気付くのが遅すぎた

高瀬船

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「──なに?」

フレディはサーシャから告げられた言葉に僅かに瞳を見開くと、眉間に皺を寄せる。
不快さを隠しもせずに表に出すフレディに、サーシャも視線を下に落とした。

この部屋で、奴隷として他国に売り飛ばされそうになったフィミリアの前でするような話ではない、と直ぐに判断したフレディはサーシャから視線を外すとフィミリアに向かって柔らかな笑顔を浮かべて唇を開く。

「──フィミリア、少しだけサーシャ殿と話す事があるから部屋を出るが、直ぐに戻って来る。申し訳ないが、フィミリアはもう少しだけ部屋の中に居てくれ」
「分かりました。こちらの事は気にせず、大丈夫ですよ」

笑顔で言葉を返すフィミリアに、サーシャも笑顔で手を上げるとフレディと共に部屋を退室した。





フィミリアの部屋を出て、何処に向かうのか。
廊下を歩くフレディの後を置いながらサーシャは階段を降りていくフレディに黙ってついて行く。

この邸にある執務室だろうか。
その部屋の前までやって来た二人は、フレディが扉を開けて入室するよう促すと、サーシャも入室する。

「──それで、サーシャ殿。詳細を」
「はい」

執務室の執務机だろう。
フレディが向かいながらサーシャにそう話し掛け、サーシャもフレディの動きを目で追いながら報告をし始める。

「青年は目覚めたようですが、目の焦点が合わない状態でした。怪我の状態が酷いので、消耗が酷く恐らく再度意識を失っているかと思います。そして、医者と共に青年の体を確認した所、通常の戦闘や魔獣に襲われた際には出来ないような人の手による傷が体に数多く残っている為、恐らく青年は奴隷出身かと予測致しました」
「この国では、奴隷制度は廃止されている……。だが、まだ奴隷売買に手を染めている人間が居るのも事実……国内の者から逃げ出したのか、他国から逃げ出して来たのかはまだ分からないな」
「──はい。青年と話が出来ればいいのでしょうが……。様子を見に行かれますか?」
「そう、だね……。一度その青年の様子を見に行こうか」

サーシャの言葉にフレディは一瞬だけ迷ったような表情を浮かべたが、直ぐにその迷いを消し去り腰掛けていた椅子から立ち上がる。

「命の危険があれば、聖女様にお伝えしようかと思っていたのだが……」
「そうですね……。私の個人的な意見ですが、倒れてから時間も経っていない状態で目覚めた事と、あの酷い怪我の状態であの場で命を落としていなかった事から、命の危険は脱してはいそうですが……医者に診て頂いた方が確実かと」
「ああ、うん……。そうだな。青年が目を覚ましたら医者に診てもらおうか」

フレディも、サーシャも青年の話に集中していたからか、自分達をじっと注視する視線には気付かない。
その視線の持ち主──サミエルは、二人が廊下の角を曲がって階下に向かった事を確認すると、視線を上階へと向けた。








青年を寝かせている部屋の前まで辿り着くと、フレディは扉を開けて中へと入室する。

「ハーツウィル子爵……!」
「青年の意識はまだ戻っていないかい?」
「はい。先程一瞬だけ目を覚ましましたが、今はまだ滾々と眠っています」

室内に入ると、サーシャと同じく騎士団の男性騎士が扉の近くの丸椅子から立ち上がり説明する。

フレディは男性騎士から説明を受けると「ありがとう」と礼を言い、青年が眠るベッドへと視線を向ける。

目を覚ましていない人間の直ぐ側に屈強な騎士を配置して申し訳ないが、素性の知れない男性だ。
青年自身が人や、貴族に恨みを抱いていて攻撃的な性格をしていたら大変な事になってしまう。

(怪我を負っている重症の人間にここまでやるのは忍びないが……仕方ない……)

フレディは青年の眠るベッドに成る可く足音を立てないように注意しながら近付く。

近付く内に見えてくる青年の顔色に、フレディは眉を顰めた。

「血を流しすぎているのか……顔色が真っ白だ……」
「ええ……。顔や露出している肌が泥や固まった血で汚れていたので拭き取ったのですが……」
「怪我の状態はどうだったんだ?手足は?」

手足はあるのか?と聞きたいのだろう。
フレディの言葉にサーシャはこくりと頷いて「両手足とも無事です」と答える。

「ハーツウィル子爵……それで、その……問題の印がここに……」

サーシャが言いにくそうにそう告げると、ぺらり、と青年の首元まで掛かっていた掛け布を捲り、胸元を晒す。
治療の邪魔になるからだろう。
青年が身に纏って居たボロボロの布は無くなっており、素肌にぐるぐると包帯が巻かれている。
止血されてはいるのだろうが、巻かれた包帯の至る所に新しく血が滲んでおりフレディは痛々しいものを見るように表情を歪めた。

そして、包帯に隠されていない胸元。
左胸の上部辺りに禍々しい気配を纏った印が刻まれている。

「──これは……」

フレディはその印を見て瞳を細めると奥歯を噛み締める。

「十数年前にこの国で摘発された筈の奴隷商が自分の商品に付けていた印だな……関係者は全て処罰された筈だが……まだ居たのか……っ」

フレディの言葉を聞いて、サーシャは今回フィミリアが被害に遭った事件の背景にこの国の聖女の情報を流している者がいる、と言う言葉を思い出す。
聖女の予定を知っているのはこの国の限られた人間だけだ。
上層部に内部情報を他国に流している者が居て、他国の奴隷売買に関わっている人間が居る。
聖女を狙ったのか、それとも注目を浴びる聖女を利用して誘拐を企てたのか。

「これは……今回の事件の手掛かりになりそうですね……」

サーシャがぽつり、と零した言葉にフレディは苦々しげに頷いた。









「あら……、?サミエルさんを探していたのに、何処に行ってしまったのかしら?」

フレディとサーシャが青年の元を訪れた同時刻。

聖女はどうしてもサミエルと共にこの領地内にある大きな丘に行きたくて探していたが、どうやら撒かれてしまったらしい。

「……もう。あんなに私と二人きりになりたい、ずっと一緒に居て欲しいって言ってくれてたのに……最近は冷たいわ……」

お仕事が忙しいのは分かるけど、と眉を下げながら廊下を歩いていると、聖女の視界の先で廊下の角を曲がるサミエルのライトブルーの髪の毛がちらりと見えた気がして、聖女はぱっと表情を輝かせると軽い足取りで廊下を小走りで駆けて行った。
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