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15章
デートとは?
しおりを挟む散々歌いまくり、カラオケ欲求がわりと満たされた私はそのままソファで眠ってしまったらしい。
会社の忘年会の余興のために覚えざるを得なかった振り付けも、ネタとして友人と覚えた週末ヒロインの海老反りの曲も踊っちゃったし、使わないと思ったケミカルライトでヲタ芸もしてしまった。
どれだけシャウトしようが、高音も低音も……日本にいたときより……否! 自分が思うままの声が出せた。
ヤバくない? 最高じゃない? こんだけ歌ってても喉が枯れないなんて……全力で歌いながら踊っても息切れないんだよ? 全てにおいてスキルとしか思えないよね? ヤバすぎじゃない? 最強じゃない? あの曲なんか好きすぎてトータルで何回歌ったっけ? 五回? 歌いすぎだな。バラードでは泣いちゃったもんね……誰も見てなくてよかったよ、ホント。
うんうんと回想中、ある物が猛烈に食べたくなった私はちょうどいいと、崇高なる朝食を食べてから戻ることに決定!
「はわぁ~、納豆マジうまし! やっぱ米と納豆とお味噌汁は最強コンボだわ……」
早く海苔も見つけたい。なんなら味付け海苔も。欲を言えば韓国海苔も。
そして本当はもっと頻繁に納豆ご飯を食べたい。でもクラオル達が……
ーーバンッ!
『主様!? ちょっと、いい加減に……ヴッ!? クッッッサ! 臭いわぁぁぁ!』
ーーバンッ!
「……えぇ……言い逃げ……」
いきなり入ってきたクラオルは叫びながら、入ってきたときと同様、器用に蔓を使ってドアを閉め、出て行ってしまった。
念話でどうしたのかと聞いたら、いい加減出てきなさいと怒られた。それはもう、ものすごく。
食後、ちゃんと【クリーン】をかけてから出たのに、廊下で待ち構えていたクラオルに言われ、再度目の前で【クリーン】をかけるハメになった。
私の「まだ三日くらいだと思ってた」という呟きを聞き逃してくれなかったクラオルに強制連行され、今はベッドの中。
……まさか草魔法で簀巻にされて持ち運ばれるなんて思ってもなかったよ。
「ごめん、ごめん。ちょっと夢中になってたの」
『八日はちょっとって言わないわ! ワタシ達のこと忘れてたでしょ!?』
『寂しかったですぅ』
「ホントにごめんね。大好きな三人を忘れるワケないよ。ずっとやりたかったカラオケだったから楽しくて……」
『ちゃんとご飯食べて寝なさいって言ったでしょ! なんで八日が三日になるのよ!?』
「昨日はちゃんと寝たから大丈夫だよ?」
『その前はロクに寝てないんでしょ!?』
ふむ。これは困ったぞ……
もうこんなやり取りを一時間もしている。全然クラオルさんの機嫌が治ってくれる気配がない。
こうなったら最後の手段だ。
プリプリのクラオル、ウルウルのグレウス、無言で頭をグリグリと押し付けてくるポラルにチュッチュとキスを送って機嫌を治してもらう。
クラオルは『そんなんじゃ誤魔化されないわ!』なんて言ってたけど、何回も繰り返したら『んもう、しょうがないわね』と怒りを収めてくれた。
よかった、よかった。次のカラオケは夢中になりすぎないように気を付けねば。
いつも通りモフモフを堪能しながらみんなはどうしてるのか聞いてみたら、お出かけ中とのことだった。
何をしているのかわからないので、グレンとジルもまとめて魔通で連絡しておいた。
三十分も経たないうちに戻ってきたグレンは寝かしつけられていた私を見るなり、無言で布団を引っぺがし、抱えて飛び立った。
クラオルとグレウスが叫びまくってたよ……結局置いてきちゃったし……途中まで頭の中に響いていた念話もグレンが何か伝えたのか聞こえなくなってしまった。
まぁ、私もワケがわからないままだから、どこに行く気かと問われても答えられないんだけどさ。
「……グレンさん? どうしたの?」
〈……〉
「何かあった?」
〈……〉
「グレンさーん?」
何回話しかけても無視をキメられ、返事をもらうことを諦めた私は移りゆく景色に目を向けた。
グレンは呪淵の森に向かっているらしい。
キヒターの教会にでも行くのかと思っていたのに、スルー。それならクラオルファミリーのところかと思えば、そっち方面ではないみたい。グレンは無言のまま尚も飛んでいく。
結局、呪淵の森の中心部に生えている、一際高い木々の一本に私を抱えたまま腰を下ろした。
〈……〉
「グレン?」
〈……狂ったのか?〉
「…………は?」
意味がわからなすぎて素で返してしまった。
「え? 何? どういうこと?」
〈狂ったワケではないのか?〉
「はい? 意味がよくわからないよ? なんの話?」
〈……普通だな〉
「え、それ私のことだったの? ……特に狂ったつもりはないんですけども? なんでそう思ったの?」
〈あの部屋で歌っていたとき、もげるんじゃないかと思うほど頭を振っていただろ? そのあとすぐにこう……呪いを送るように手をクネクネと……」
グレンのジェスチャーですぐに合点がいった。
なるほど。ヘドバンと〝咲き〟をやってるのを見られてたのね……ライブ音源だったから、イチファンとして楽しんでただけなんだけど……っていうか見てたのかよ! エンジョイ一人カラオケを覗かれるなんて恥しかないわ!
