偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

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4.大人の事情

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 子供が好きではない俺ですら、そう思うのだ。

 世のすべて、は言い過ぎだが、九割の人間は可愛いと思うだろう。

 俺は力登の頭を撫でた。

 まだ細く柔らかい産毛のような色素の薄い髪が、指をくすぐる。

「いい子だ」

「しっちょー、りきすき?」

「ん?」

「りき、しっちょーすき!」

「ははは。どんな女より熱烈だな」

「ねつれー?」

「いや。嬉しいよ。ありがとう」

「いえいえ」

 得意気な力登に、思わず頬が緩む。

「しっちょーは?」

「ん? 好きだよ」

「ママは?」

「は?」

「しっちょー、ママすき?」

「……」

『好きだ』と言って力登を喜ばせてやればいい。

 子供の問いに、深い意味なんてない。

 だが、躊躇った。

 これまで、女に向けてその言葉を発したことがない。

 というよりも、女に好感以上の執着的感情を持ったことがない。

 

 好き、か……。



 女を好きになるとは、どんなものだろう。

 皇丞のように、見境がなくなることだろうか。

 欣吾のように、報われなくても手を差し伸べずにはいられないことだろうか。

 理解はしている。

 四六時中相手のことを考えているとか、毎晩寝る前に声が聞きたいだとか、触れたくてたまらなくなるだとか、他の異性と親しくしていると嫉妬するだとか。



 いや、そんなの普通に日常生活に支障をきたすだろ……。



 俺が四六時中考えているのは、悔しいが社長のこと。

 寝る前に誰かの声が聞きたいなんて思わないし、無性に触れたくなるほどの性衝動も経験がない。まして、嫉妬など問題外だ。



 やっぱ、向いてないんだよな……。




「しっちょー?」

 黙りこくった俺を心配そうに見上げる力登の頬を撫でる。

 それから、ふにふにと揉む。



 女の胸よりよっぽど触りたくなるな。



「ママのことも好きだよ」

 無垢な子供の前では、邪な大人の事情など無意味。

 そう思ったら、自然と言葉が出た。

「りきもママすき!」

「だろうな」

 ふっと抱き上げた時の如月さんを思い出す。

 慌てたり、青ざめたり、緊張したりと忙しかった。



 軽かったな。



「りき、ママの好きなもの知ってるか?」

「うん! りき!」

「人じゃなくて食べ物」

「あぽー!」

「それは力登の好きなものだろ」

「……」

 力登には難しかったらしい。

 考え込む彼の頭を撫でる。

「ごめんごめん。そんなのわかんないよな」

「いっこ!」

「は?」

「ママ、いっこすきだって」

「いっこ……?」

「うん! いっこたっかいの」

「……」



 たっかい、いっこ?



「もしかして――」

 俺は力登を抱き上げると、冷蔵庫を開けた。

 そして、指さす。

「これか?」

「ん!」

 いちご、だ。

 これも昨夜、買ったはいいけれど俺の冷蔵庫行きになったもののひとつ。

「ママ、いちごが好きなのか?」

「おう!」

「そっか」

「りきも!」

「りんご食べたろ?」

「いえいえ」

「お前、わざとだな?」

「いえいえ!」

 これが笑わずにいられようか。

 くくくっと喉を鳴らして笑うと、力登も笑う。

 それから、冷蔵庫を閉めた。

「で、おむつはどこだ?」

「あっち!」

 俺はアンモニア臭のする天使を抱いて、彼が指をさす方に歩いた。

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