスの中身を飲みながら談笑していると、ふとミュラーの様子がおかしい事にアレイシャは気付いた。
「ミュラー?大丈夫?」
瞳は虚ろになり、唇はぽってりと潤いを乗せて半開きになっている。
呼吸が浅くなり、頬が朱に染っている。
「ミュラー…っ!」
アレイシャの悲鳴のような声にルビアナとエリンも慌ててミュラーを案じる。
3人の声が聞こえていないように、ミュラーは呼吸を荒く吐き出すと、熱を持つ体に恐怖で体が震えて来る。
(何…?何なの、この熱…っ、苦しい…っ)
「ルビアナ、エリン!ここにいてミュラーをお願いっ私はアルファスト侯爵を呼んで来ます!」
「ええ、分かったわ!」
ルビアナの言葉に、エリンも大きく頷くとミュラーの側に行き大丈夫ですよ、と声をかける。
(油断しましたわ…!アウディ様から、と言うのは嘘だったの…!)
アレイシャは足早にテラスを出ると、レオンの元へと急ぎ向かう。
視界に入るレオン達の姿も、些か違和感がある。
レオンが胸元を抑え、背を曲げている後ろ姿を見てアレイシャは驚きに目を見開いた。
レオンを心配するようにアウディやホーエンス、ミュラーの父親までもがレオンに近付き何かを話している。
そしてミュラーとレオンに同時に媚薬を盛った人間は、2人を遠くから見つめゆっくりとゲストルームに向かった。
「──っ」
レオンは、身に覚えのある感覚にすぐさま自分が持っていたグラスをテーブルに荒々しく置くと、熱を逃がすように長く息を吐き出す。
「…兄上?」
「─やられた…」
レオンの尋常ではない様子に、アウディがいち早く気付き声をかける。
談笑していたミュラーの父親と、ホーエンスもレオンの変化に気付くとさっと顔色を変えた。
レオンは熱を逃がすように呼吸を浅くすると、熱さを追い払うように乱暴に前髪をかきあげ憎々しげに唇を開いた。
「一服盛られたみたいだ……っ」
無理矢理体の熱を上げさせるその感覚には覚えがある。
己の欲望に対して理性が無くなり、ただただこの熱を発散させたくなってしまう。
薬の耐性を付けるために定期的に服用していたが、些か薬の効果が強いように感じる。ぐっと背を曲げ何とか熱を逃がそうと息を大きく吐き出す。
まさか、媚薬の類も改良型を作っていたのか、とそこまで考えてレオンはハッとした。
アレイシャからの差し入れだと言われ飲んだシャンパンに媚薬が盛られていた。
そうしたら、先程のアレイシャの礼の意味は?あちらにも同じようなタイミングで差し入れが行ったのではないか、と考えレオンは勢い良くミュラーのいるテラスへと視線を向けた。
「─っリーンウッド嬢!」
すぐそこまで来ていたアレイシャを見て、その表情を確認してレオンは自分の考えが当たっていた事に慌ててミュラーへと視線を向けるとルビアナとエリンに何とか支えられながら立っているミュラーを視界に捉えた。
「ハドソン伯爵!解毒薬を!」
「っ!ああ!」
レオンに言われ、ミュラーの父親は急ぎ自分の胸ポケットから渡された解毒薬を取り出すとレオンに手渡す。
自分の分と合わせれば2人分だ。
これをお互い飲めば薬の効き目も時期に無くなる。
お互い、別々のゲストルームで暫く時間を過ごせば大丈夫だろう。
急ぎミュラーの元へと向かい、解毒薬を飲ませれば治まるはずだ。
レオンは、自分の頭の中に浮かんでくる1人の男の顔を思い出す。恐らくこの媚薬はあの男、ニック・フレッチャーから盛られた物だろう。
あの危険な男が接触してくる前に早くミュラーを助けなければいけない、とレオンは手の中にある解毒薬の瓶を握り締め、ミュラーの元へ足早に向かった。
体が熱くて熱くて辛い。
呼吸が浅く短くなってる。お腹の辺りがじくじくと熱を持ち、解放したいという事だけが頭の中に浮かぶ。
「ぅっ、」
ミュラーは感じた事のないその感覚に、恐怖で涙が零れ落ちる。
誰か、助けて欲しい。いや、誰かなんて嫌だ。レオンに助けて欲しいのだ。レオンに、この熱を解放して欲しい。
どうしたら解放して貰えるのか、どうしたらこの熱が無くなるのか、ミュラーは自分の体がどんどんと熱くなるその感覚に、恐怖で自分の両腕で自分の体を抱きしめる。
「ミュラーっ」
「…っ、レオン、様っ」
愛しい男の声が自分の鼓膜を震わす。ぞくり、と体が戦慄きレオンの声が聞こえた方向へ体を向けたかったが、体を動かそうとしてもうまく動かす事が出来ず、その場に蹲る。
自分の体を支えてくれていたルビアナとエリンが小さく悲鳴を上げたのを自分の耳が拾う。
先程からずっと自分を心配するように、言葉を掛け続けてくれていた。
ミュラーは2人の友人へ視線を向けると謝罪と感謝を伝える。
自分が蹲った拍子に、2人もバランスを崩してしまったのだろう。テラスにへたり、と尻もちをついてしまっている。
ごめんなさい、と謝るミュラーに2人は笑顔で大丈夫だ、と返すと早くレオンの元へと行くよう促してくれる。
「ミュラー、大丈夫か?俺に掴まれる?」
「…ん、っ」
こくこくとミュラーは頷くと、レオンに視線を移す。
レオンと視線があって、ぐっ、とレオンは低く呻くと手のひらの中に握っていた小瓶をミュラーにそっと渡した。
「その症状を解毒する薬だ、飲める?」
「はい、っ」
レオンから渡された小瓶を、震える手のひらで受け取ると、ミュラーは蓋を開けてくれていたレンオに感謝しつつそっとその小瓶を傾けた。
自分の喉を通るその何とも言えない味に眉を顰めると、ミュラーは深く息を付く。
「ミュラー、暫くはその症状は抜けない。ゲストルームで症状がなくなるまで過ごすんだ…俺も隣のゲストルームにいるから、何かあれば呼んでくれて構わない」
「はぃ、っ」
立てる?と言われミュラーは体を動かそうとしたが足に力を入れようとしても力が入らず、ペタンとテラスに座り込んでしまう。
テラスから伝わる冷たい感触が気持ち良くて、その場に蹲りたくなってしまう。
「ミュラー、触れるよ」
「え…?──ひゃっ!」
レオンの声が耳元で聞こえたかと思ったら、突然の浮遊感にミュラーは驚きに声を上げる。
ミュラーの膝裏に腕を通し、レオンはそのままミュラーの背中と膝裏を支えて立ち上がると、テラスから足早に移動を始める。
「──っ、」
「ミュラー、ごめん。恥ずかしいだろうけど我慢して」
周囲からの視線を感じて、ミュラーはふるふると首を横に振るとそのままレオンの胸元に自分の顔を隠すように縋り付いた。
腕には力が入らなくて、レオンに掴まる事も出来ない。だらり、と自分の腕がレオンの移動する振動で揺れる。
ふわふわと思考を放棄している頭でレオンが自分の熱を解放してくれるのだろうか、とミュラーはぼぅっと考えた。
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