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12.鎮静
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しおりを挟む直との婚約解消から半年弱。
人生は何が起こるかわからない。
現実は小説より奇なり。いや、事実は、か。
どちらでもいい。
とにかく、驚きの日々だ。
そして、ここまで様々な出来事が続き、小説ならばきらりへのざまぁで読者をスカッとに誘う頃合いでありながら、そうならないのはやはり現実だからか。
「すごいねぇ。梓ちゃんの二股疑惑」
平井さんが山盛りのフライドポテトをぱくぱくと口に運びながら、周囲をじろりと見た。
山倉さんは視線が気になるらしく、背中を丸めてそばをすする。
「いや、写真そのものより、社内メールを私的に利用したことの方が問題ですよね」
「そっちはそっちでちゃんと動いてるわよ」
「そうなんですか?」
「そりゃそうでしょ」
私はというと、視線を気にするのもばかばかしくなって、開き直ってかつ丼を食べている。
十日ぶりに出勤した私を待っていたのは、また好奇の視線と噂の猛攻撃。
ここまでくると、今度は何? と私から聞きたい。
だが、聞かなくてもすぐにわかった。
社内メールで全社員宛に送られていたのは、私と俵さんの焼肉デート写真。
もちろん、デートではないが、そういうタイトルだったのだ。
テーブルを挟み、顔を寄せて笑い合っている私たちは、確かに挨拶程度の会話しかしたことがない間柄だと言っても信じてもらえないような親密さを窺える。
写真を撮った人は、このすぐ後に皇丞が来たのも見ていただろうに。
悪意を感じる。
とにかく、そうして私は、御曹司と秘書室長を手玉に取る二股女、になった。
皇丞はその写真を見てすぐに席を立ち、午前は慌ただしくしていた。
「送った奴もバカよね。ちょっと調べたら、いつ誰のパソコンから送信されたかなんてすぐわかるのに」
不自然なほど大きな声で、平井さんが言った。
それから、頭も声量も下げて続けた。
「ここに犯人がいたら、青い顔してるわよ」
確かに。
私たち三人は食べながら周囲を観察する。
ほとんどの人はひそひそと話しながら私たちを見ていて、目が合うとパッと逸らす。
「青い顔してるかなんて、わかります?」
山倉さんが言った。
「本当に顔が青いかじゃなくて、焦ってる雰囲気とか、そういうのを言ってるの」
「はぁ……」
「いや、そんなドラマみたいにうまくは――」
「――あっ! 慌てて出て行った奴がいるけど!?」
私と山倉さんが、平井さんの視線を追う。
確かに、男性が小走りに食堂を出て行く。
「あれ、誰?」
「後ろ姿じゃ――」
言いかけた時、男性が振り向いた。
食堂は、廊下側がほぼ窓だから、出てすぐに振り返った彼の顔がちゃんと見えた。
「――あれ?」
見覚えがある。
「見えた? 誰?」
平井さんが私に寄りかかるようにして窓の外を見る。
「秘書課……の人じゃないですかね?」
「そうだ! 専務の秘書。確か……兼子さん」
「専務って? 林海専務?」
「そう」
以前、社長室に行った時に俵さんがそう呼んでいた。
「あぁ~。じゃあ、専務の指示であいつが写真をバラまいた!?」
「いや。食事の時間も満足に与えてもらえなくて、急いで食べて急いで出て行ったって感じじゃないですか?」
山倉さんがずずずっとそばをすすった。
私と平井さんは顔を見合わせ、妙に納得してしまった。
「ま、犯人がそんなわかりやすくボロを出すわけないか」
平井さんが細切りポテトを三本まとめて口に運ぶ。
「平井さん。そんなにポテトばっかり食べて胸焼けしませんか?」
いつも昼食はあっさり目の、というか麺類ばかり食べている山倉さんが聞いた。
私も、いつもがっつり目のご飯ものを食べる平井さんにしては珍しいと思った。
「ストレス発散だから、全然大丈夫」
「そうなんですか」
「そういえば、ポテトってつわり中でもなぜか食べられるのよ」
「へぇ……」
「で、思うんだけどね? やっぱりきらりは妊娠してないんじゃないかと思うの。調子がいい時だけ出社したにしても、変化なさすぎなのよね。それに、今日も健診って言ってたけど、臨月でもない限りひと月に一回がいいとこよ? 健診行き過ぎでしょ」
やっぱり、妊娠していない……?
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