「……それはただの振り付け。ライブっていう、目の前で歌ってくれる催し物みたいなのがあって、そのときにファンが曲に合わせてやる……踊りって言えばいい?」
〈何かの儀式か?〉
「違う、違う。本当にただの踊りみたいなもん。呪いじゃないし、狂ってないから安心して」
〈……そうか。ならいいが……心配しただろ……〉
笑顔を見せたら、フゥと息を吐いたグレンがギュッと抱きしめてきた。
そんなに不安にさせちゃってたのね……
腕を伸ばしてヨシヨシと撫でること数分、少しだけ緩まった腕の中から見上げれば、その瞳の色はいつものグレンと変わりなくなっていた。まだちょっと抱える腕は強いけども。
もし私が狂ったら……クラオルからは『正気に戻りなさいよ!』っていつものパンチが可愛いと思えるほどの激おこパンチが繰り出されそうだし、パパ達はパパ達で〝元凶全てに神罰を!〟って関係ない人にまで神罰を与えそうだ。狂ったりなんぞしたら、とてもじゃないけどマズい未来しか想像できない。
そう伝えると、グレンは〈確かにな〉と笑った。
「グレンと二人だけになるのも久しぶりだし、ちょっと寄り道してから帰ろうか?」
〈いいのか!?〉
「ふふっ。大丈夫だよ。グレンは何したい?」
〈何がいいか……狩りか? 店に食いに行くか? どこか出かけるか? それとも……〉
食いついたグレンはどうしようかと楽しそうに候補を出している。
うん、正解だったみたいだね。
「((クラオルさん、クラオルさん))」
『((話は終わったのね。何だったの?))』
「((カラオケで踊ってたのを目撃したらしくて、私が狂ったのかと思ったみたい。誤解は解けたんだけど、まだちょっといつもみたいな余裕がないっぽいから寄り道してから帰るね))」
念話相手のクラオルは〝狂った〟って単語がツボに入ったのか大爆笑。『暗くなる前には帰るのよ』と笑いながら許可してくれた。
〈前に言っていたでえとというやつだな!〉
「あぁ、うん、そうだね」
以前〝仲のいい男女がお出かけすること〟って説明したのを覚えていたみたい。本来なら恋愛感情の有無が必要なんだろうけど、前回私が「デートしよう!」って誘った手前、この話はしにくい。
グレンの場合、はたしてデートと呼べるものなのかどうか……
案の定、グレンは一緒に狩りがしたいとのことだった。
デートとは……? いつもと変わらなくないかい? まぁ、いいんだけどさ。
私を抱えたまま、地上に降りたグレンは獲物を探して歩き始めた。
ほどなくして遭遇したのは青い猿が三匹。クラオルをいじめていた赤猿の色違いっぽい。
グレンは何故か私を木陰に下ろし、喜々として向かっていった。
「(一緒に狩るんじゃないんかーい……)」
私が呟いている間にもグレンは一匹目を殴り飛ばし、二匹目に肘鉄を入れ、三匹目に回し蹴りをくらわして、早々に戦闘は終了した。
〈セナ! 見てたか!?〉
「見てた、見てた。流石グレン、あっという間だったね」
私の返答がお気に召したのか、グレンは得意げにニカッと笑顔を浮かべた。
(褒められたかったのね……しっぽをブンブン振ってる幻が見える気がするよ)
再び私を抱えたグレンさん。移動中はこのスタイルがいいらしい。
魔力を辿り、魔物を倒すを繰り返すこと二時間。おなかが空いた私達はカリダの街の〝熊屋〟に向かった。
ご飯を食べたら買い物へ。それが終われば、私達が出会った北の森の湖でティータイム。その間ほぼほぼグレンは私を抱えたままだった。
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