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11.炎上
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しおりを挟む私はバッグからタオルハンカチを取り出して、彼に渡した。
皇丞はそれでおでこの汗を拭う。
「食った。半分は」
「勿体ない」と言ったのは、俵さん。
涼しい顔でビールをあおる。
「誰のせいだよ」
「俺は親切に、ひとりでいたお前の恋人を保護したまでだ」
「で?『ラブホテル近くの焼肉屋にいる』なんてメッセ送って?」
なんて意味深で要領を得ない内容か。
「よく辿り着いたな」
「三軒目だ」
「どれだけ必死だよ」
「うるせー」
俵さんがククッと喉を鳴らし、ビビンバを頬張る。途中、コチュジャンを足しながら。
辛い物が好きらしい。
「梓、俺にもビール頼んで」
「うん」
「飲んだら帰るぞ」
「え?」
まだ食べたりない。
「俺が出るから、ゆっくり食べさせてやれよ」
驚く速さでビビンバを食べ終えた俵さんが、おしぼりで口を拭きながら言った。
「偉そうに言うな」
皇丞は俵さんの言動全てが気に入らないようで、吐き捨てるように言った。
「慌ただしくてごめんね、梓ちゃん。今度、ゆっくり食事しよう。嫉妬深いこいつがいないところで」
「気軽に名前で呼ぶな!」
彼の表情や口調が胡散臭いとわかるくらいには、人生経験を積んできたつもりだ。
どういうつもりかはわからないけれど、彼は皇丞を挑発して楽しんでいる。
私は営業スマイルで返事をした。
「栗山課長も一緒に四人でなら、喜んで。皇丞の学生時代のこととか教えてください。あ、元カノ情報でもいいですよ?」
「梓っ!?」
じっと私を見ていた俵さんの胡散臭い笑顔が消え、子供みたいに顔をくしゃくしゃにして笑い出す。
「あっははは! いいね。欣吾が気に入るはずだ」
欣吾……? あ、栗山課長?
後ろにきちっと撫でつけた黒髪を手で少し崩し、眼鏡を外す。
「冗談抜きで、皇丞が嫌になったら俺んとこに来いよ」
レンズなしで真っ直ぐに見つめられて、不覚にもドキッとしてしまう。目が離せない。
冷たい瞳で罵られたい、なんて騒いでいた女性社員がいた。食堂で。
平井さんは『歪んでるわねぇ』なんて言っていたけれど、なんかちょっとわかるかもしれない。
皇丞とは違った俺様タイプに、ドハマりする女性がいても全然、全く不思議じゃない。
そんなことを思っていたら、目の前が真っ暗になった。
皇丞の手が目を塞ぐ。
「見すぎ!」
「ホントに嫉妬深いな。この様子じゃ、IDは教えてもらえないかな」
「ID?」
「ああ。梓ちゃんと共有したい情報があってさ」
「俺を通せ」
「はいはい。じゃ、梓ちゃん。さっきのは皇丞に送っとくよ」
私が皇丞の手を払って見ると、俵さんは既に会計に立っていた。
「あのっ! ありがとうございました。ごちそうさまです」
伝票をひらひらさせながら手を振り、レジで女性店員さんに笑いかけている。
「で? なんであいつと一緒だったんだよ?」
隣では、肩肘をテーブルに立てて頬杖をついた皇丞が私を見ている。いや、睨んでいるに近い、視線。
自分のいない時に他の男と食事をしていたことに、怒っているのだろう。
あれよあれよと連れてこられて、皇丞への連絡が頭になかった。
「何となく……ひとりでいたくなくて――」
私はマンションを出てからのことを話した。
きらりが男と歩いているのを見た話しにさしかかった時、ちょうど皇丞のスマホがメッセージを受信した。
きらりの浮気動画。
それを見た皇丞が、口角を上げてニヤリと笑った。
爽やかには程遠い、悪いことを考えてますと言わんばかりの表情。
「俺は忍耐の日々だってのに」
そう呟いて、皇丞はビールを飲み干した。
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