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十四話
しおりを挟むひくり、と喉が鳴り、口端が引き攣る。
朱音は緋色の姿を瞳に写して怒鳴りたい気持ちを尋の目の前だから、と何とか抑え込む。
「ふ、籘原様──。突然何を仰って……」
「? 聞こえなかったか? 帝都に戻るから里長を呼んでくれ、と言ったんだ。あぁ、だがやはり結構だ。こちらから里長の所に行こう」
朱音に話していても埒が明かない、と判断したのだろう。
尋はふと考える仕草を一瞬だけして見せた後、朱音の横を通り過ぎようとする。
尋の腕はしっかりと緋色の腕を掴んでおり、必然的に緋色も朱音の横を通過する形となるのだが、緋色は気の毒に思える程顔色を悪くしていて。
朱音は怒りでぎりっ、と奥歯を噛み締めた。
自分の横を通り過ぎ、里長の所に向かおうとする尋に朱音は慌てて振り返り、尋の背中に声を掛ける。
「お、お待ちを籘原様……! すぐに里長をお呼び致します、お部屋でお待ち下さい……!」
「そうか。ならば部屋で待っている。……緋色、悪いが部屋に戻ろうか」
朱音には冷たい声音で言葉を返した尋は、緋色に柔らかい声音でそう言葉を掛け、微笑みさえ浮かべている。
その姿を見た朱音は「何故名無しが!」と罵りたい気持ちを何とか耐えて尋に優しく声を掛けられている緋色を憎しみの篭った瞳で射抜く。
朱音に興味が無くなったのだろう。
尋は緋色の手を引き、再び自分の部屋に戻るために廊下を引き返して行く。
尋と緋色の姿が見えなくなった所で、朱音はぎりっと自分の親指の爪を噛んだ。
「何で籘原様が名無しなんかを……っ! 死んで無かったのね……! それに帝都に戻るって、どう言う事……!? 里長に報告して、籘原様を何とか説得して頂かなくては……っ」
名無しが尋の隣に居る事も気に食わないが、それよりも今は帝都に戻る、と言った尋の言葉を撤回させなければいけない。
まだ、朱音は尋から「妻問い」を受けていないのだ。
それなのに尋が帝都に戻ってしまえば、朱音は尋の伴侶になれない。
「籘原様が帝都に戻ってしまう事を何とかお止めしてもらって……っ、それで……っ、それで名無しを里長に処理してもらわないと……っ」
行きとは違い、バタバタと慌ただしい足音を立てながら朱音は里長を呼ぶために邸を後にした。
「何とも無かっただろう……?」
一足先に部屋に戻って来た尋は、自分の隣に緋色を座らせて口元を吊り上げる。
緋色はこの里の人と会ってしまう事に恐れ、気後れしていたが実際会ってみればなんて事は無い、と尋は言いたかったのだろう。
尋はふにゃりと困ったように眉を下げて口元を綻ばせる緋色にきゅっと口を引き結び、隣に座っている緋色の髪の毛をくしゃり、と撫でた。
「ふ、籘原様……?」
「──え、? あ、ああ。急に触れて悪い」
「いえ、私は大丈夫ですが……」
急にどうしたのだろうか、と緋色が考えている内に尋は軽く咳払いをした後に先程から暗い顔をしている緋色をちらり、と見やる。
(門真朱音と会ってから表情が優れないな……。朱音、とか言う女に睨まれたせいか……? いや……緋色もそれは初めに気にしていた……。ならば何にそんなに心を沈ませている……?)
先程話しをしたのは、帝都に戻る、と言う事と里長を呼んでくれ、と言う事だけ。
(帝都には、緋色を連れて行きたいと本人に告げている……帝都への不安……? いや、緋色が感じているのは不安じゃなくてもっと──)
尋が考え込んでいると、朱音から話を聞いたのだろうか。
どたどた、と慌ただしい足音が廊下に響く。
「──里長が来たか」
「……っ」
足音を聞いて、尋が呟きその場に立ち上がると、隣に居た緋色がまるで怯えるようにびくりっ、と肩を震わせた。
緋色のそんな態度に、尋は「里長か……」と心の中で呟いた。
「籘原様……っ!」
断りなく、尋の部屋の襖が勢い良く開き、肩で息をしたこのかくりよの里の里長が真っ青な顔で姿を現した。
「里長。わざわざすまないな」
「──いえ、朱音からお聞き致しました……」
里長は尋の部屋に入るなり、どうにか考え直して欲しいと言葉を探す。
だが、そこで部屋の中──尋の少し後ろで俯き、体を震わせる緋色の姿を見て瞳を見開き、怒りで顔を真っ赤にした。
「名無し……っ! 朱音から聞いて、まさかとは思ったが……! まさか本当にお前……っ! 人前に姿を……っ!」
「──ひっ」
緋色の姿を見るなり、怒りで顔を赤く染めたまま里長が物凄い剣幕で緋色に向かって足を踏み出す。
里長の怒声を聞き、緋色は小さく悲鳴を上げて震え、その様子を襖の外から見ていた朱音はほくそ笑んだ。
だが、尋は詰め寄ろうとしていた里長の肩を強く掴み、その場に制止する。
「緋色を名無し、と呼ぶな……!」
「っ、籘、原様……っ! これは、コレがどんな人間か分かっていらっしゃるのか!? どうせ名無しが同情を誘うために籘原様に嘘ばかりを伝えたのだろう!? 籘原様、コレは人では無い! 霊力も持たない、この里の役立たずです! こんな物を帝都に連れ帰るなど……! 籘原家の、お家の評判を地に落としますぞ!」
「お前に我が籘原家の事をとやかく言われる筋合いは無い。緋色を人として扱わず、このような恐ろしく惨い事をする人間達の下には居させない」
「籘原様……っ! 名無しは霊力を持たない役立たず……! お家の仕事にも一切役に立ちません……!」
だから、この里で一番力のある朱音を、と里長が朱音を振り返った時。
尋がはっきりと里長に向かって言葉を放った。
「──霊力が無い? かくりよの里の連中の目は皆、揃いも揃って節穴か。これだけの霊力を内に秘めた人間は初めて見た。だからこそ、籘原家当主として、私──籘原尋は緋色を唯一の伴侶として籘原家に迎え入れる」
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