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4.大人の事情
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どのくらい眠っていたのか。
少しだけスッキリした気分で、ゆっくりと身体を起こした。
半分ほど残っている水を飲み干して、ふぅっと息を吐く。
汗でパジャマが身体にへばりついて気持ち悪い。
ベッドから足を下ろす。
ゆっくりと足に力を入れて立ち上がる。
部屋を出て、あれと思った。
静かだ。
力登の声も、テレビの音もしない。
リビングのドアを開けても、同じ。
「力登?」
部屋は静かなだけでなく、片付いている。キッチンも。
室長が来る前は、力登のおもちゃや昼ご飯の食器なんかが出しっ放しになっていたはず。
「室長……?」
玄関に向かう。
靴がない。
室長のものが。
力登の靴はある。
室長が帰った……?
帰ること自体は不思議じゃない。
不思議に思うのは、私が眠っているのに力登を置いて行くこと。
「力登?」
鍵はかかっている。
リビングに戻って、カウンター上の籐の籠を見る。
帰ったら、そこに鍵を入れているのだが、空っぽ。
鍵をかけて出て行った……?
どこへ?
元気になったとはいえ、力登は病み上がりだ。
まさか――。
普通ならば考えられないような悪いことが、頭に浮かぶ。
例えば、力登が眠ったから室長が帰ったとしたら。
有り得ないけれど、鍵を開けっ放しで帰って行ったとしたら。
考えたくないけれど、登さんが来たとしたら。いや、目を覚ました力登が室長を探して出て行ったとしたら。
力登にドアは開けられない……はず。
力登はまだ、ドアノブに届かない。
指先が届くだけで掴めないし、押せない。
届くようになっていたら……?
頭が痛い。息が苦しい。
室長も力登もいないこの状況に、説明ができない。
「力登!」
やはり、登さんだろうか。
彼が、連れ去ったのだろうか。
「力登!!」
立っているのもつらくて、その場に座り込む。
涙が溢れた。
恐怖で。
室長がいてくれるならと、安心してしまった。
いくら、幼い子供の世話に慣れているからと言っても、所詮は遊び相手程度。
なのに、すっかり気を許してしまった。
今まで、そんなことはなかったのに――!
登にも『お前とは距離を感じる』なんて言われていたくらいなのに、なぜか室長とは最初から距離感がおかしかった。
お互い、気まずいところに居合わせてしまったからかもしれない。
力登がやけに懐いたからかもしれない。
だからって――!
信じるべきではなかった。
上司だろうと、助けてもらったからだろうと、力登が懐いたからだろうと、信じるべきではなかった。力登を任せるべきではなかった。
「力登!」
どうしよう……。
警察に連絡するべきか。
私はよろよろと立ち上がると、スマホを取りに寝室に向かおうと玄関に背を向けた。
その時。
ガチャ
開錠される金属音。
ハッとして振り返る。
「力登!」
ドアの隙間に見えたのは、たった一つの宝物。
「ママ!」
駆け出し、手を伸ばすと、息子が腕の中に降りてきた。
「ママ、げんき――?」
「――どこに行ってたの?!」
力登をきつく抱きしめ、しゃがみ込む。
胸の中に閉じ込めるように、ぎゅっと力を入れると、苦しかったのか力登が身じろいだ。
「マ~マ~」
「どうしたんだ。大丈夫か?」
頭上からの声に顔を上げると、室長が私たちを覗き込んでいた。
さっきまでのスーツ姿じゃない、Tシャツにジーンズ、髪も下ろした姿で。
「どこにっ、行って――っ」
涙で喉が詰まってうまく言葉が出ない。
「俺の部屋でシャワーを浴びて――」
「――っなんで、勝手に!」
私の声に、室長が眉をひそめる。
きっと、悪意なんてない。
わかっているのに、止められない。
「どれだけっ、心配を――」
「――落ち着け。力登、おむつを持っておいで」
「う~~~」
「如月さん。力登はおむつを穿いてないんだ。持って行くのを忘れて」
「……」
力登のお尻を触ってみると、確かに紙おむつのわさわさした感触がない。
「如月さん、まずは力登におむつを穿かせた方がいい。病み上がりに何度もシャワーを浴びさせるとぶり返すかもしれない」
室長の大きな手が、そっと私の背中をさする。
「大丈夫だから」
何が大丈夫なのだろう。
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